ゾンビだらけの世界で俺はゾンビのふりをし続ける

気ままに

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2章 病院編

30話 <上>

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「がはっ……ぐぅっ……!?」

 悪魔のようなゾンビから走りながらのタックルを喰らいその衝撃で後ろのエレベーターの方まで突き飛ばされてしまう。

 体の中からは警察署にいた時とは比べ物にならない程の血が溢れ出ており、大量の血を口から床に吐き出す。

 (し、死ぬところ……だった……)

 紙一重で体を半歩ほどズラせたおかげで、致命傷となるタックルをまともに受けずに成功した。仮にタックルをもともに受けていたとしたら、体の中の内臓と骨はぐちゃぐちゃになっていたであろう……。

 しかし、それでも体の損傷は大きく、口の中からの吐血量から察するに内臓のダメージが大きい事は疑いようもない。

 そして幸いな事に意識も途絶えてはいなかった。いや……タックルを喰らった直後は確かに意識が途絶えていた気がする。

 壁に背中が衝突した事で、その衝撃で幸運な事に意識を取り戻せたのだ。

 おかげで、意識化を失った後にあの悪魔にトドメを刺される事は無かったが……

 (くそっ……痛ぇ……痛ぇよっ……!)

 その痛みは計り知れなかった。

 まるで直接内臓を麻酔無しのメスで切り刻まれてるような……そんな形容し難い痛み。

 これでは意識を失っていた方がマシだとも考えてしまう。

 しかしやはり今生きている事が何よりもの幸運だ……それも後数秒だけかもしれないが。

「ゴォォォ……」

 俺にタックルした後、その悪魔はその場に立ち止まり俺が蹲っている姿をただ眺めているだけであった。

 するとその悪魔は片腕だけを動かし俺の方に手をかざし始めた。

 (な、何だ……?)

 その広げていた手の形は、段々と小さくなって握り拳になったかと思えば……人差し指だけを立てて俺に向ける。

 握り拳を作った手で人差し指を立てて俺に指しながら、肩も震わせ始めた。そしてまるで俺を嘲笑うかのように……

「ギャァハハハハッ!!」

 と人間の笑い声かのように大きな声で叫び始めた。

 (……は?何だよそれ……)

 歪な形ではあったが、確かに俺を嘲笑っているのが伝わった。

 ゾンビが笑っている……ゾンビが楽しんでいる……ゾンビが感情表現をしている。

 しかし知性は感じられない。知性のある特殊体とは違う……この悪魔の笑いは獣と同じ本能で嘲笑っているのだ。

「なっ……めやが、って……」

 嘲笑われて不快極まりなく、この衝動をぶつけてやりたいのに体が言うことを聞かない。まともに言葉を喋れもしない……。

「くそっ……くそっ……」

 ……どうしてこうなった?またしても俺のミスなのか?俺に驕りがあったから……?

 俺はゾンビに狙われない無敵の体質じゃ無かったのか?俺はチート持ちじゃ無いのか……。

 頭の中でどうして俺はまた死にかけているのかを必死に探る。一度目は警察署で人間相手に挑発をしてしまったから……。

 しかし相手は人間。人間に対しての無敵な体質では無い故にまだ理解できる。

 しかし目の前の奴はゾンビじゃ無いのか?ゾンビなはずなのに何で俺は攻撃されたんだ?

 (あのゾンビは他のゾンビとは明確に違うというのか……?くそっ……本当に悪魔みたいな奴だ)

 これ以上考えても謎が深まるばかり。ならもう考えるのは無しだ。

「こんのっ……やろ!」

 俺は満身創痍な体を必死に起こして血反吐を吐きながらも立ち上がって見せた。

 目の前の悪魔は依然肩を震わせながら俺を笑い続けていた。

「ギャァハハハハッ!」

 今から考えるべきは奴をどうにかする作戦を考える事だ。逃げる選択を最優先で取るべきだが……俺がエレベーターに入る隙をアイツがくれる筈がない。

 (拳銃はポケットに入っている……しかしどう考えてもダメージが入るとは思えない)

 悪魔の体からは何本もの触手が出てきて体中に巻き付いていた。それは筋肉のように厚く膨張しており鎧の様な役割も担っているように感じた。

 拳銃を使う場面は奴の装甲をまず剥がさないといけ無いのだが……そんな事ができるイメージが湧かない。

 (どうする……どうすれば……)

 そこでとあるサイレンがこのフロアに鳴り響いた。

「危険分子を検知しました。ただいまより地下の警戒レベル5の隔離システムを作動します」
「これは……」

 その無機質な声音を聞き、あの十川とかいう奴が言っていた危険分子センサーの事だと瞬時に理解した。

 あの特殊体が居なくなって隔離システムが解除されていたが、今度はこの悪魔が現れた事によって再び隔離システムが作動したようだ。

 廊下では耳に痛い程のサイレン音と赤い照明がチカチカと激しく光っていた。

「お、奥の天井から壁が……」

 天井から壁がシャッターの様に奥からこちらへと順に降っていく。全ての部屋のドアは既に閉まっており、今度は廊下の隔離システムが働いたらしい。

 その天井から降る大きな壁は何枚も降り注ぎ、床と壁を隙間無く埋めていく。

 目の前の悪魔は俺を嘲笑った動きをしたまま天井から降り注ぐ壁に遮られてしまい姿が全く見えなくなってしまった。

 その壁は俺の目の前まで降りてきて、エレベーターのギリギリ前で止まった。

「た、助かった……のか?」

 壁に触れてみる。触れた壁の素材から察するに、石で造られた壁のようだ。道路のアスファルトよりも上質な素材で壊される心配はなさそうだ。

 俺は病院の安心安全な隔離システムに救われたようだ。

「し、死ぬかと思った……ぐっ……!?」

 助かった安心感で気が緩んだ事で自分の体の損傷を思い出す。

「早く上に行って……見てもらわないと……」

 改めて医者を見つけ出して良かったと思う。

 ついでに警察署でやられた傷も診てもらおうと思った。決して奏の処置が悪かったわけでは無い、専門家に一度見てもらうべきだと思っただけだ。

 (奏……上手くやれてるかな……)

 居なくなったら居なくなったで少し寂しいものだな……。

 そう思いながら俺は損傷部分を手で抑えながらエレベーターを待つ。

「にしても……やけに静かだな……」

 壁を壊せないにしても脱出する試みは、先程見せたタックルをするなりして衝突音を響き渡らせると考えていた。

 なのに不自然なほど静かだ。

 (予想よりも壁が堅いから諦めた?それか防音で音が聞こえないだけか……?)

 まぁ暴れないでいてくれるならそれに越した事はないが……。

 俺は胸に引っ掛かりを覚えていた。

「まぁいいか、とにかく上に向かおう」

 その引っ掛かりは経験則からして明らかに無視してはいけないものであった。しかし満身創痍な頭と体でその引っ掛かりを信じる余裕は無かったのかもしれない。

 本当は分かっていたのだ……こんな簡単に終わる訳がないと……。

 悪夢は悪魔を殺さない限り終わることは無い。


 

 

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