ショートショートのお茶漬け

rara33

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第19話 スルーっとパスして

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※作者の知り合いが体験した話です。ホラーではありません。


 昔、私が大学生の頃、帰りが遅くなって電車の終電に乗った。
 走り出した車両に、人はまばらだった。

 私が腰かけている長椅子の向かい側には、20代半ばと思しきスーツ姿の男が足を広げて座っていた。手すりにもたれかかり、よほど疲れている様子だった。

 彼は舟をこぎながらも、降りる駅を逃すまいと時々目をひんむいて顔を上げていた。

 男のいる場所から2メートルほど離れた先に、パンパンに膨らんだ縞模様のセカンドバッグが置かれていた。他に人は見当たらないので、彼の物と思われる。
 向かいにいる私からは、約1メートル離れた位置にあった。

 不用心だとは思ったが、人も少なかったので静観することにした。

 しばらくすると、電車は次の駅の構内に停車した。
 男は眠気に負けて手すりに腕を絡ませたまま、一向に顔を上げる気配はない。

 ドアは開いたが遅い時間帯なので、乗り降りする人は誰もいなかった。

「〇〇線、まもなく発車いたします」

 このアナウンスに、男がハッと顔を上げて辺りを見回した。自分の降りる駅だと瞬時に認識したらしい。爆弾から逃げるように慌てて腰を上げて、まだ開いているドアへと一目散に走っていった。

「忘れ物です!」

 私が気付いて声をかけると、男はドア付近で振り返って自分のいた椅子を見た。
 離れた所にポツンと置かれた、縞模様のセカンドバッグ。
 だが、ここで引き返せばもう間に合わない。

 私はとっさに立ち上がって男のバッグをつかんだ。

 開いたドアと彼との間を狙って、私はバッグを全力で投げた。

「閉まるドアにご注意ください」

 アナウンスの声を背景に、バッグが風を突っ切って飛んでいく。
 ディフェンスのような両扉の間をかいくぐり、バッグはホームに躍り出た。

 男はゴールキーパーのように、開いたドアから飛び跳ねて手を伸ばした。
 かなり態勢を崩したが、バッグは男の手に見事に収まり、同時にピーッと車掌の笛が鳴った。

 試合終了の合図みたいだった。

 すぐにドアがプシューッと音を立てて閉まり、私はホッとして胸をなでおろした。

 サッカーで相手の選手と選手の間を通すパスを「スルーパス」と呼ぶが、まさに奇跡のファインプレーだと、ガッツポーズでも決めたい気分になった。

 やがて走り出した車両の向こうで、男が大きく叫んだ。


「駅、間違えたあっ!!」
 

 彼にバッグを直接パスすれば良かったのにと、機転の利かなかった当時の自分が恥ずかしい。
 あのあと、彼は無事に帰れたのだろうか。

 何も考えずスルーッとパスした結果、オウンゴールにつながってしまったことに、今も罪悪感を覚えるのだ。

 (了)

◎年末年始で慌ただしい雰囲気とは思いますが、降り間違いにはどうかご注意を。
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