Are you my……?

広瀬 晶

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 後日、佐藤君が生物学的に兄の息子であるということが判明した。兄から連絡を受けて知らされたのだが、僕の驚きはそれとは別のところにあった。
「え。今、何て……」
『だから、上手く行ったんだろう? あの子と』
 取り乱す僕とは対照的に、兄の声は普段と変わりなかった。
「あの子、って」
『佐藤大地』
 二度、三度と口を開閉するが、言葉にならない。
『聞いてるか?』
「う、うん……。あの、でもいいのかな。その、自分の息子と」
 本当は、自分から話して交際の許可を得るつもりだった。自分の弟が、実の息子と付き合うということに対して、兄がどう思うかは想像がつかなくて。場合によっては、家族の縁を切られるかもしれないと覚悟していた。
『おめでとう』
 電話越しに平然と、兄は言った。そんなふうに言ってもらえるとは、思ってもみなかった。
『最初は、驚いたけど』
 軽く笑ってから、兄は続けた。
『……彼の父親としてというよりは、君の兄として、複雑な気分だった。ただ、何となく分かるような気がした』
「分かる?」
『あの子は尽くしたがりだけど、尽くされて当然みたいな相手は嫌いのようだからな』
「え?」
『だから、瑞希なんだろうなと』
「えっと、ごめん。どういう意味……?」
 分からなくていい、と兄は言った。
『分からない方が、上手く行く』
「うん……?」
『だから、おめでとう』
 その声に仄かな温かみを感じて、ありがとうと僕は応えた。
 とても自然で普通に感じたが、きっと時間をかけて考えて、普通に接してくれたのだろう。僕と佐藤君の気持ちを第一に考えてくれた、そのことが何より嬉しかった。

「……終わったんですか?」
「うん。携帯、ありがとう」
 はい、と佐藤君に携帯を返却する。最初に彼が兄と話して、その後に替わってもらって僕が話した。その間彼は席を外していたから、先程までの会話は聞かれていないはずだ。話の矛先も定まらないまま、僕は彼に切り出した。
「佐藤君」
「はい」
「兄が、君と僕とのこと、知ってて……」
「ああ。すみません。内緒にしておくべきでしたか?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど。……びっくり、した」
 すみません、と佐藤君は繰り返した。
「雅紀さんのところに泊まった夜に、突然来た理由を訊かれて。そのときに、話しました」
「そうだったんだ……」
 佐藤君とのことを兄にどう話すべきか頭を悩ませていた分、何だか気が抜けてしまう。
「泊まった夜は、片想いだってことだけ話したんですけど。そしたら、まずは瑞希とちゃんと話した方がいい、って言われて。あなたと付き合えることになった後、改めて報告しました」
「……うん」
「認めて、くれて。……嬉しかった」
 はにかむように、佐藤君は笑った。彼も、兄に話すのは勇気がいっただろう。拒絶されることを、一度は恐れただろう。許されたことを喜ぶ、その無邪気な笑顔につられて僕も笑った。
「あの、瑞希さん」
 想いが通じた夜から、彼は僕のことを名前で呼ぶようになっていた。
「何?」
「外で、そんなかわいく笑うのは控えてくださいね」
「……はい?」
 かわいく、って。
「佐藤君、僕もう三十になるって知ってる?」
「何歳でも、関係ないです」
 彼は誤解していると思う。彼が懸念するようなことは、何もないというのに。
「そういえば、村上さん誕生日いつですか?」
 僕は今日の日付を思い出し、そして答える。
「明日だね」
「え!?」
 彼の驚く様子に、僕まで驚いてしまう。
「びっくりした……。どうしたの」
「聞いてません」
「うん、今教えたから」
 知らなくて当然だろうと思い、彼の顔を見つめていると。
「知ってたら、前もって準備したのに……」
「準備」
「好きなひとの誕生日は、ちゃんと祝いたいです」
「あ、うん」
 上手く言えない種類の恥ずかしさと嬉しさが込み上げてきて、僕は言葉に詰まってしまった。
「明日……俺と過ごしてくれますか?」
 彼が下から覗き込むようにして僕を見る。このひとの全てが僕を翻弄する、その事実が、とてもずるい。
 頷くとゆっくりと口づけられ、微かに開いていた唇の奥へと舌を差し込まれる。触れ合った場所から溶け合うような熱いキスにはまだ慣れなくて、目の端に涙が浮かぶ。唇を離した彼は涙目の僕を見て、満足そうに笑う。
 兄の子だと判明し、さらに僕と付き合い出したことで、特に家を出る必要がなくなった彼は、引き続きここで暮らすことになっていた。明日も、明後日も。彼がそれを望んでくれる限り、ずっと。
「明日、何がしたいですか」
 佐藤君が問う。好きなひととの明日。その響きに、きらきらとした幸福を感じる。
「……佐藤君の作ったごはんが食べたい」
 素直な気持ちを伝えると、そんなことでいいんですかと彼は目を細めた。
「そんなの、いつでも作ってあげるのに」
「うん。でも、好きだから」
「何が?」
「え? ごはん……」
「それだけ?」
 佐藤君が、僕に促す。僕は首を傾げ、それからたちまち顔を紅潮させた。
「村上さん。それだけ?」
 見惚れるような素敵な表情で、彼が催促する。
「……答えなんて、訊く必要はないでしょう」
 眉をしかめて彼を睨み上げると、なぜか嬉しそうに彼は笑った。
「あなたが俺のことを考えてるときの顔が、好きなんです」
「趣味が悪いと思う」
「俺は、そうは思いません」
 益々眉間の皺を深くした僕に、彼はそっと触れるだけのキスをした。


──俺の、父さんなんでしょう?
──…………はい?
 始まりは、誤解から。こうしてキスを交わす関係になるだなんて、想像もつかなかった。家族でも、友人でもなく。誰よりも側にいてほしくて、自分だけのものにしたくて。狂おしいほどの熱を孕んだ感情を、初めて知った。
「佐藤君」
「はい」
 僕は彼の方へと身を寄せて、顔を近づけ、瞳を閉じる。
「村上さ……っ?」
 自分からした、稚拙なキス。君も少しは困ればいい。僕なんて、初めて会った瞬間から君にどうしようもなく振り回され続けているのだから。
 それだけじゃないよ、と僕は彼に微笑みかける。先程の問いへの、素直な答えだ。
 料理が好きとか、笑顔が好きとか。もちろんそれだけではないが、すべて言葉で言い表すことはできない。何もかも言葉で事足りるなら、誰もキスなんかしたりしない。彼と僕との関係も、本当のところは言葉にならない。
 彼が、僕の何なのか。答えが出るまで側にいて、笑い合って、抱き合って、気持ちを分かち合っていられたら。それは、とても素敵なことなのではないかと思う。
 明日の予定を話し合いながら、まるで彼と二人、大きな繭に包まれているような温かさの中で、夜は緩やかに更けていった。
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