魔法の国のティカ

舘野寧依

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第二章:お姫様で庶民な二重生活

第20話 舞姫に気に入られ

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「もう無理~……、動けないー……」

 カイルとレイナルドの二人から無理矢理昼食を食べさせられた千花は、テーブルの上でへたばっていた。

「あれだけの量でそれなのか。情けないぞ」

 カイルが無情にも千花に言う。ちなみに千花はほとんど食べきれずに残してしまう羽目になり、それを男性二人でしっかりと片づけていた。

「あのねー、今までの食事量が少なかったんだからしょうがないでしょ。それをいきなりあんな量無理だって……」

 千花は頭を上げてカイルに抗議する。

「まあ、確かに僕達もやりすぎたかなあ、ごめんね。……ティカ、大丈夫?」
「う、あんまり……」

 ちょっと汚い話で悪いけど、油断すると胃の中のものが逆流しそう。

 千花は再びテーブルに突っ伏すと、男性二人は溜息をついた。
 するとカイルが手のひらに小さな包みを召喚してきて、千花に渡した。

「胃薬だ。速攻性だからすぐ良くなると思う」

 千花は珍しいことがあるものだと思いながら、ありがたく胃薬を受け取って買ってきてあったお茶で流し込んだ。
 本当は水の方がいいのだが、この際贅沢は言っていられない。

「……わたしはしばらくここにいるから、二人は他見てきてよ」

 ここに引き留めるのも悪いのでそう言ったら、あっさり二人に却下された。

「なにを言っている。俺はおまえの護衛としてここにいるんだぞ」
「僕もそうだよ。……ちょうど今舞が始まるみたいだからここで観ていこうよ」
「うん……、あ、本当に良くなってきたみたい。カイル、ありがと」
「ああ」

 千花がカイルに礼を言ったちょうどその時、大広場の真ん中で魅惑的な舞姫が可憐な様子で立っているところが見えた。その脇にはリュートを抱えた男性。どうやら彼は彼女の相棒らしい。
 やがてリュートがせつなくかきならされると、舞姫は大きく波打っている金色がかった長い茶髪を体の周りにまとわせながら、可憐に踊り始めた。

『これは、とある場所で起こった物語』

 やがて男性がリュートを弾きながら歌を歌い始めると、そのあまりの美声に皆釘付けになる。

『──愛している。だがおまえは敵の娘。この想いを告げるわけにはいかない。それでは、そのために死んでいった者に申し訳がたたないから』

 その男性の美声にも負けず、美貌の舞姫がとん、と跳躍を一つしてくるりと回ると金がかった茶髪が陽にきらきらと輝き、その全身を照らし出した。

『だが、おまえを見る度に溢れる恋情、そしておまえの周囲への嫉妬。愛する心とは裏腹につらく当たってしまっても、おまえはただ哀しそうな顔をするだけ。その度にわたしが引き裂かれそうな思いをしていることをおまえは知らないだろう』

 舞姫は控えめに男に近寄る。決してその目には留まらないように。男もまた、舞姫の方を見ない。

『いっそ、おまえをわたしから引き離したらこの感情からも解放されるだろうか』

 哀しげな瞳で静かに舞姫は踊る。その姿は可憐だったが、まるでなにかを諦めたようだった。やがて舞姫は歌い手の男から遠く離れ、ゆったりと可憐に舞った。

『遠い地でおまえが他の男とうまくやっていることなど知らなければよかった。それを聞いて、なにかが崩れさった。他の男におまえを取られるくらいならいっそ、あの男からおまえを奪い……』

 せつなげで穏やかだった音楽が一気に激しくなり、破滅を知らせるような音が辺りに鳴り響く。舞姫の表情が一瞬怯えたような表情になると、その身を地に伏せた。これは嘆きと哀しみを表現しているのだと千花は悟った。

