魔法の国のティカ

舘野寧依

文字の大きさ
上 下
7 / 54
第一章:魔術師の弟子

第6話 稀少な存在

しおりを挟む
「第三王子、なにを言っている。ティカは俺の弟子だぞ。それを無視して勝手に話を進めるな」

 カイルが不愉快そうに言ったことで、千花は一瞬真っ白になった意識を取り戻した。問題のレイナルドは、カイルに対して「ちょっと黙っててくれるかな」などと言っている。

「申し訳ありません。それは無理です」

 千花は慌ててレイナルドに答えたが、予想しない返事が返ってきた。

「どうして? 君は僕が嫌い?」
「どうしてって……、殿下とはほんの少し前にお会いしたばかりじゃないですか。好きも嫌いもありません。それにこんな得体の知れない女を妃になんておかしいです」

 自分を卑下したくはないが、どこの馬の骨とも知れない女を妃にするなんてどう考えてもおかしい。
 それをこうも簡単に言うのは、もしかしたらこの王子にはすでに何人か妃がいるのかもしれない。

「得体は知れなくはないだろう? 当代一の魔術師のカイルの弟子だし」

 千花がカイルの弟子になった経緯を知らないレイナルドは当然のように言ってくる。

「……わたしは異世界の日本という国の出身です。それに庶民ですし、殿下に釣りあうとは思えません」
「……異世界?」

 レイナルドが千花の言葉に驚いたように聞き返す。

「はい、わたしは異世界の人間です。ただ、わたしには魔力が並外れてあったらしくて、カイルにこの世界に召喚されたんです」
「ティカが異世界人……」

 呆然としたようにレイナルドがつぶやく。
 千花はこれで諦めてくれるかなと心の中でほっとする。
 いきなり王子妃になってくれなんて、いくらなんでも身に余りすぎる。

「それはすごいね! カイルよくやったよ!」
「ええっ?」

 ほっとしたのも束の間、レイナルドが両手を握ってきたので千花はびっくりする。

 すごいはともかく、よくやったとは何事!?

「見たことのない顔立ちだから、他の大陸出身かと思ったら、まさか異世界から来たなんて驚いた。異世界の人間なんて、初めて見たよ」

 それはそうだろう。
 そんな機会がやたらあったら困る。

「……そんなパンダかなにかを見るような目で見ないでください」
「パンダ?」

 レイナルドに問い返されて、ああ、この世界にはいないのかと千花は理解する。

「わたしの世界にいる珍獣です」

 言いながら、わたしはあんなに可愛くはないけどね、と千花は内心で苦笑した。

「珍獣なんてとんでもない。確かに君の存在は稀少だけど、こんなに綺麗なのに」
「ですから、それは化粧のおかげです。素顔を見たらきっとがっかりなされますよ」
「ティカ、そう卑下することもないだろう。君の顔は歳の割に幼いけれど、とても可愛らしいよ」
「第二王子、せっかくティカが断っているのに余計なことを言うな」

 フォローするように千花を褒めたエドアルドに対して不遜にカイルが言う。

「しかしね、ティカは自己評価が低すぎだよ。彼女はそのままでも充分可愛いし、庶民というが、それなりに教養もあるようだしね」
「あ、ありがとうございます」

 エドアルドの褒め言葉に千花が赤くなるのをレイナルドが面白くなさそうに見た。

「アルド兄さん、まさかティカに気があるわけじゃないよね? 随分彼女に好意的みたいだけど」
「さあ、どうだろうね。だけど、別に嫌いになる要素はないだろう? 装ったティカはとても美しいし、そのままの彼女もとても興味深い女性だよ」
「……ふうん、否定はしないわけだ?」

 レイナルドがエドアルドを挑戦的に睨む。
 自分のせいでなんだか険悪な雰囲気になりそうだったので、千花は慌てて口を開いた。

「あ、あのっ、エドアルド殿下、冗談はおやめください。今すぐ否定して──」
「ティカ、わたしも君に興味がある。いろいろとね」

 エドアルドはそう言ったが、千花は彼がそう言うのは恋愛感情以外の理由からとしか思えなかった。
 それなのに、レイナルドをわざと煽るようなことを言うなんて、なにを考えているんだろうか。身分上失礼だとは思いながらも、千花は少しむっとしてしまう。

「……それは、わたしが異世界から来たからですか? ああ、並外れて魔力が大きいことも関係あります? もしかしたら、そのことでわたしに利用価値がありますか?」
「おいおい、ティカ。殿下に対して失礼だぞ」

 それまで傍観ぼうかんしていたシモンが慌てたように言ったが、千花は黙ってエドアルドをじっと見ていた。

「……これは手厳しいね」

 エドアルドは驚いたように瞳を見開くと、次には苦笑した。

「本当に君は興味深い」

 エドアルドが一瞬だけ熱い視線を送ってきて千花は少しうろたえる。それを見逃さなかったレイナルドがエドアルドに宣言した。

「いくらアルド兄さんでも、ティカは渡さないよ。兄さんに妃候補はいくらでもいるだろう?」
「あのっ、レイナルド殿下、誤解です。エドアルド殿下はわたしのことはなんとも思っておられませんから」
「ティカ、わたしは君のことを興味深いと言っているだろう? それがなぜなんとも思ってないことになるんだい?」

