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2章 病院編

26話

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「ここが地下フロアか……」
「ですね……」

 地下フロアは壁が真っ白で一切の汚れが見つからなく、無機質な雰囲気が漂っていた。

「私ここ来るの初めてです」
「滅多に来る場所では無いってことか……」

 地下フロアといえば俺でも知ってるのが人が死んだ時に連れて行かれる場所、霊安室という所だ。

 そこにゾンビが入り込んでいれば、かなりの数のゾンビが霊安室に溢れかえっている事になる。しかし、今の所エレベーターやここのフロアの床や壁にも血の跡などは付いていない。

 ゾンビが地下フロアに訪れてないとなればこのフロアは安全という事だ。

「エレベーターが最初から地下にあったので十川さんも恐らく地下に辿り着いたと見て良いと思います」
「確かに……」

 誰かが地下フロアに行ってなければエレベーターは地下の位置にいない。その十川という奴がエレベーターを使って無事に地下フロアに辿り着けているならエレベーターがそこにあるのも当然だ。

 血がどこにも付いていないのも生きている信憑性が増す。

「ひとまずはここは安全そうだ。一つずつ部屋を探して回るか」
「はい」

 そう言い、俺たちは二手に分かれて左右にある部屋を順番に近い所から確認していく。地下フロアにある部屋はそこまで多くは無く、左右合わせて4部屋と長い通路の一番奥に1部屋がある程度だ。

 俺は一番近くにある何の標識も無い部屋のドアを開けてみる。

「……ってあれ?開かねぇ」
「こっちも開きません!」
「なるほど……カードキータイプか」

 よくよく見てみると、ドアの横にカードのようなものをかざす機械が添えてある。どうやらこのフロアの管理権限のある者が持っているカードで無いとこのドアは開かないようだ。

「しかしここが開かないとその十川とかいう奴に話聞くことができねぇぞ」
「そうですね……十川さんはこの病院に勤めて10年以上は経っているので持っていてもおかしくないですし、いる可能性は十分にあると思います」

 カード式の厳重そうなドアなだけあって、ドアの素材も非常に堅い。蹴ったりしてる無理矢理ドアを壊すという手段も使えなそうだ。

「仕方ないか……ここは後にして他の部屋を見るぞ」
「分かりました」

 俺達はまた二手に分かれて部屋を調べる。

「ここは……」
「すいません!こっちもカード式で……ってそこは霊安室ですか?」
「ああ……ここもカード式だ。だがドアの隙間を見てみろ」
「ドアの隙間……!?」

 俺に言われた通りにドアの中心……隙間部分を見ると微かにドアが開いていた。カード式であるが故に警備は脆くは無い。病院の電気設備は問題無いとここに来るまでに分かっている。

 だとすると何故開いているのか……?

 原因はドアの隙間の下部にあった。

「ひ、人の腕……?」
「まず間違いなくそうだろうな」

 ドアが微かに開いていた原因は人の腕が部屋の内側からはみ出て閉まるのを妨害していたからだ。

 エレベーターや地下フロアには血痕が一滴とも見当たらなかったはずなのに、この霊安室の中からは血生臭い匂いしかやって来ない。

 まだゾンビがいる事が確定した訳ではない。した訳では無いが……人が死んでいる事は確実だ。死んだ人間がゾンビ化する時間には個人差がある。

 だからその死体がいつゾンビになって襲って来るのかが分からない。このまま俺達が中に入らなければ危険は訪れないかもしれないが、中を確認しない限りその十川とかいう奴の生存も確認できない。

「俺一人で入る」
「そ、そんな……」
「お前を置いて行かないという話はここに来るまでの話だ。もうお前に構う必要も無い」
「っ……!」

 俺の少々冷たいであろう発言にこの女はショックを受けたような顔をする。しかし先程のようにまた腕に抱き着こうとしない所を見て、自分のわがままで人に迷惑をかけたと少しは反省しているのかもしれない。

 俺はゾンビに襲われないが自分は当然襲われる。なら俺が一人で中に入るのは至極当然のこと。

「別にお前を見捨てる訳では無い。協力関係ではあるからな」
「協力関係なら最後まで……」
「はぁ……足手まといって言わないと分からないか?」
「!?……で、でも十川さんの顔を知っているのは私だけです!私がいなきゃ生存を確認する事なんて不可能です!」

