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第18話 マッドドクターの髪の毛
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※プチホラーです。苦手な方は閲覧にご注意願います。
私が働いている美容室では、「ヘアドネーション」に使うための毛髪の寄付を受け付けている。
「ヘアドネーション」とは、病気や事故等で髪を失った女児にウィッグを提供するために、髪の毛を寄付する活動のことだ。
「ねえ、冨士見先生から、またヘアドネあったんだけど」
私と同時期に勤め始めたモモカが、モップで床に散らばった髪の毛を集めながら私に耳打ちした。
閉店終わりとなって椅子や鏡をアルコールで拭いていた私は、店長が近くにいないのを確認して手を止めた。
「ちょっと早くない? 前回カットしてから、まだ2週間ぐらいでしょ?」
「知り合いの髪の毛だって言ってた。キューティクルがツヤツヤしてるし直毛だったから、こっちも助かるって受け取ったんだけど」
「長さ何センチ?」
「50センチで、10人分」
「10人分!?」
私は思わず大声をあげて、マスクの上から手を押さえた。
「でしょ! なんか怪しくない?」
モモカの不安げな声と目つきにつられて、私もウンウンとうなずいた。
カットした髪の毛から医療用ウィッグを作るにはある程度の髪の長さが必要となるので、「ヘアドネーション」に寄付するためには、最低でも31センチ以上は伸ばさないといけない。一般的に、人の髪の毛は1ケ月で約1センチ前後伸びるため、50センチ伸ばそうと思ったら、約50ヶ月=約4年少しはかかる計算だ。
個人で短期間の内に連続して寄付するのはまず不可能な上に、一度に10人分はさすがに多すぎる。
1年前からうちの美容室を利用している冨士見先生は、絹糸のように光沢感あるロングヘアだったのだが、2週間前に本人たっての希望でバッサリ切ってショートボブにされた。ヘアドネーションに寄付するためだと言っていた。
「最近、うちの病院に髪の長い子たちがたくさん入ってきたの。彼女たちがね、『自分たちの分も使ってほしい』って。ここで切ったのでないけど、よければ寄付してもいいかしら?」
「ぜひお願いします! ご利用されるお客様が少なくなって寄付される毛髪の量も減っているので、すごく助かります!」
カットを担当したモモカがそう言うと、冨士見さんはツヤのある黒髪によく似合う切れ長の目を細めて、謎めいた微笑を浮かべたそうだ。
世間話の際に職業はドクターだと言っていたから、きっと看護師や医療事務の女性から預かってくるのだろうと、モモカは見込んでいたのだが。
「ロングの看護師さんが多い職場とか?」
「そんな2週間で10人分も集められる?」
少しの間、沈黙があってから、モモカがおそるおそる口を開いた。
「病院ってさ、当たり前だけど……死体、あるよね」
「モモカ! いきなり変なこと言わないで?」
私の言葉を無視して、モモカは独り言のようにつぶやいた。
「お医者さんなら、遺体安置室の出入りも簡単そうじゃない? よく切れる手術用のハサミとか使ってさ……」
「いやそれ、小学生の国語の教科書に出てくる話?」
私は笑い飛ばそうとしたが、声が半分震えていた。
「うん、作り話みたいだよね……でも医者ってほら、サイコパスな人多そうだし」
「じゃあなに、死人の声が聞こえるってこと?」
「仕事のストレスで幻聴に悩まされてるとか、かな」
ぞわりと背筋に悪寒が走った。
「……それが本当だったら、なんか呪われそう」
「その髪の毛、今どこにあるの?」
「そこのレジカウンターの奥。あの白い紙袋に……」
ガサッ
「「ぎゃああ!」」
紙袋の落ちた音がして、モモカと私は同時に叫んだ。
「おい! お前ら! 油売ってないでさっさと片付けしろよ!」
野太い声がレジの方から聞こえたかと思うと、店長がひょっこりと顔を出した。
「なぁんだ~! もぉ店長ってば、驚かさないでくださいよ!」
