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プレゼントの選び方
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しおりを挟む結局二十五日の夜は、仕事終わりに佐藤君と外で食事をする約束をした。
上司の四谷さんは、勉強するのにクリスマスは関係ない、などというストイックなタイプではない。
──クリスマスの夜に勉強したいやつなんているか? 一日勉強を休んだだけで本番失敗するような進捗状況なら、どの道アウトだろ。
そう言って二十五日の後半の二コマをなくしてしまっため、七時には上がれることになった。
佐藤君にそのことを伝えると、じゃあ七時過ぎに待ち合わせましょう、となったのだった。
佐藤君とクリスマスの約束をしたことで、僕は過去の記憶を反芻し、クリスマスプレゼントというものの存在を思い出した。今となっては遠い昔のことだが、こどもの頃は、プレゼントを楽しみに十二月を生きていたような気さえする。
考えてみれば、佐藤君にはいろいろしてもらうばかりで普段ろくにお礼もできていない。日頃の感謝を伝えるいい機会かもしれない。
休日、ひとりでデパートへと足を運んだのは、要するにそういう経緯があってのことだった。
「何がいいかな……」
ひとまず雑貨や服飾のフロアをうろうろしながら、候補を考える。
佐藤君が欲しいもの。
喜んでくれるもの。
考えてみれば、まだ知り合って約二か月。僕はそれほど彼のことを知っているわけではない。趣味が料理だということは知っているが、まさかクリスマスプレゼントで鍋を贈るわけにも行かないだろう。
時計、はどうだろうか。
何気なく足を止めた店の中、ガラスケースの奥を覗き込む横顔に見覚えがあった。横顔もだが、あのコートは確か。
すみません、と僕は彼に声をかけた。
「わか……雪下さん、ですか?」
彼は軽く目を瞠り、一呼吸置いてやわらかく微笑んだ。
「若葉、で構いませんよ。……村上さんでしたよね。お久し振りです」
彼が着ているコートは、四谷さんからのプレゼントだ。その買い物に付き合った日、僕は彼に一度だけ会っている。
「以前お会いしたときは、ご迷惑をおかけしてしまって……。本当に申し訳ありませんでした」
深々と頭を下げられ、僕は改めて彼に好感を持つ。おそらく彼は、街中で痴話喧嘩などしたことがなかったのだろう。理性が振り切れてしまうほどに、四谷さんのことを想っている。
「お気になさらないでください。今日は、おひとりですか?」
「ええ。買い物に」
買い物。もしかして。
「四谷さんへのクリスマスプレゼント、とか……?」
「まあ、そんなところです」
照れたように目線を外す彼が、年上だけれど、とてもかわいらしく見えた。
「いいですね。四谷さん、喜びます」
「どうかな。何を贈るのがいいか、全く思いつかないし……」
若葉さんは、そっと睫毛を伏せる。
「付き合い自体は長いのに、相手のことを解ろうとしてこなかったから」
身体から始めた関係だと、以前四谷さんは言っていた。これはその弊害なのだろうか。だったら、僕だって似たようなものだ。
「あ……、何言ってるんだろう。すみません。忘れてください」
「きっと、大丈夫ですよ」
僕は右手にあるインテリアショップを指差して言った。
「たとえば、僕そこのお店が好きでよく行くんですが。品揃えを全て把握しているわけではありません。それでも、僕はあの店が好きです」
だから。
「相手の全てを知らなくてはいけない、ということはないと思います」
それはもしかしたら、自分自身に対する言葉だったかもしれない。だとすると単なる自己肯定に過ぎないような気もしたが、そうですね、と若葉さんは笑って受け止めてくれた。
「難しく考えすぎていたようです。ありがとうございます。……あの、今少しお時間ありますか?」
「え?」
「もしよかったら、お昼、一緒にいかがですか。できることなら、プレゼントの相談に乗っていただけると助かるのですが」
ためらいがちに告げる彼に、僕はときめく。もちろん恋愛ではない。綺麗な猫が、自分に対する警戒心を解いてくれたときのような、きゅんとする感じだ。
「お力になれるか分かりませんけど。僕でよければ」
「ありがとうございます」
蕾がふんわりと開くような、優しい微笑み。四谷さんが彼に執着する気持ちが、分かったような気がした。
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