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十一月の空気が、部屋の中まで染み渡っているのを感じて、僕はすぐにエアコンの電源を入れた。ソファーに腰を下ろし、彼にも座るよう促してはみたものの、次の言葉がなかなか出てこない。何か言わなくてはと焦っていると、静かに彼が口を開いた。
「今日……一度は、雅紀さんのところに行ったんですけど。いいから戻れって、追い出されてしまいました」
先程鉢合わせたの場所からすぐのところに、地下鉄の駅がある。兄のところから地下鉄で帰ってきたところだったのだろう。
「もう、ここには来たくなかった?」
どう話すのがいいか、言葉を選んでいたはずだったのに、口を突いて出たのは率直な疑問だった。考えすぎて針が振り切れてしまったのかもしれない。妙に、落ち着き払っている自分がいた。
僕の質問に、彼は身を乗り出して答えた。
「違……っ、そうじゃなくて」
勢いの割に語尾は弱く、彼の戸惑いが空気の震えを通して伝わってくるかのようだった。
「俺じゃなくて、あなたが。嫌なんじゃないかと」
「僕……?」
「嫌われて、当然のことをしたから」
もし彼が言わんとしているのが、他に好きなひとがいるのにも拘わらず僕を抱いたことだとするなら、僕も同罪だ。彼に好きなひとがいることを知っていて、彼に身を委ねた。身体だけでも、一瞬だけでも、手に入れたいと願ってしまった。
「嫌われて当然だなんて。僕は、そんなふうには思っていません」
ずるい自分をさらけ出すのが怖くて、なかなか足を踏み出すことができずにいたが、今言葉にしなかったらもう言う機会は永遠に訪れない気がした。膝の上で、きゅっと拳を作る。
「僕は……嬉しかったから」
本当のことを口にするのが、こんなにも苦しいことだとは思わなかった。彼の側にいると居心地がよくて、でもそれだけでは満足できなくて。誰かを欲するということを、初めて知った。
「僕は、君のことが好きだから」
生まれて初めての告白に、情けないくらい声が震えた。
「え……?」
突然の告白に固まる彼を見て、罪悪感が込み上げてくる。想う相手がいるのに告白されても、迷惑なだけだということは分かっている。
「好きになって、ごめん」
涙で霞み始めた視界がシャツの白に遮られ、抱き締められたのだと気付いたのは、彼の体温を全身に感じた後のことだった。
「俺もです」
「え?」
「俺も、あなたと同じです」
何を指してのことなのか分からず、僕は彼の肩先に問いかけた。
「同じ……?」
「好きじゃなかったら、あんなふうに抱いたりしません」
熱を帯びた声が、耳から侵食してくる。
「あなたが他の誰を好きでも、身体からでも、俺に堕ちればいいと思ってました」
熱に侵されて、おかしくなる。彼の声に、狂わされる。
「えっと……それって」
密着していた身体を離して、佐藤君が笑った。
「分かりませんか」
彼の顔が、まるでキスをするかのような距離まで近づいてきて、心臓が止まりそうになる。すっと、耳元へと逸れた唇が吐息を交えてささやく。
「……村上さんのことが好きです」
伝わりましたかと彼が問うので、僕は頷きでそれに答えた。
「今日……一度は、雅紀さんのところに行ったんですけど。いいから戻れって、追い出されてしまいました」
先程鉢合わせたの場所からすぐのところに、地下鉄の駅がある。兄のところから地下鉄で帰ってきたところだったのだろう。
「もう、ここには来たくなかった?」
どう話すのがいいか、言葉を選んでいたはずだったのに、口を突いて出たのは率直な疑問だった。考えすぎて針が振り切れてしまったのかもしれない。妙に、落ち着き払っている自分がいた。
僕の質問に、彼は身を乗り出して答えた。
「違……っ、そうじゃなくて」
勢いの割に語尾は弱く、彼の戸惑いが空気の震えを通して伝わってくるかのようだった。
「俺じゃなくて、あなたが。嫌なんじゃないかと」
「僕……?」
「嫌われて、当然のことをしたから」
もし彼が言わんとしているのが、他に好きなひとがいるのにも拘わらず僕を抱いたことだとするなら、僕も同罪だ。彼に好きなひとがいることを知っていて、彼に身を委ねた。身体だけでも、一瞬だけでも、手に入れたいと願ってしまった。
「嫌われて当然だなんて。僕は、そんなふうには思っていません」
ずるい自分をさらけ出すのが怖くて、なかなか足を踏み出すことができずにいたが、今言葉にしなかったらもう言う機会は永遠に訪れない気がした。膝の上で、きゅっと拳を作る。
「僕は……嬉しかったから」
本当のことを口にするのが、こんなにも苦しいことだとは思わなかった。彼の側にいると居心地がよくて、でもそれだけでは満足できなくて。誰かを欲するということを、初めて知った。
「僕は、君のことが好きだから」
生まれて初めての告白に、情けないくらい声が震えた。
「え……?」
突然の告白に固まる彼を見て、罪悪感が込み上げてくる。想う相手がいるのに告白されても、迷惑なだけだということは分かっている。
「好きになって、ごめん」
涙で霞み始めた視界がシャツの白に遮られ、抱き締められたのだと気付いたのは、彼の体温を全身に感じた後のことだった。
「俺もです」
「え?」
「俺も、あなたと同じです」
何を指してのことなのか分からず、僕は彼の肩先に問いかけた。
「同じ……?」
「好きじゃなかったら、あんなふうに抱いたりしません」
熱を帯びた声が、耳から侵食してくる。
「あなたが他の誰を好きでも、身体からでも、俺に堕ちればいいと思ってました」
熱に侵されて、おかしくなる。彼の声に、狂わされる。
「えっと……それって」
密着していた身体を離して、佐藤君が笑った。
「分かりませんか」
彼の顔が、まるでキスをするかのような距離まで近づいてきて、心臓が止まりそうになる。すっと、耳元へと逸れた唇が吐息を交えてささやく。
「……村上さんのことが好きです」
伝わりましたかと彼が問うので、僕は頷きでそれに答えた。
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