魔法の国のティカ

舘野寧依

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第一章:魔術師の弟子

第14話 異世界での授業の始まり

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 部屋に戻った千花に告げられたのは、これから礼儀作法の授業が待っているということだった。
 千花は授業の時間までディアナに濃いめのミルクティーを入れてもらって、応接セットの長椅子に座って休憩した。

 本当は寝室に駆け込んで泣きたかったけど、ディアナ達にも心配かけるだろうし、なんとかそれは思いとどまった。
 千花が深いため息をついていると、エドアルドとレイナルドの来訪が告げられる。
 千花が入室してもらうように言うと、ほどなくして二人は現れた。
 二人に応接セットに座ってもらうと、千花は立ち上がって頭を下げる。

「お二人とも先程は取り乱してしまって申し訳ありませんでした」
「そんなこと誰も気にしてないから大丈夫だよ」
「あの状況で取り乱すなと言う方が酷だろう。……ティカ、大丈夫かい?」

 二人が首を横に振って、千花を心配そうに見る。

「大丈夫、って言ったら嘘になりますね。やっぱり家に帰れないのはショックです」

 千花は出来るだけ明るく言おうとしたが、結局泣き笑いのようになってしまった。

「ティカ……」
「でも、帰れないのはもう決定してしまったし、今は自分に出来ることをやるだけです。家に帰るという目的のためにも魔術を早く習得したいし」
「……わたし達になにか出来ることはあるかい?」

 エドアルドが真摯な瞳で千花を見つめて言う。

「いえ、これといって思い浮かばないんですが……、あ、わたし、この世界の言葉を習いたいです。話すのは言語疎通の指輪でどうにかなってますが、さすがに文字までは理解できないので」
「そうか。ならば、早速教師の手配をしよう。……だが、君が大変になってしまうけれどいいのかい?」
「はい、わたしなら大丈夫です。それに、数年はこの世界に滞在するんですから、言葉が分からないと不便でしょう? このままじゃ本も読めませんし」
「確かにそれは不便だよね」

 レイナルドが頷きながら同意する。

「ティカはこの後、礼儀作法を習うのだったね」
「はい、それから午後に魔術を習うことになってます」

 エドアルドの言葉を肯定しながら千花は付け足した。

「では、その前に語学を入れようか。これは出来るだけ早く習得したほうがいいからね」
「はい、ありがとうございます」

 千花はエドアルドに頭を下げて微笑んだ。

「……ところで、明日カイルの屋敷に行くんだったね」
「あ、そうですね。そういえば、こちらは一週間が六日なんですね」
「ティカの世界は違うのかい?」
「わたしの世界では七日でした。一年が365日で四年に一度366日になるんです」
「なにか複雑だなあ。ここは通して一年が360日なのに」

 レイナルドが興味深そうに言う。まあ、閏年の存在は確かにちょっと複雑だ。

「そういえば、先程ティカはカイルをボコボコにしたと言っていたが、いったいどんな状況だったんだい」
「ああそれ、僕も是非知りたいな。あのカイルがボコボコにされるところがまず思い浮かばない」

 ふと思い出したようにエドアルドが言った言葉に、レイナルドが興味津々といった態で身を乗り出した。
 なんだか自分の凶暴さを暴露するようで千花は少し嫌だったが、こんなに期待されては仕方がない。千花は仕方なく話し出した。

「……ええと、お城に来る前の話なんですが、わたし召喚された時、この国の常識ではちょっとはしたない格好してたみたいなんですね。それでここの服に着替える時に汗かいてたので、お風呂に入らせてもらおうとしたんです。それで、カイルの屋敷の女中の人に着替え一式渡されて、いざお風呂に入ろうとしたら、そこにカイルが残ってて」

 千花がいったんそこで話を切ると、王子二人は呆れたような顔をした。

「それは非常識だな」
「カイル、なにを考えてるんだ」

 二人が口々にカイルの非常識さを非難するが、肝心な話はこれからだ。

「それで、わたしがカイルに出ていってくれって頼んだら、カイルなんて言ったと思います? 『なんだ、せっかく背中を流してやろうかと思ってたのに』って言ったんですよ! わたし寒気がして、思わずカイルをボコボコにして追い出しましたよ。その前も人の体じろじろ見て『目の保養』とか言うし!」
「それはありえないだろう、カイル」

 あまりのことに唖然としてレイナルドが言う。

「……まあ、さすがに背中を流す云々は冗談だと思うが、女性に言うようなことじゃないな」

 エドアルドも呆れたように溜息をついた。

「まあね。冗談なのは確かかもしれない。やろうと思えばカイルは風呂でもなんでも覗き放題なんだし」
「は?」

 頷きながらのレイナルドの言葉に、千花の目が点になる。

「カイルは移動魔法が使えるだろう? だからどこへでも移動できるし」
「あ」

 そうか、そのことをすっかり忘れてた、と千花は口元を覆う。
 移動魔法が扱えるということは、いくら浴室の鍵をかけても無駄ということだ。

「……やっぱりティカをカイルの屋敷にやるのは危ないかな。寝室に忍ばれて拘束魔法とか使われたらまずいし」
「……レイナルド殿下、なにか変なことを想像してませんか?」

