魔法の国のティカ

舘野寧依

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第三章:魔術師見習いの少女と周囲の人々

第37話 新しい出会い

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 その後、千花は雑貨屋や服屋をぶらぶらした。
 当面、彼女には必要ないものだが、見ているだけでも楽しい。
 ……そう思っていたのだが、千花が可愛いなと思って見ていた部屋着を一式エドアルドにプレゼントされてしまった。

「わたしも君に贈り物をさせてほしい」

 既にレイナルドに腕輪をプレゼントしてもらっているし、カイルには魔法道具や魔法書を貰えることが確定している。
 そんな中で、彼だけ断るわけにもいかず、千花は申し訳ないと思いながらも素直にエドアルドの好意を受け取ることにした。

「エ……、アルド、本当にありがとう」

 千花が初めて彼を愛称で呼ぶと、エドアルドはえもいわれぬような嬉しそうな笑顔になった。
 それがあまりにも眩しすぎたので、千花は思わずのけぞってしまう。


 ──うわあ、変装してても、王子様オーラがほとばしってるわ。


 レイナルドも王子だがどこか気安い雰囲気があった。
 しかし、エドアルドはどこから見ても貴公子然としている。
 ふと視線を感じて千花が窺うと、エドアルドのその笑顔に悩殺された老いも若いも入れた女性達がぼーっと彼を見つめている。

「も、もう出ようかっ」

 千花が慌てて三人を引き連れて店を後にしたが、それでも彼女達は注目の的だった。

「やっぱりアルドは雰囲気からして王子様ってのがにじみ出てるから、なんだかひやひやした」

 千花が胸元を押さえてそう言うと、カイルとレイナルドがそれ見ろとばかりにエドアルドを見た。

「やっぱり、アルド兄さんが街に来ること自体が不自然なんだよ」
「ティカも引いてたしな」
「え、えーと……」

 なんと言ってよいか分からずに、千花は頬を指先で掻く。

「それならそれで、貴族のお忍びで通せばいいじゃないか。どうせおまえ達の身分もそう変わらないのだから」

 開き直ったのか、エドアルドがこんなことを言い出したので、千花はぎょっとしてしまう。

「だ、駄目だよっ。それじゃお店の人達引いちゃう」

 変装してこれなのだから、まったくたちが悪い。
 しかも、エドアルド本人が王子とばれても別に構わないというような感じなのだ。

 しかしそれは、観光を堪能したい千花には少しまずかった。
 下手をすると、その観光自体が仰々しくなってしまう可能性がある。

「駄目かい……? それではなるべく目立たないようにしようか」

 仕方なさそうにエドアルドがそう言ったので千花はほっとしたが、それでも彼に釘を刺すのを忘れなかった。

「本当に目立たないでね!」
「……だが、それはこの人選では無理な気がするんだが」

 エドアルドに言われて、彼とレイナルド、カイルを見渡す。
 揃いも揃って、並外れた美形ぞろいだ。
 エドアルドの言うとおり、千花の言うことが実質不可能なのは歴然としていた。


 本当にもう、いつかわたし一人で観光してやるうぅっ!


 千花は彼らから背をそむけ、拳を握りしめて決意をする。
 しかし、それには早く高等魔法まで覚えてしまわないと、彼らの許可はきっと下りないだろう。
 それはいったいいつになるんだと、千花はちょっと落ち込む。

「ティカ、なにをやってるんだ。もう昼だぞ」
「あ、うん」

 カイルに声をかけられて、千花は振り向いた。
 そういえば、エドアルドに屋台料理は大丈夫なのだろうか。
 千花がちらりとエドアルドを窺うと、ん? と彼が見てきた。

「えと、アルドは屋台料理食べたことないよね?」
「いや、子供の頃に何度か食べたことがあるよ」

 いかにも王子然としたエドアルドの言葉に千花は、え、と声を漏らした。

「お忍びでね。でも、父にそのことが露見して、禁止された」

 その時のことを思い出してるのか、懐かしそうに目を細めながら彼は言った。

「え、今は大丈夫なの?」

 意外な彼の行動力に千花は瞳を見開く。

「さすがに成人していたら父もなにも言わないだろう。それに、その時に小さいレイドを連れてたのが父の怒りの原因だしね」
「え、そうだったんだ」

 その時に、レイナルドのお忍び好きの下地ができてしまったんじゃ……、と千花は思ったが黙っていた。
 その代わり、カイルが口を出してきた。

「レイドのお忍び好きはアルドのせいか。……少しは責任を感じて止めるぐらいしろ」
「止めてもレイドは聞きはしないよ。まあ、気楽な三男ということもあるだろうが、父もあまりうるさくは言わなかったしね」
「気楽とは酷いなあ、僕だって一応城下のことを学ぼうとしてだね……」

 レイナルドがそれを受けてぼやいた。
 このままだと兄弟漫才が始まりそうだ。
 それもおもしろそうだったが、屋台から漂ってくるいい匂いが千花の食欲を誘う。

「……わたし、お腹すいちゃったな」

 小さく言ったのだが、男性三人にはしっかり聞こえていたようだ。
 その途端、頼みもしないのに、またもやそれぞれがいろいろな料理を屋台から買ってきた。
 もちろん、千花のために、である。
 これは先週の再現かと、千花は顔をひきつらせた。

 ──今度からは、なんと言われてもわたしの分は自分で買おう。

 嬉しそうにテーブルに料理を並べていく男性達の前でそう堅く決意する千花なのであった。



 幸いなことに今回はエドアルドが千花の食が細いのを知っていたので、前回の時のようなことにはならなかった。
 もちろん、残った分は男性陣の腹の中である。
 それでもお腹いっぱいになるまで食べた千花はさっぱりしたお茶を飲みながら休憩する。

 この後はラヴィニアの舞台を見るのだ。
 前回とはまた違った演目らしいから、楽しみだ。

「あ、そうだ。お花買わなくちゃ」

 うららかな日差しにぼーっとしていた千花だったが、ラヴィニア達に渡すための花を買ってないのにふと気がついた。

 千花は椅子から立ち上がると、男性陣がなにかを言う前に「お花買ってくる!」と言って花屋に駆けていく。
 しかし、慌てていたためか、彼女は人にぶつかってしまった。

「っ!」
「あっ、ごめんなさい!」

 よろけたところをその人物に支えられ、千花はどうにか転ばずにすんだ。

「なにをやっているんだ。きちんと周りを見ろ。それに走るな」
「ご、ごめんなさい」

 レイナルドくらいの年齢の青年にもっともなことを言われて千花は小さくなる。

「これがカイル・イノーセンの弟子か。未曾有みぞうの才能の持ち主という割には随分と落ち着きがないな」
「え……」

 まるで自分のことを知っているようなその言い方に、千花は目の前の端正な顔の青年を見つめた。
 すると、彼もまた千花を興味深そうに見つめてくる。


 ──プラチナブロンドに青灰色の瞳。
 このオルデリード大陸で、その特徴を持つ人物を多く輩出している血族のことをなんと言うか、その時の千花はまだ知らなかった。
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