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2章 病院編

25話

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「お前これ自殺行為だろう……」
「ご、ごめんなさい……」

 この女は涙を浮かべたまま謝罪をしているが、俺の腕に依然しがみついたまま。

 置いていかれたく無いからと言って俺の腕にしがみつくのは全く持って理解ができない。

 俺が狙われないからと言って俺にしがみついたら狙われないという訳ではないのだ。

 それに片腕にしがみつかれるということは、俺の片腕は使用不可能となる。必然的にそれ以外の三肢で俺は襲ってくるゾンビからこの女を守ってやらなければならない。

 (奏の時はゾンビが一箇所に集中していたから逃げ出せたのだ。それもギリギリであり、あと一歩遅ければ奏は噛まれていた。あの都合のいい状況でさえも奇跡的だったのだ……)

 今回はどうか?このドアの向こうにはゾンビが四方八方に群がっている。

 ここからエレベーターまで行くには一体何匹のゾンビを対処しなければならない?

 エレベーターの待ち時間もある。それも込みするとエレベーターを背にして囲まれて逃げ場がなくなるリスクもある。

 勿論俺だけならそんな事にはならない。問題はこの女……。

 (俺が目の前で人が死んでも何とも思わない非情な人間だったらこんなに困ってないんだろうな……)

 友達でも恋人でも無い人間をわざわざ守ろうとするなんて……本当に馬鹿らしい。俺じゃなくて他のやつがゾンビに襲われない体質だったとしたらもっと有効的に活用できるんだような。

 まぁ今はそんな事を考えても仕方ない。この状況をどうやって潜り抜けるかに思考を凝らすべき。

 そこで俺はたとえ自分の正体がバレるリスクを抱えたとしても、警察署の時みたいにゾンビを掃ける作戦をとるしか方法は無いと考える。

「置いてかないから離してくんねーか?」

 俺にしがみついている女にそう提案をする。

「嘘。絶対置いて行くもん!」

 しかし俺らはまだ会って間もない。当然俺の性格や体質を知らないため疑われても仕方ない。

「置いて行かない。信じてくれ」

 俺は真剣な顔を取り繕って真っ直ぐ女の目を見る。感情で訴えることで信用してもらえるか試してみる。

「やだやだっ!私何も信じられないっ!」

 (こ、コイツっ……!)

 完全に考える事を放棄している。一人になりたくない一心で駄々をこねているのだ。

「置いて行かないで……置いて行かないで……」

 腕にしがみつく力が更に強くなる。

 (あ、腕の感覚が……血止まってるだろこれ)

 どうやら俺にも時間がないようだ。こんな事で俺の腕を犠牲にするわけには行かない。

 そう思い俺は考えをシフトする。強行突破だ。エレベーターまでの距離はそこまで遠くない。

 俺はゾンビ映画で身につけた知識をここで頭をフル回転させて思い出す。この状況と似ているシーンを記憶の中から引っ張り出す。

 ゾンビに囲まれている状況で抜け出すにはゾンビをエレベーターと逆方向に寄せる必要がある。

 ゾンビは目が見えない。しかし鼻と耳の感覚が異常に鋭い。それを逆に利用する。

「なぁ、何か音が響きやすそうな物はこの部屋に無いか?」
「え……急に何ですか?」
「いいから。無いかって聞いてんだよ」
「え、えと……薬が入っている小瓶なら……」

 小瓶か……一発の音の大きさは低いが何個もあればだいぶ引きつけられるだろう。

「じゃあそれを五個ほど使いたい。場所を教えてくれ」
「は、はぁ……いいですけど」

 俺がこれから何をしようとしているのかが分からずに、ただ俺の指示に従ってその小瓶の方へ俺を連れて行こうとする。

 腕を組みながら目の前の女の後をついて行くこの光景を見て俺は……

 (彼女と腕を組みながらお出かけデートをする……そんなのを昔は夢見ていたがまさか今こんな状況で叶えられるとはな……)