 寝室で拘束とか、まるで変態ではないか。
 千花が口の端をひくつかせて言うと、レイナルドがしまったと言うような顔をした。

「い、いや僕はティカの身の安全を考えてだね……」
「まあ、わたしもそういうことはない、と思いたいけどね。しかし、君をカイルの屋敷にやるのは早まったかもしれないと思ってるよ」

 冷静なエドアルドまでそんなことを言うので千花は慌てた。
 このままでは週末の楽しい庶民生活がなくなってしまうかもしれない。

「いくらカイルでも、そんなことありえませんからっ。わたしも見た目十二歳ですし!」
「いや、君は素顔でももう少し上に見えるよ。体つきもいいし」

 エドアルドはフォローしているつもりなのだろうが、余計なセクハラ発言までついてきた。

「第一体を眺めて目の保養と言うのは、そういう対象で見てるとしか思えないし」
「そういう対象って、どういう対象ですか!?」

 浮かんでくる恐ろしい想像に、思わずうろたえながら千花が叫ぶように聞く。すると、レイナルドが非常に言いにくそうに言った。

「……いや、異性として見ている、というか……」
「ないですないですないです! そんなことは絶対にありえませんから!」

 無理矢理召喚されたあげく、そんな対象に見られるなんてごめんだ。
 それに、そんな疑いのために、数少ない庶民生活の日を潰されるのもごめんだった。
 千花が椅子から立ち上がって叫ぶと、二人はその勢いに押されたように黙りこんだ。

「あ……うん、まあ、ちょっと考えすぎだったかもしれないな」
「……まあ、カイルにも理性はあるだろうしね」

 二人は肩で息をしている千花を毒気が抜かれたように見上げながらそう言った。



 とりあえず、週末の庶民生活を死守した千花は、王子二人を見送ると礼儀作法の授業を受けた。
 まずはお互いの名を名乗ることから始まったが、立ち方からしてよくないと女性教師から厳しい指摘を受けた。ちなみに教師の名はゼネットだそうだ。

「背筋をまっすぐ伸ばしてください。駄目です、右肩が下がっています!」

 千花が身動きする度に厳しい叱責が飛ぶ。
 まさか立ち方一つでこんなに何か言われるとは思わなかった千花は、お姫様が実はいかに大変か分かったような気がした。

「はい、そのまままっすぐ歩いてください。……ティカ様、また右肩が下がっています!」

 どうにか直線上を歩く練習まではこぎ着けたが、またこれがまっすぐ歩けなくてゼネットからお目玉を頂戴することとなった。

「……それでは次までに今お教えしたことをしっかり復習なさってください。それがお出来になりましたら、礼の授業に入ります」

 叱られ通しの一刻(約二時間)の礼儀作法の授業は終わった。
 千花は少々ぐったりしながら軽い昼食を終え、今度は語学の授業になった。
 現れたのは魔法使いのような長い白髭を生やしたおじいさんだった。千花が聞いたらやはり魔術師でグレッグと名乗った。

「ティカ様は全く文字が分からないそうなのでこれを持ってきました」

 そう言って出されたのは可愛い絵本。
 全く分からなければ、やっぱり小さい子向けの教え方になるよね、と千花は心の中で苦笑する。

「むかしむかし、あるとうにうつくしいおひめさまがねむっていました」

 グレッグが先に一文を読み上げる。

「いいですかな、これが『むかし』、これが『とう』、これが『うつくしい』です」

 単語を指し示しながら、グレッグが説明する。
 千花はその文字を紙に書き移しながら、言語疎通の指輪を外し、グレッグと合わせて発音した。

「はい、そうです。大変よろしいですよ」

 グレッグは先程の礼儀作法の教師のゼネットとは違って優しく教えてくれる。
 今度は優しい先生でよかったと千花はほっとした。
 途中で談笑を挟みながら千花はグレッグに文字を教わり、最後に勉強に使った絵本を彼からもらった。

「ティカ様、それで今日勉強したところの復習をお願いします。その本はまだ使いますからまた持ってきてください」
「はい」

 グレッグの優しい笑みに、千花も微笑み返して和やかな時間は終わった。
 それにしても、さっきの授業と同じ時間のはずなのに、楽しい時はすぐに過ぎるものだなあと千花はしみじみ思った。

「んー……、これであとは魔術の授業かあ」

 礼儀作法の教師のゼネットとカイルではどちらが厳しいだろう。……やっぱり鬼畜なカイルの方がより厳しそうな感じがする。
 千花は深い溜息をつくと、カイルが呼びにくるまで部屋で休憩及び待機をしていた。
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