『結局わたしはこの恋の前には無力だった。わたしを愛さなくてもいい。おまえは憎め。それだけがおまえにとってのわたしの存在価値だから』

 一瞬だけ、舞姫の手が男の手に触れそうになる。けれど、それはすぐに戻されて、胸元を押さえる。まるで、憎しみと恋情との間で苦しんでいるかのように。

『これでおまえは永遠にわたしもの』

 その一節で舞姫はその場にくずおれる。
 そしてその余韻を残すように演奏は終わった。


 やがて舞姫と歌い手は立ち上がり、講演終了を告げる挨拶をする。
 その途端、割れるような拍手が鳴り響き、お金や花などがたくさん投げられた。
 千花ももちろんその演奏と歌と舞のすばらしさに一生懸命拍手した。


「トゥルティエールの恋物語か。これは百年ほど前に実際にあった話で、かなり人気のある演目だよ」
「へえー、本当にあったことなんだ」

 レイナルドの説明に千花は素直に感心して頷いていた。
 このころにはだいぶ胃の調子も良くなっていて、千花はカイルの出してきた胃薬の効き目に内心驚いていた。


「それにしても、とても素敵だった!」

 千花も二人の迫真の歌と舞に感動してなにか彼らに渡したいと思って辺りを見回すと、丁度よく花屋の出店を見つけた。
 千花はピンクを基調としたかわいらしい花束を購入すると、こういうことをするのは初めてだが、舞姫に思い切って花束を手渡した。

「とても素晴らしかったです!」
「まあ、ありがとうございます。……あなたは異国の方?」

 美貌の舞姫が千花を興味津々という感じで見てくる。

「は、はい」

 遠くから見たときは可憐な美人だったが、近くで見ると迫力美人だ。あの可憐さは演技で出していたのかもしれない。それにしても、この人もどこか異国の人だろうか。象牙色の肌と髪と同じ金茶の瞳がどことなく異国的な印象を与えている。

「ラヴィニア、おまえ、また悪い癖が……」

 花束や、投げ銭を受け取った淡い赤茶色の髪のリュート弾きの男がいくらか辟易へきえきしたように舞姫に言う。

「シルヴァン、悪い癖とはなによー。可愛い娘だから興味があるだけで、これはちょっとした趣味じゃない」

 先程の可憐な演技が嘘のように、ラヴィニアは腰に手を当ててふんぞり返って言う。

「あ、あの……?」

 意味が分からず、首を捻るばかりの千花にラヴィニアが言った。

「ねえねえ、あなた、舞姫の格好してみたくない? もちろん記念に映像魔法にも残しておくけど」
「え、えええっ!?」
「あ、それはいいね。僕はぜひ見たいな。ティカ着てみせてよ」
「……まあ、特に反対することはないな」

 驚きのあまり飛び上がる千花とは裏腹に、男共は満更でもなさそうだ。

「そそそ、そんなわたしなんて童顔ですし、そんな格好似合うと思えませんっ」
「ティカは化粧映えする顔じゃないか。なにを心配する必要があるんだい」
「う……、それは」

 化粧自体は確かに問題はない。
 しかし、腕や胸元も露わで両脚に深くスリットが入っている衣装が問題なのであって。

「あ、そうなの? 化粧映えするなら全然問題ないわね。あなた、ちょっとこちらの天幕にいらっしゃい」

 ラヴィニアは両手を叩いて喜ぶと、女性とは思えない強い力で、ぐいぐい千花をひっぱっていく。
 ただ素敵な歌と舞のお礼に花束を渡しに行っただけなのになぜこうなるんだ。
 千花の疑問と不安をよそに、カイルとレイナルドは事の成り行きを楽しそうに眺めているだけだ。

 この薄情者──!

