魔法の国のティカ

舘野寧依

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第一章:魔術師の弟子

第6話 稀少な存在

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「第三王子、なにを言っている。ティカは俺の弟子だぞ。それを無視して勝手に話を進めるな」

 カイルが不愉快そうに言ったことで、千花は一瞬真っ白になった意識を取り戻した。問題のレイナルドは、カイルに対して「ちょっと黙っててくれるかな」などと言っている。

「申し訳ありません。それは無理です」

 千花は慌ててレイナルドに答えたが、予想しない返事が返ってきた。

「どうして? 君は僕が嫌い?」
「どうしてって……、殿下とはほんの少し前にお会いしたばかりじゃないですか。好きも嫌いもありません。それにこんな得体の知れない女を妃になんておかしいです」

 自分を卑下したくはないが、どこの馬の骨とも知れない女を妃にするなんてどう考えてもおかしい。
 それをこうも簡単に言うのは、もしかしたらこの王子にはすでに何人か妃がいるのかもしれない。

「得体は知れなくはないだろう? 当代一の魔術師のカイルの弟子だし」

 千花がカイルの弟子になった経緯を知らないレイナルドは当然のように言ってくる。

「……わたしは異世界の日本という国の出身です。それに庶民ですし、殿下に釣りあうとは思えません」
「……異世界?」

 レイナルドが千花の言葉に驚いたように聞き返す。

「はい、わたしは異世界の人間です。ただ、わたしには魔力が並外れてあったらしくて、カイルにこの世界に召喚されたんです」
「ティカが異世界人……」

 呆然としたようにレイナルドがつぶやく。
 千花はこれで諦めてくれるかなと心の中でほっとする。
 いきなり王子妃になってくれなんて、いくらなんでも身に余りすぎる。

「それはすごいね! カイルよくやったよ!」
「ええっ?」

 ほっとしたのも束の間、レイナルドが両手を握ってきたので千花はびっくりする。

 すごいはともかく、よくやったとは何事!?

「見たことのない顔立ちだから、他の大陸出身かと思ったら、まさか異世界から来たなんて驚いた。異世界の人間なんて、初めて見たよ」

 それはそうだろう。
 そんな機会がやたらあったら困る。

「……そんなパンダかなにかを見るような目で見ないでください」
「パンダ?」

 レイナルドに問い返されて、ああ、この世界にはいないのかと千花は理解する。

「わたしの世界にいる珍獣です」

 言いながら、わたしはあんなに可愛くはないけどね、と千花は内心で苦笑した。

「珍獣なんてとんでもない。確かに君の存在は稀少だけど、こんなに綺麗なのに」
「ですから、それは化粧のおかげです。素顔を見たらきっとがっかりなされますよ」
「ティカ、そう卑下することもないだろう。君の顔は歳の割に幼いけれど、とても可愛らしいよ」
「第二王子、せっかくティカが断っているのに余計なことを言うな」

 フォローするように千花を褒めたエドアルドに対して不遜にカイルが言う。

「しかしね、ティカは自己評価が低すぎだよ。彼女はそのままでも充分可愛いし、庶民というが、それなりに教養もあるようだしね」
「あ、ありがとうございます」

 エドアルドの褒め言葉に千花が赤くなるのをレイナルドが面白くなさそうに見た。

「アルド兄さん、まさかティカに気があるわけじゃないよね? 随分彼女に好意的みたいだけど」
「さあ、どうだろうね。だけど、別に嫌いになる要素はないだろう? 装ったティカはとても美しいし、そのままの彼女もとても興味深い女性だよ」
「……ふうん、否定はしないわけだ?」

 レイナルドがエドアルドを挑戦的に睨む。
 自分のせいでなんだか険悪な雰囲気になりそうだったので、千花は慌てて口を開いた。

「あ、あのっ、エドアルド殿下、冗談はおやめください。今すぐ否定して──」
「ティカ、わたしも君に興味がある。いろいろとね」

 エドアルドはそう言ったが、千花は彼がそう言うのは恋愛感情以外の理由からとしか思えなかった。
 それなのに、レイナルドをわざと煽るようなことを言うなんて、なにを考えているんだろうか。身分上失礼だとは思いながらも、千花は少しむっとしてしまう。

「……それは、わたしが異世界から来たからですか? ああ、並外れて魔力が大きいことも関係あります? もしかしたら、そのことでわたしに利用価値がありますか?」
「おいおい、ティカ。殿下に対して失礼だぞ」

 それまで傍観ぼうかんしていたシモンが慌てたように言ったが、千花は黙ってエドアルドをじっと見ていた。

「……これは手厳しいね」

 エドアルドは驚いたように瞳を見開くと、次には苦笑した。

「本当に君は興味深い」

 エドアルドが一瞬だけ熱い視線を送ってきて千花は少しうろたえる。それを見逃さなかったレイナルドがエドアルドに宣言した。

「いくらアルド兄さんでも、ティカは渡さないよ。兄さんに妃候補はいくらでもいるだろう?」
「あのっ、レイナルド殿下、誤解です。エドアルド殿下はわたしのことはなんとも思っておられませんから」
「ティカ、わたしは君のことを興味深いと言っているだろう? それがなぜなんとも思ってないことになるんだい?」