モモカがふう~っと大きな息を吐き、私も胸をなでおろした。
「なんだとはなんだ。さっきから聞いてりゃ、見当違いもはなはなだしいぞ!」
「えっ? 店長なにか知ってるんですか?」
モモカが問いかけると、店長は男らしくガハハと笑った。
「髪の毛のことは知らんが、あの冨士見先生ってのはなあーー」
** ** **
「冨士見先生、お疲れ様でした」
声をかけられた私は、ハッとして顔を上げた。受付時間はとっくに終わっていた。
「はい、お疲れさん。気を付けて帰ってね」
スタッフの女性が、心配そうに私を見つめた。
「先生、お一人で大丈夫ですか?」
「全っ然へーきよ! 外は真っ暗だし、早くお帰りなさい」
「もう、先生ってホントに『マッドドクター』なんだから」
スタッフが苦笑いを残して去ったあとで、ふだん厳重に鍵をかけてある戸棚を開けた。飴色の扉が開くと、錆びた蝶番がきしんでギギギッと音を立てた。
「みんな、元気してた? ポスドクの研究が忙しくて、あいだが空いてごめんね」
扉の近くにいた薫子ちゃんの頭を撫でると、私の頬が自然と緩んだ。
「あなたの髪は本当に綺麗ね。この調子だと、来週あたりには切ってもよさそうだわ」
私は大学の研究資料用に、写真を数枚撮った。ここ最近のアニメ等の流行のおかげか、私の書いた博士論文が徐々に注目されつつあった。
カメラのフラッシュが光った瞬間、白粉を塗ったような白い顔が何体もボワッと照らし出された。
彼女たちはみな一様に振袖の着物姿で、長い長い黒髪を垂らしている。
薫子ちゃんと目があった気がして、私はニッコリと笑いかけた。
「なあに? 切られるのが怖い? 大丈夫! 先生は何でも直せちゃうぐらい手先が器用だから!」
ふと部屋の窓の外を見ると、彼女たちの漆黒の髪のような闇が広がっていて、『冨士見おもちゃ病院(人形のお祓い可)』と書かれた立て看板が浮かんで見えた。
(了)
◎「ポスドク」とは、「ポストドクター」(博士号=ドクター取得後の研究者、またはその立場のこと)の略です。
◎実話ではありませんので、ご安心ください。
私が働いている美容室では、「ヘアドネーション」に使うための毛髪の寄付を受け付けている。
「ヘアドネーション」とは、病気や事故等で髪を失った女児にウィッグを提供するために、髪の毛を寄付する活動のことだ。
「ねえ、冨士見先生から、またヘアドネあったんだけど」
私と同時期に勤め始めたモモカが、モップで床に散らばった髪の毛を集めながら私に耳打ちした。
閉店終わりとなって椅子や鏡をアルコールで拭いていた私は、店長が近くにいないのを確認して手を止めた。
「ちょっと早くない? 前回カットしてから、まだ2週間ぐらいでしょ?」
「知り合いの髪の毛だって言ってた。キューティクルがツヤツヤしてるし直毛だったから、こっちも助かるって受け取ったんだけど」
「長さ何センチ?」
「50センチで、10人分」
「10人分!?」
私は思わず大声をあげて、マスクの上から手を押さえた。
「でしょ! なんか怪しくない?」
モモカの不安げな声と目つきにつられて、私もウンウンとうなずいた。
カットした髪の毛から医療用ウィッグを作るにはある程度の髪の長さが必要となるので、「ヘアドネーション」に寄付するためには、最低でも31センチ以上は伸ばさないといけない。一般的に、人の髪の毛は1ケ月で約1センチ前後伸びるため、50センチ伸ばそうと思ったら、約50ヶ月=約4年少しはかかる計算だ。
個人で短期間の内に連続して寄付するのはまず不可能な上に、一度に10人分はさすがに多すぎる。
1年前からうちの美容室を利用している冨士見先生は、絹糸のように光沢感あるロングヘアだったのだが、2週間前に本人たっての希望でバッサリ切ってショートボブにされた。ヘアドネーションに寄付するためだと言っていた。
「最近、うちの病院に髪の長い子たちがたくさん入ってきたの。彼女たちがね、『自分たちの分も使ってほしい』って。ここで切ったのでないけど、よければ寄付してもいいかしら?」
