ゾンビだらけの世界で俺はゾンビのふりをし続ける

気ままに

文字の大きさ
上 下
38 / 53
2章 病院編

30話 <下>

しおりを挟む
「ギャアギャア……!?」
「ヴォォォォ……」
「な、何が起きてるんだ……?」

 目の前には有り得ない光景が広がっていた。それは俺が触手に犯される間一髪のところで、人間を襲うはずのゾンビが俺を救ってくれたこと……。

 俺を助けようとしている意思は無いんだろうけど、実際に俺は目の前で救われていた。

 そしてありえない光景がもう一つ。それはゾンビとゾンビが争っていること。基本的にゾンビは自分と同じ存在に興味を全く示さない。だからこそ恐らくゾンビと同じ体質と思われている俺はゾンビから襲われることは無い。

 なのに目の前で何体ものゾンビが俺を襲った悪魔のようなゾンビの体中に噛みついていた。

 (もしかしてこいつはゾンビとして認識されていない……?)

 必然的にそういう考えになる。確かにこいつは他のゾンビとは明確に力の差があり、異常なほどに力があって言ってしまえばそこら辺のゾンビの上位互換だ。体の中から触手を出しては鎧のように体に巻き付けており、それは人間の筋肉と同じ働きをしていると言っていい。

 体全体は元の大きさの2倍ほどに大きくなっており、身体能力も見た目通りに速くて強い。

 そして多少だが感情表現もできる。よくよく観察して情報をつなげ合わせると、ゾンビのように見えて人間である部分も大きい。体の使い方や行動原理だったり……そう、まるでガキだ。生まれたてでまだ何もかもが新鮮で、好奇心旺盛。

 人間を襲うのに殺意衝動を持っているわけではなく、ただ自分が楽しみために襲う。

 そこがこいつとゾンビの根本的に異なる点。

 その根本的に異なる点がゾンビが敵を襲う時の基準?ただ肉を貪る生物でないと敵として認識されるのか?

「ゴギャアアァアァ!」
「ヴォォッ……」
「!?」

 何十体ものゾンビが体にしがみついていたのにも関わらず、勢いをつけて体を壁に衝突させたことで半分ほどのゾンビがふるい落される。そして衝突された壁はやはり崩れており大きな穴が空いていた。

「なんつー馬鹿力だよ本当に、……!?」
「グギャァァ……」
「うっ……!?」

 もう余興は終わったと思わされるような顔をする。先程までの笑みはもう無く、俺というおもちゃと楽しむよりも早く俺を殺して終わらせたいらしい……。

 その悪魔は背中に乗っている何匹ものゾンビを意に介すこともせず、俺の方にゆっくりと歩いて来た。

 一瞬だけ奇跡は起きたが、その奇跡もこの悪魔の前では数秒の時間を作ることしかできないようだ……。

 俺は再び危機的状況に追い込まれる。先程まで死を覚悟していたが、ゾンビがゾンビを襲う場面を見せられ今後に繋がる活路を多少は見出す事ができたのだ。

 そのせいでまだここで死にたく無いと思ってしまった。まだもう少しだけ生き延びていたい……そう考えてしまう。

 この状況をくぐり抜けるのは俺の力では無理だ。奇跡の上にまた奇跡を起こさないといけない。

 そんなことが起きる確率なんて……1%もあるか分からないのに俺は心の底から願う。

 (お願いだっ……誰か!俺はまだ死にたく無いんだよ!)