 渾身の反論を繰り出したつもりなのだろうが、それは全くのノーダメージだ。

「別に絶対確認しなきゃいけない訳じゃ無い。結局このフロアに生きている人間がいなきゃその十川とかいう奴は死んでいるってことだからな」
「!……それはそうですが……」
「じゃ、お留守番よろしく」
「まっ……」

 俺は最後まで言葉を聞かずにドアの隙間から中に侵入する。

「ったく……お前が死んだら俺も困るんだよ」

 俺みたいに襲われない体質ならまだしも、何でただの人間がいるあそこまで果敢に死地に飛びとこもうとするのだろうか。

 (もっと自分の命を大事にしろよ……)

 別に俺は善人では無い。あいつには特別の感情なんてものも持ち合わせていない。

 ただ俺が明日も生きて行くために目の前で死なれると寝覚めが悪いだけ。目の前から消えてくれるなら願ったり叶ったりだ。襲われるなり自殺するなり勝手にしてくれ。

 代わりはいくらでもいる。

 俺は動かない死体を踏まないように気を付けながら暗い中をゆっくりと進む。

「如何にも幽霊が出そうな場所だな……」

 そこは想像通り、薄暗くて無機質な所であった。特にものがある訳でもなく、死体を運び安置するためだけの場所という感じだ。

 人の気配など全くしなかった。

「十川とかいう奴は居なそうだな……」
「……」
「ここに長居すると頭おかしくなりそうだしさっさと出るか」
「……」

 (何だ……?人の気配はしないはずなのに何かが俺の後ろにいる気がする)

「だ、誰かいるのか……?」
「……」
「!?」

 (いる……確かに俺の後ろに誰かがいる!しかもコイツはゾンビじゃ無い……ゾンビはこんなに気配を消して静かにできる知性は無い)

「ゾンビじゃ無いってことは人間か……?」
「……」
「返事は無しか……」

 俺はずっとドア側の背後の"何か"に話しかけていた。向き合って話そうとしないのは少しでも動こうとすると何をされるか分からないからだ。

 しかしこのままでも危険だと本能が警告をしていたため、振り向いてその"何か"を拘束するチャンスを伺っていた。

 なるべく自然に……俺は安全だと肌で感じさせなければ。

「なぁって……少しくらい反応してくれても……」

 俺は言葉の途中で自然に素早く180度体を回転させてその"何か"に向き合って近づこうとする。

 それは人型であったため、身動きが取れないように脇下に腕を忍び込ませて自由を奪おうとする。

「くっ!って……は?」

 俺はすんなりと拘束できた事に困惑をしてしまう。その人型の"何か"はやはり人間であった。

 だがしかしやはり人間でも無かった。人間と呼ぶには体があまりにも冷たすぎるのだ。

「お、お前は一体……?」

 ゾンビと呼ぶにはあまりに静か過ぎる。ゾンビに反応されない体だからと言っても限度があるのだ。どんなゾンビでもこんなに呻き声を出さないで静かにいた奴は居なかった。

 いや……そんな事はない。

 一匹だけいた。呻き声を全く出さずにまるで人間のような動きで淡々と俺の前に現れた女。

 そう、俺をこんな体質にしたセーラー服を纏った黒髪ロングの女子高生の特殊体と似ている。

「はぁっ……はぁっ……まさかお前は?」

 俺は体が震える。探し求めていた特殊体に出会えた事で体が緊張し始める。

 (こ、こいつがいれば……俺の体質の謎を……ってあれ?)

 気付けば視界の上下が逆さまになっていた。

 いつの間にか俺はその特殊体の拘束を解いてしまい、空中に舞っていたのだ。

「……」

 視界の端に捉えたのはその特殊体の顔。そいつは俺を噛んだ女子高生の特殊体ではなく、金髪の男性であった。

「なっ……あ……」

 俺は何回転かした後受身を取れず地面に体を衝突させてしまい、気を失ってしまった。


 







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