魔法の国のティカ

舘野寧依

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第二章:お姫様で庶民な二重生活

第19話 結局こうなる

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「あれ、そういえばレイドは?」

 ついさっきまでアクセサリーのことで頭がいっぱいだった千花は、やっと一人足りないことに気がついた。

「ああ、レイドなら今ここに向かっているから大丈夫だ」
「あ、そうなの?」

 なぜかカイルには他人の動向が分かるらしい。だが、それがどういうことなのかは千花は深く考えなかった。
 自転車がここにある以上、彼はここに戻って来ると分かっていたからだ。

「ティカ」

 カイルが言った通り、レイナルドが程なくして現れた。

「あ、レイド、ごめんね。わたし選ぶのに手間取っちゃって退屈だったよね?」
「いや、そんなことないよ。楽しそうな君を見て僕も楽しかったし」
「え、そ、そう?」
「うん」

 そこまではっきり言われると、ちょっと照れる。千花は熱くなる頬を隠すように押さえた。
 レイドはそんな千花に少し笑うと、彼女の前に小さな袋を出してきた。

「ティカ、これあげる」
「え、なに?」

 レイナルドから袋を受け取って、ティカはなにげなくそれを開けた。

「これ……」

 袋に入っていたのは淡い青の腕輪。先程千花が買おうか悩んでいた片方だった。

「えええ、そんな悪いよレイド」

 本当はこの腕輪の存在も心の奥底で気にはなっていたので、レイナルドの気持ちはとても嬉しかったのだが。

「もう買っちゃったし、そんなに高いものでもないから、遠慮しないで受け取ってよ」

 言い方は柔らかかったが、レイナルドは結構強引だ。だが、明らかに女性用のものをレイナルドが持っていても仕方がないだろう。

「う、うん、レイドありがと。気を遣わせちゃったみたいでごめんね?」
「僕がしたくてやってることなんだから、君は気にしなくていいんだよ。……ああ、今付けちゃおうか。その腕輪と一緒に付けても良い感じだよ」

 千花はレイナルドに腕輪の付けてある左手を取られると、彼が購入した腕輪を巻いてもらった。

「あ、本当。素敵だね」

 千花が腕を掲げてうっとり魅入ると、レイナルドは満足そうに頷いた。

「だろう? ティカによく似合ってるよ。とてもかわいい」
「あ、ありがとう」

 彼のストレートな褒め言葉は典型的日本人の千花には未だ慣れなくて、彼女は頬を染めた。……日本では女の子同士で持ち物を褒めあうことはままあったが、男性にこれをやられるのはまた別である。

「レイド、本当にありがとうね。大切にする」
「うん、君がそう言ってくれると嬉しいな。よけいなお世話かなと思ったけど、思い切って贈ってよかった」

 千花が少し恥ずかしそうに微笑んでお礼を言うと、レイナルドが満足そうににっこりと笑った。
 そんな和やかな二人の雰囲気を壊すようにカイルが口を挟んだ。

「……おい、もうすぐ昼だが、どうするんだ」

 不機嫌を隠そうともせずにカイルが聞いてきたので、千花はちょっとむっとしてしまった。

「……なんでそんなに機嫌悪いの? 護衛してもらっておいてなんだけど、カイル態度悪いよ」

 千花がそう言うと、カイルは瞳を見開いて少しばかりうろたえた。

「……それは、おまえがレイドの贈り物にそんなに嬉しそうにするから……」
「……ええ?」

 千花は信じられないことを聞いた気がして、思わず聞き返した。
 最近耳の調子がおかしいのだろうか? それとも言語疎通の指輪の調子がおかしいとか?

「い、いや、なんでもない。それより、おまえはこれから物を貰うときは師匠である俺を通せ」

 その俺様全開のカイルの言葉に、千花は思わず飛び上がりそうになる。
 第一、普段は住んでいる場所が違うのだ。カイルの言うことは、実際不可能に近かった。

「えええ、カイルなに言ってるの? そんなの無理に決まってるじゃない。……ああ、師匠の自分を差し置いて贈り物を貰ったから拗ねてるわけ?」
「……なぜそうなるんだ。男に装飾品を貰っても嬉しくない」

 心外なことを言われたとばかりに、むっと眉を寄せてカイルが反論する。
 それも違うとなれば、カイルの言い分はよけいに謎だ。

「……じゃあ、なんなの?」

 千花が首を捻りながらカイルに尋ねた途端にカイルは黙り込んだ。
 本当にいったいなんなんだ、と千花はちょっと不機嫌になる。
 思い返してみれば、過去に王子達へ弟子のティカにああ言うな、こうするなといろいろ言っていたような気がする。
 これはどう考えても度が過ぎているだろう。