「グギャァァォ……!!」
「くっ……」

 目の前の悪魔は腕を上げて俺を殺すためにそれを振り落とそうとする。

 やはり駄目なのか……そう思った時だった。
 
「「「「ヴォォォォ……」」」」
「ゴォォォッ……!?」

 振り落とそうした腕が止まる。その悪魔はゆっくり後ろを向き、背後のある一点を見つめていた。

 俺もつられて同じ方向を見る。

「!?」

 なんと崩れて穴が空いた壁からまた何十体ものゾンビが出現する。どうやら壁の向こうの部屋にまだゾンビが眠っていたらしく、その空いた穴から大量の水が溢れ出てくようにゾンビがこちらの方にやって来る。

 そしてまだ終わらない……ふるい落されたゾンビが立ち上がり再び奴の方へ向かおうとする。

 もはやそのゾンビの数は30を軽々と超える程であり、気が付けば4階からと2階からまだまだ多くのゾンビがこの3階のフロアに集まってきていた。

「多すぎるだろっ……」

 こんなに密集しているゾンビを見たことがない。恐らく全員でかい音とこいつに引き付けられたのだろう。

 そしてそのゾンビ達は悪魔の至る所にしがみついて噛みつき始める。それは首やアキレス腱、指や肘など……余す所なく噛みつく。

 それにより出血がとんでもない量になり血が体中から噴き出し始める。

「ギャッ……ギャアァァァッ……!?」

 悪魔はゾンビにしがみつかれながらも必死な形相で暴れ出す。それによって数人のゾンビが振るい落とされるが、それでは致命傷とはならないため再びしがみつく。

 更にゾンビは別の階から3階に集まり出す。ぞろぞろと増えたゾンビは悪魔の方に引き寄せられる。

 最初は簡単に体に乗っているゾンビを振るい落とすことができていたが、ゾンビの数が増えていくと徐々にそれは難しくなっていた。

 ゾンビの数は恐らく50人を超えているだろう。

 平均的に見て一人当たりの体重を約60kgとすると、60(kg)×50(人)で3000kgだ。

 つまり3トン、小型トラックと同じくらいの重さだ。その小型トラックほどの重力を体中に感じているはずだ。

 その上ゾンビはまだまだ増えている。出血も止むことを知らない。

 よってしばらくして悪魔の動きはピタッと止まってしまった。

「ァァァァァァ……」

 まだ悪魔は抵抗をしようと試みているような声は聞こえるが、特に大きな動きは見られなかった。

 そして完全にゾンビの群衆に覆われてしまい姿が見えなくなってしまっている。

「こんな事があるなんて……」

 1%にも満たない奇跡のような出来事が起きてしまった。あの悪魔を知性も力もないただのゾンビが唯一の強みである数の力で圧し潰してしまった。

 自分にとっては全く危険性の無いゾンビの恐ろしさをたった今垣間見た。

「ヴォォォ……」
「ギャァァァァ……」
「……このままで死ぬのか?」

 出血過多で死ぬ可能性は高い。しかし確実に頭を潰しておくことの方が安全な気がしたため、俺はゾンビの山の頂上まで登ろうとする。

 ゾンビの山は意外にも地盤がしっかりしていて登りやすかった。この下に大量のゾンビがいるからこそのこの安定感なのだと思うと、少しあの悪魔には同情してしまうかもしれない。