 まぁデートと呼ぶにはあまりに物騒すぎる状況ではあるが。

「これです……」
「おう」

 俺は片腕しか使えないため、薬が入った小瓶一つをまず受け取ることにした。残りはこの女に持ってもらう事にして、俺は向こう側にゾンビがいるドアを開けようとする。

「な、何を……?」
「こうやって使うんだよ」

 未だピンときて無さそうであった。

 俺は少し開けたドアの隙間からエレベーターとは反対側でなるべく遠くに小瓶を投げた。その小瓶は空中で数回転して離れた所で地面に落ちて高い音を鳴らして割れる。

「ヴォォォ……」
「ぞ、ゾンビが割れた小瓶に引き寄せられてる?」
「音に敏感だからな奴等は」
「凄い……」

 ゾンビ映画の知識はしっかりと俺の人生で要所要所で役に立っているな。改めてゾンビ映画を何本も観ていて良かったと思う。

 そう考えるとゾンビ映画というのは、フィクションであっても中々に完成度が高い。現に映画内の出来事と現実の出来事で似ていることは多い。

 俺はゾンビという架空のモノを創り出してくれた誰かも分からない人間に心の中で感謝する。

「ヴォォォ……」
「五匹くらいは引き付けられたか?」
「エレベーター側に後どれだけいるかですね……」
「そうだな」

 俺がここまで来る時は十匹以上は恐らくいたため、まだ安心できるほどの数ではない。まだ何個も投げる必要があるな。

「全部投げる寄越せ」
「はい」

 俺は一つずつ小瓶を受け取り、今度は放るのではなく強い音を響かせるように地面に残りの全てを投げ付ける。

「ヴォォォ……!」

 (三匹か……これが限界っぽいな)

 もうこれ以上鳴らしても聞こえないくらいの距離にゾンビがいると判断する。

「走るぞ、一発勝負だ」
「は、はい……」

 俺達はドアを開けて全力で走り出す。

「お、重いっ!」
「そ、そんな事言わないでくださいっ!」

 重いと言われた事で女は顔を赤らめる。

 バランスを崩さずにギリギリで走れているが、今この態勢はまるで二人三脚だ。人が一人で走るよりも当然遅くなる。

「あっ!ゾンビが!」
「まだ気付かれてはいないが……通り過ぎれば勘付かれるだろうな」
「ど、どうしますか?」
「お前先行け、狙われない俺がゾンビ共を抑える。あの数なら俺一人でもいける」

 ここまで来たらこの二人三脚の状態で逃げ切るのは難しい。そう考えて俺はこの女を引き離す事を考える。

 置いていかれたく無いから俺にしがみついていた女だが、さすがにこの不利な状態で生き延びられるとは考えていないのかここで俺を信じて離れる事を決心する。

「絶対置いてかないで下さいね!」
「分かってるよ」

 そして俺を置いてエレベーターの方に走ってボタンを押しに行く。

「ヴォォォ……!」
「ここは通行止め」
「ヴォッ!」

 襲い掛かってくるゾンビ共を両腕を広げて抑える。

「開きました!早く来てください!」
「おう!……よっこらせい!」

 俺は前から追加で襲ってくるゾンビ共に、腕で抑えていたゾンビを強く押してまたドミノ倒しのように倒して行く。

 そして俺はゾンビが立ち上がる前にエレベーターの方へ走って無事に中へ入ることができた。

「ふぅ……取り敢えずは助かったな」
「……あ、ありがとうございます。まさかこんな簡単にエレベーターに乗れるなんて……」
「目一杯感謝しろよ。こんな事をしてやるのは最後だからな」
「はい……本当にありがとうございます」

 またしても涙を流し始める。しかしこの涙は今までと違い、喜びから来る涙だということは俺でも分かった。

 俺はどうやらまた一人の女を心から救い出せたらしい。

 


 
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