「ぜひお願いします! ご利用されるお客様が少なくなって寄付される毛髪の量も減っているので、すごく助かります!」
カットを担当したモモカがそう言うと、冨士見さんはツヤのある黒髪によく似合う切れ長の目を細めて、謎めいた微笑を浮かべたそうだ。
世間話の際に職業はドクターだと言っていたから、きっと看護師や医療事務の女性から預かってくるのだろうと、モモカは見込んでいたのだが。
「ロングの看護師さんが多い職場とか?」
「そんな2週間で10人分も集められる?」
少しの間、沈黙があってから、モモカがおそるおそる口を開いた。
「病院ってさ、当たり前だけど……死体、あるよね」
「モモカ! いきなり変なこと言わないで?」
私の言葉を無視して、モモカは独り言のようにつぶやいた。
「お医者さんなら、遺体安置室の出入りも簡単そうじゃない? よく切れる手術用のハサミとか使ってさ……」
「いやそれ、小学生の国語の教科書に出てくる話?」
私は笑い飛ばそうとしたが、声が半分震えていた。
「うん、作り話みたいだよね……でも医者ってほら、サイコパスな人多そうだし」
「じゃあなに、死人の声が聞こえるってこと?」
「仕事のストレスで幻聴に悩まされてるとか、かな」
ぞわりと背筋に悪寒が走った。
「……それが本当だったら、なんか呪われそう」
「その髪の毛、今どこにあるの?」
「そこのレジカウンターの奥。あの白い紙袋に……」
ガサッ
「「ぎゃああ!」」
紙袋の落ちた音がして、モモカと私は同時に叫んだ。
「おい! お前ら! 油売ってないでさっさと片付けしろよ!」
野太い声がレジの方から聞こえたかと思うと、店長がひょっこりと顔を出した。
「なぁんだ~! もぉ店長ってば、驚かさないでくださいよ!」
モモカがふう~っと大きな息を吐き、私も胸をなでおろした。
「なんだとはなんだ。さっきから聞いてりゃ、見当違いもはなはなだしいぞ!」
「えっ? 店長なにか知ってるんですか?」
モモカが問いかけると、店長は男らしくガハハと笑った。
「髪の毛のことは知らんが、あの冨士見先生ってのはなあーー」
** ** **
「冨士見先生、お疲れ様でした」
声をかけられた私は、ハッとして顔を上げた。受付時間はとっくに終わっていた。
「はい、お疲れさん。気を付けて帰ってね」
スタッフの女性が、心配そうに私を見つめた。
「先生、お一人で大丈夫ですか?」
「全っ然へーきよ! 外は真っ暗だし、早くお帰りなさい」
「もう、先生ってホントに『マッドドクター』なんだから」
スタッフが苦笑いを残して去ったあとで、ふだん厳重に鍵をかけてある戸棚を開けた。飴色の扉が開くと、錆びた蝶番がきしんでギギギッと音を立てた。
「みんな、元気してた? ポスドクの研究が忙しくて、あいだが空いてごめんね」
扉の近くにいた薫子ちゃんの頭を撫でると、私の頬が自然と緩んだ。
「あなたの髪は本当に綺麗ね。この調子だと、来週あたりには切ってもよさそうだわ」
私は大学の研究資料用に、写真を数枚撮った。ここ最近のアニメ等の流行のおかげか、私の書いた博士論文が徐々に注目されつつあった。
カメラのフラッシュが光った瞬間、白粉を塗ったような白い顔が何体もボワッと照らし出された。
彼女たちはみな一様に振袖の着物姿で、長い長い黒髪を垂らしている。
薫子ちゃんと目があった気がして、私はニッコリと笑いかけた。
「なあに? 切られるのが怖い? 大丈夫! 先生は何でも直せちゃうぐらい手先が器用だから!」
ふと部屋の窓の外を見ると、彼女たちの漆黒の髪のような闇が広がっていて、『冨士見おもちゃ病院(人形のお祓い可)』と書かれた立て看板が浮かんで見えた。
(了)
◎「ポスドク」とは、「ポストドクター」(博士号=ドクター取得後の研究者、またはその立場のこと)の略です。
◎実話ではありませんので、ご安心ください。
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