 そんなことを思いながら頂上に着き、頭の部分を見つけるべく砂を掘るようにゾンビの山の中を探る。

 何層にも分かれているゾンビを掘り分けて、やっとの思いであの悪魔の顔を見つけ出す。

 その悪魔の顔は最初の嬉々とした顔とは違い、どこか哀しげで苦しそうであった。まだ死にたく無いのだと痛い程に伝わってくる。

 しかし俺が生きていくためにはこいつをここで殺さなければならないため、ポケットにある拳銃を出して顔のおでこの方に向ける。

「ギャァ……ギャアッ……!!」

 銃を向けたことで自分の命が危ないと感じたのか必死に叫び始める。この様を見ると見た目を除けば本当に生まれたての赤ちゃんにしか見えない。

「ギャァッ……ァァァッ……」
「!?」

 大きく口を空けて触手がゆっくりと喉の奥から出てくる。

 先ほども見たため、驚きは最初よりも小さかったが、やはりこの見た目の気持ち悪さは慣れない。

 そしてその触手の形は最初と同じようにみるみる変化していき、ミジンコのような微生物へとなった。

「ヒギャォァッ……!!」
「すまんな……もうお前とは遊んでやれねぇんだ……」
「ヒ……ヒギャァ……」

 俺の言葉が通じたのか、諦めたように大人しくなる。初めて俺はゾンビと心が通じ合えた気がした。たまたまなのだろうけど、それが何故か少しだけ嬉しかった。

 ゾンビは人間と違って嘘をつかない。自分の欲望の赴くままに行動する。だからこそ俺はゾンビは嫌いじゃない。

「じゃあな……」
「ヒギャァ……」

 パァンッ

 一発の銃弾が銃声を奏でながらそのミジンコの触手の脳天を貫いた。


 
しおりを挟む
応援コメントやお気に入り登録の方よろしくお願いします!それが励みとなりますます更新頻度が上がるかもしれません!
感想 6

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

転生前のチュートリアルで異世界最強になりました。 準備し過ぎて第二の人生はイージーモードです!

小川悟
ファンタジー
いじめやパワハラなどの理不尽な人生から、現実逃避するように寝る間を惜しんでゲーム三昧に明け暮れた33歳の男がある日死んでしまう。 しかし異世界転生の候補に選ばれたが、チートはくれないと転生の案内女性に言われる。 チートの代わりに異世界転生の為の研修施設で3ヶ月の研修が受けられるという。 研修施設はスキルの取得が比較的簡単に取得できると言われるが、3ヶ月という短期間で何が出来るのか……。 ボーナススキルで鑑定とアイテムボックスを貰い、適性の設定を始めると時間がないと、研修施設に放り込まれてしまう。 新たな人生を生き残るため、3ヶ月必死に研修施設で訓練に明け暮れる。 しかし3ヶ月を過ぎても、1年が過ぎても、10年過ぎても転生されない。 もしかしてゲームやりすぎで死んだ為の無間地獄かもと不安になりながらも、必死に訓練に励んでいた。 実は案内女性の手違いで、転生手続きがされていないとは思いもしなかった。 結局、研修が15年過ぎた頃、不意に転生の案内が来る。 すでにエンシェントドラゴンを倒すほどのチート野郎になっていた男は、異世界を普通に楽しむことに全力を尽くす。 主人公は優柔不断で出て来るキャラは問題児が多いです。

誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!

ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく  高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。  高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。  しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。  召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。 ※カクヨムでも連載しています

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる

十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。

没落貴族の異世界領地経営!~生産スキルでガンガン成り上がります!

武蔵野純平
ファンタジー
異世界転生した元日本人ノエルは、父の急死によりエトワール伯爵家を継承することになった。 亡くなった父はギャンブルに熱中し莫大な借金をしていた。 さらに借金を国王に咎められ、『王国貴族の恥!』と南方の辺境へ追放されてしまう。 南方は魔物も多く、非常に住みにくい土地だった。 ある日、猫獣人の騎士現れる。ノエルが女神様から与えられた生産スキル『マルチクラフト』が覚醒し、ノエルは次々と異世界にない商品を生産し、領地経営が軌道に乗る。

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

没落した貴族家に拾われたので恩返しで復興させます

六山葵
ファンタジー
生まれて間も無く、山の中に捨てられていた赤子レオン・ハートフィリア。 彼を拾ったのは没落して平民になった貴族達だった。 優しい両親に育てられ、可愛い弟と共にすくすくと成長したレオンは不思議な夢を見るようになる。 それは過去の記憶なのか、あるいは前世の記憶か。 その夢のおかげで魔法を学んだレオンは愛する両親を再び貴族にするために魔法学院で魔法を学ぶことを決意した。 しかし、学院でレオンを待っていたのは酷い平民差別。そしてそこにレオンの夢の謎も交わって、彼の運命は大きく変わっていくことになるのだった。

処理中です...