 慌てて取り繕うとする千花に、エドアルドは楽しげに言う。

「エ、エドアルド殿下、で、ですから、おふざけはやめてください」

 これはさっきの反抗的な態度への反撃だろうか。
 もはや面白がっているとしか思えないエドアルドに、千花はうろたえまくる。

「……王子達、いい加減に晩餐に入りたいんだが。食事を取りながらでも会話はできるだろう」

 不機嫌そうにカイルが会話に割り込むと、エドアルドがくすりと笑った。

「ああ、そうだね。せっかくの食事が冷める」

 とりあえず自分を取り巻く妙な雰囲気が少しだけ和らいだので、千花はほっとする。
 直球なレイナルドはともかくとして、エドアルドの思わせぶりな態度は心臓に悪すぎる。

「ティカ、ここの食事は大丈夫そうかい?」

 エドアルドにそう言われて、千花は大皿に盛られた料理を見る。どうやらここでの食事は大皿から自分の皿に取る形式のようだ。

「はい、大丈夫そうです」

 料理もそんなに元の世界と変わりはなさそうだ。食事のマナーもよく分からない千花は少しだけほっとする。

「ティカ、取ってあげるよ」

 レイナルドがかいがいしく千花の世話を焼く。

「あ、ありがとうございます」

 レイナルドは気を利かせたのか全部の大皿から料理を取ってくれたので、千花は食べきれるか不安だったが、味も元の世界のものとそう変わりはなく、おいしく食べられた。異世界でも料理がそんなに変わらないなんて不思議なものだ。

「ティカ、もっと食べる?」
「もう充分です。というか、お腹いっぱいです。ごちそうさまでした」
「もう? 小食だなあ」

 そう言うレイナルドは見ていて気持ちよいくらい食べている。
 他の男性陣も結構食べていて、確かにこの中では小食になるかも、と千花は食後のお茶を飲みながら苦笑した。

「それはそうと、ティカ。妃の件、考えといて。僕は君がその気になるまで待つから」

 一応断ったはずだが、レイナルドには千花を諦める気は全くないようだ。
 千花はレイナルドを見上げると、先程の自分の考えを彼にぶつけてみた。

「……殿下には、他にそういう方いらっしゃるんですか?」
「そういう方って、妃のこと? いないよ。僕が妃にしたいと思ったのは君だけだ」

 あまりにも簡単に言うから、てっきり他にも妃がいるのかと思ったら、レイナルドは結構身持ちが堅いらしい。

「そうなんですか? わたしはてっきり何人も妃がいらっしゃるのかと思ってました」
「酷いな、僕はそんな無節操な男じゃないよ。妃は一人だけだと決めてるし」
「す、すみません。軽率でした」

 いかにも心外なことを言われたとばかりに憤慨するレイナルドに対して千花が小さくなる。
 けれど、その一人だけに選ばれてしまった千花は、事の大きさに気づいて慌てて言った。

「で、でも、わたしはいずれ家に帰るんです。ですから殿下のプロポーズはお受けできません。召喚魔法を覚えなければならないので、何年もかかるかもしれませんけど──」
「駄目だよ。君は帰さない」

 千花の言葉をさえぎってレイナルドが真剣な顔で言ってくる。千花はその様子になんとなく不安を覚えて彼を呼んだ。

「……殿下?」
「帰るなんて駄目だ。カイル、ティカに召喚魔法を教えるな」

 思いもかけず強権を振りかざすレイナルドに、千花は震えた。

 もし、彼に本当にこのまま帰れないようにされてしまったらどうしよう──


「レイド、気持ちは分かるけど、それはティカには酷だよ」

 エドアルドがさとしたことで、レイナルドがはっとしたように千花を見た。千花は瞳に涙を溜めながら小さく震えていた。

「……レイナルド殿下、わたしは帰りたいのに酷いです」
「ティカ、ごめん。君を傷つけるつもりはないんだ。僕は君が好きで、だから……っ」

 レイナルドの腕が千花を抱きしめようと動くが、それはなぜか途中で止まった。

「第三王子、食事の席でティカになにをする気だ。俺の弟子を勝手にどうこうするのは、いくら王子でも許さない」

 どうやらカイルがレイナルドの動きを止めたようだ。

「分かった。今はなにもしないから、カイル、拘束魔法を今すぐ解け」

 レイナルドが顔をしかめて命ずると、カイルはすぐに魔法を解いた。
 気さくだけれど、レイナルドのこういうところはいかにも王子然としていて千花は戸惑ってしまう。
 そのレイナルドは物事を見極めるようにカイルをじっと見つめてから言った。

「……カイル、君も弟子を心配するにしては態度がおかしいな。それは君もティカのことが好きだからなんじゃないか」
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