「いくら師匠だからって、わたしそこまで束縛されたくない。第一、カイルにそこまで言う権限はないでしょ。これが恋人とかなら分かるけど」

 千花が恋人と言ったところで、カイルが幾分うろたえた。

「お、俺は束縛なんてしていないぞ」
「贈り物貰うのに、いちいちカイル通すのが束縛でなくてなんなの? これが全然知らない人からとか、危険物とかならまだ分かるよ? でも、レイドからのごく普通の贈り物じゃない」

 千花がいくらかうんざりしながら言うと、レイナルドもうんうんと頷いた。

「それはそうだよなあ。ティカの言うことはもっともだよ。いくら魔術の師匠でもこんな普通の贈り物にあれこれ口を出す権限はないな。……カイル、あまり言い過ぎるとうるさがられるだけだよ」

 そこでカイルは少々むっとしたようにレイナルドを見たが、やがて不承不承ながらも「分かった」と頷いた。

「……まあ、わたしもちょっと言い過ぎたよ、ごめんね。それよりお昼にしよっか。わたしおなかすいちゃった」

 少し場の空気が悪くなってしまったので、千花は反省しつつ、二人に明るく提案してみた。

「ああ、それなら中央広場に屋台がいろいろ出てるよ。そこで昼食にしよう」

 それに反論などあろうはずもなく、千花は一も二もなく頷いた。



 それから千花達は徒歩で中央広場まで行った。
 週末なのもあるせいか、屋台がかなり出ていて賑やかだ。

「わあ、おいしそう」

 あちこちから食欲をそそるいい匂いがしていて、千花から自然に笑みがこぼれる。

「僕のおすすめはここのハニャーニャかな」

 ここの屋台に詳しいらしいレイナルドがそう言ったので、千花は素直にそれに決めた。

 ハニャーニャは小麦粉を練ったものを丸く伸ばして焼いたものに、焼いた肉や野菜などを挟んだ軽食だ。千花はそれとお茶を買って昼食にすることにした。

「そんなので足りるの? ティカは本当に小食だなあ」

 レイナルドはそう言って、ハニャーニャの他に肉の串焼きと、薄くスライスして味付けしたジャガイモの上にチーズをのせて焼き上げたものを広場に据え付けてあるテーブルの上に置いた。
 カイルはハニャーニャに、肉と野菜の煮込みを購入したようだ。そのカイルも、千花の食事内容を見て少し眉をひそめた。

「ひょっとして、食事制限でもしてるのか?」

 どうやら食事量が少ないため、ダイエットをしていると思われたらしい。

「ううん、お昼はだいたいこんなものだよ。朝しっかり食べたし、これで充分だと思うけど」

 千花が慌てて言ったが、二人は他にもいろいろ買ってきて食べろ食べろと勧めてきた。

「そんなに食べられないよ~……。それに、こんなに食べたら太っちゃう」
「おまえは充分細いだろう。……出るところは出ているが」
「うん、ティカはもうちょっと太った方がいいかもね。その方が抱き心地よさそうだし」
「二人とも……、それセクハラだからね?」

 二人のよけいな発言に千花が口元をひきつらせながら言うと、聞き慣れない言葉にレイナルドが首を傾げた。

「そういえば前も言ってたけど、セクハラってどういう意味?」

 ……だから、それを聞くのもセクハラだというのに。お願いだから、前後の言葉で察してほしい。
 千花は頭が痛くなった気がしてこめかみを押さえた。

「……つまり、性的いやがらせという意味だな」

 レイナルドよりはあちら側の言葉を理解できるカイルが解説した。

「え、別にそんな意図で言ったわけじゃないよ?」

 ようやく千花の言いたいことを理解したらしいレイナルドが焦ったように千花に弁解する。

「言った方がそういうつもりじゃなくても、言われた方がそう受け取ればそうなの!」

 むうっと千花が少し睨むと、レイナルドはしまったというように片手で口元を覆った。

「ごめん、気をつける」
「うん、そうして。……カイルもね」
「……ああ」

 本当に分かったのかどうなのか、カイルはやる気のない返事をした。

「だが、やはりおまえは少し太った方がいいぞ。体力もそんなになさそうだしな」
「そうだね、慣れない環境でまた風邪でもひかれたら困るし、少しは体力を付けないと」
「う、うん……」

 それを言われると、ついこの間寝込んだ身としてはちょっと苦しい。
 二人の言い分に千花は渋々頷いた。
 そして、結局は二人に言い負かされて、千花は昼食を無理矢理食べさせられる羽目になったのである。
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