 慌てて取り繕うとする千花に、エドアルドは楽しげに言う。

「エ、エドアルド殿下、で、ですから、おふざけはやめてください」

 これはさっきの反抗的な態度への反撃だろうか。
 もはや面白がっているとしか思えないエドアルドに、千花はうろたえまくる。

「……王子達、いい加減に晩餐に入りたいんだが。食事を取りながらでも会話はできるだろう」

 不機嫌そうにカイルが会話に割り込むと、エドアルドがくすりと笑った。

「ああ、そうだね。せっかくの食事が冷める」

 とりあえず自分を取り巻く妙な雰囲気が少しだけ和らいだので、千花はほっとする。
 直球なレイナルドはともかくとして、エドアルドの思わせぶりな態度は心臓に悪すぎる。

「ティカ、ここの食事は大丈夫そうかい?」

 エドアルドにそう言われて、千花は大皿に盛られた料理を見る。どうやらここでの食事は大皿から自分の皿に取る形式のようだ。

「はい、大丈夫そうです」

 料理もそんなに元の世界と変わりはなさそうだ。食事のマナーもよく分からない千花は少しだけほっとする。

「ティカ、取ってあげるよ」

 レイナルドがかいがいしく千花の世話を焼く。

「あ、ありがとうございます」

 レイナルドは気を利かせたのか全部の大皿から料理を取ってくれたので、千花は食べきれるか不安だったが、味も元の世界のものとそう変わりはなく、おいしく食べられた。異世界でも料理がそんなに変わらないなんて不思議なものだ。

「ティカ、もっと食べる?」
「もう充分です。というか、お腹いっぱいです。ごちそうさまでした」
「もう? 小食だなあ」

 そう言うレイナルドは見ていて気持ちよいくらい食べている。
 他の男性陣も結構食べていて、確かにこの中では小食になるかも、と千花は食後のお茶を飲みながら苦笑した。

「それはそうと、ティカ。妃の件、考えといて。僕は君がその気になるまで待つから」

 一応断ったはずだが、レイナルドには千花を諦める気は全くないようだ。
 千花はレイナルドを見上げると、先程の自分の考えを彼にぶつけてみた。

「……殿下には、他にそういう方いらっしゃるんですか?」
「そういう方って、妃のこと? いないよ。僕が妃にしたいと思ったのは君だけだ」

 あまりにも簡単に言うから、てっきり他にも妃がいるのかと思ったら、レイナルドは結構身持ちが堅いらしい。

「そうなんですか? わたしはてっきり何人も妃がいらっしゃるのかと思ってました」
「酷いな、僕はそんな無節操な男じゃないよ。妃は一人だけだと決めてるし」
「す、すみません。軽率でした」

 いかにも心外なことを言われたとばかりに憤慨するレイナルドに対して千花が小さくなる。
 けれど、その一人だけに選ばれてしまった千花は、事の大きさに気づいて慌てて言った。

「で、でも、わたしはいずれ家に帰るんです。ですから殿下のプロポーズはお受けできません。召喚魔法を覚えなければならないので、何年もかかるかもしれませんけど──」
「駄目だよ。君は帰さない」

 千花の言葉をさえぎってレイナルドが真剣な顔で言ってくる。千花はその様子になんとなく不安を覚えて彼を呼んだ。

「……殿下?」
「帰るなんて駄目だ。カイル、ティカに召喚魔法を教えるな」

 思いもかけず強権を振りかざすレイナルドに、千花は震えた。

 もし、彼に本当にこのまま帰れないようにされてしまったらどうしよう──


「レイド、気持ちは分かるけど、それはティカには酷だよ」

 エドアルドがさとしたことで、レイナルドがはっとしたように千花を見た。千花は瞳に涙を溜めながら小さく震えていた。

「……レイナルド殿下、わたしは帰りたいのに酷いです」
「ティカ、ごめん。君を傷つけるつもりはないんだ。僕は君が好きで、だから……っ」

 レイナルドの腕が千花を抱きしめようと動くが、それはなぜか途中で止まった。

「第三王子、食事の席でティカになにをする気だ。俺の弟子を勝手にどうこうするのは、いくら王子でも許さない」

 どうやらカイルがレイナルドの動きを止めたようだ。

「分かった。今はなにもしないから、カイル、拘束魔法を今すぐ解け」

 レイナルドが顔をしかめて命ずると、カイルはすぐに魔法を解いた。
 気さくだけれど、レイナルドのこういうところはいかにも王子然としていて千花は戸惑ってしまう。
 そのレイナルドは物事を見極めるようにカイルをじっと見つめてから言った。

「……カイル、君も弟子を心配するにしては態度がおかしいな。それは君もティカのことが好きだからなんじゃないか」
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

王様と喪女

舘野寧依
恋愛
只野はるか、27歳事務員。漫画を描くことと、預金通帳の残高を見ることだけが生きがいの非モテ女。 そんな彼女が大事な原稿を抱えてジャージ姿でいきなり落ちた先は、なぜか異世界の王様の婚約誓約書の上だった。 怒り心頭の王様は、責任をとって結婚しろとはるかに迫るが……? これは、自分はもてないと思っている女と結婚は政略と考えている王様とそして+α達の物語。

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

明智さんちの旦那さんたちR

明智 颯茄
恋愛
 あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。  奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。  ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。  *BL描写あり  毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。

処理中です...