 かくして、ラヴィニアの天幕に連れて行かれた千花は、先程の不安通り、腕や体の線も露わで、両脚に深くスリットの入った白い舞姫の服を着させられている。そして、足には編みあげサンダル。腕や首、額には舞姫用の紫水晶の銀のアクセサリーまで付けられている。
 メリサあたりが見たら、すぐ着替えてくださいと言いそうな格好だ。

「ティカちゃん、細いのねー。出るとこは出てるけど……。でももうちょっと脚とかに肉ついた方が色気はでるわよ」
「いや、そんなものはいりませんから! 第一、これ胸元開きすぎてません?」

 胸の谷間も露わで、他の露出も相まって恥ずかしすぎる。

「このくらい、普通普通。ティカちゃんに胸があって良かったわー。下手な人が着るとがばがばになるから」

 あはははと楽しそうにラヴィニアは笑うが、千花は胸元がばがばな舞姫の衣装を着ている自分を想像してしまい、顔をひきつらせた。

「さて、後は化粧よねー。ティカちゃん、お肌綺麗だからおしろいはいらないとして、目に縁取りしてから色入れて、頬紅と口紅もきちんと入れなきゃ」

 満面の笑みを浮かべてそう言うラヴィニアに、千花はもうどうにでもしてくれという心境だった。
 どう考えてもやめてくれと言っても聞いてくれそうな感じではない。

「あらぁー、ティカちゃん、本当に化粧映えするのねえ。これは稀少な原石かもしれないわー」

 そんなこんなで化粧をされて、千花は鏡の前に立たされていた。
 城でのお姫様とは違う、少し妖艶なイメージだ。

「んふふー、どう? 素敵に仕上がったでしょう?」
「は、はい」

 確かに童顔の自分とは思えない大人っぽさだ。
 千花がちょっと恥ずかしそうに微笑むと、ラヴィニアに「本当、かわいいわあ」と抱き寄せられた。

「あ、でもちょっと待って、その髪はとても綺麗だけど、上げてうなじを出した方がいいかもしれないわねぇ」

 ラヴィニア鏡の中の千花をまじまじと見つめて言うと、前髪と両サイドの短めの髪は残したまま両横の髪を綺麗に編み込み、ポニーテールにした。

「飾りはどうしようかしら。衣装は白だからどんな色でも合うけど……。でも他の装飾品が銀と紫水晶だから、やっぱりあれかな」
 ラヴィニアは一人で納得すると、いくつも輪が重なった銀のリボンをピンで留めた。
 千花が身動きすると、リボンの先についた紫水晶のついた銀の飾りがシャラシャラと音を立てる。

「さて、できあがりー! どう、ティカちゃん、感想は?」

 その支度の出来映えに呆然としていた千花は、それではっとなって慌てて言った。

「え、えーと、まるで自分じゃないみたいです。こんなに綺麗にしていただいて、ありがとうございます」

 お城でも侍女達は自分をお姫様のようにとても綺麗にしてくれるけど、これはまた違った方向での美しさでとても新鮮だ。

「どういたしまして。ティカちゃんが光る原石だからここまでできたのよ。ティカちゃん、近い将来絶対すごい美人になるわよ」
「そ、そんなこと……」

 千花はラヴィニアの褒め言葉に恥ずかしそうに俯いた。
 セルマにもそのようなことを言われた気もするが、千花には到底信じられない。
 実際は千花は結構な美少女なのだが、本人はいたって普通の女子高生だと思っているため、ラヴィニアのそれはお世辞にしか聞こえない。

 ……でも、化粧映えする顔で良かった。

 千花がそのことについてほっと息をついているとラヴィニアが当然のことのように言った。

「じゃあ、みんなにお披露目にいきましょうか」
「ええっ、本当に見せるんですか!?」

 驚いて千花がラヴィニアの顔を窺った。

「当たり前じゃない。こんなすばらしい出来映え自慢しなくてどうするの!」

 バーン! と勢いよく背中を叩かれて前につんのめりそうになりながら、千花は少しばかりの羞恥と不安に襲われていた。
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