Are you my……?

広瀬 晶

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 目を覚ますと僕はベッドの中にいて、彼の姿はなかった。身を起こそうとすると、身体の違和感に気付く。下半身に力が入らず、ふらふらとした足取りで寝室を後にした。
 時刻は既に十時を回っている。僕より先に彼が家を出るのは、特におかしいことではなかったが、何となく、いつもとは違うような気がした。
 彼はきっと、後悔しているだろう。僕としたことを。だからもしかしたら、もうここには帰ってはこないかもしれない。そう、思った。


「お疲れさまです。お先に失礼します」
「お疲れさま」
 四谷さんに挨拶して、塾を後にする。本当は、彼に昨夜の話を聞いてもらいたかった。聞いて、何でもいいから意見をもらいたかった。
 しかし、想いを伝える前に身体の関係を持ってさしまったことを彼は後悔している。結果的に上手く行ってはいるが、そうすべきではなかったと彼が悔いていることを、僕は知っている。
 彼が苦労してたどり着いた場所に、近道をして行ってはいけないと思う。僕も彼と同じく、自分で考えて、悩んで、たどり着かなければならない。
 佐藤君への気持ちを、誰にでも伝わるように理路整然と説明することは、僕にはできない。
 好きなところなら言える。笑ったときの目の形とか。自分より低くて重たい声とか。おそろしく世話焼きで、おいしい料理がつくれるところとか。ただ、それだけではない気がする。
 もしあの顔立ちでなかったら、料理ができなかったら、彼のことを好きではなくなるのかというと。そうではないと思う。自分自身に対してさえ説明できない気持ちを、どうやって相手に伝えたらいいのだろうか。

 案の定、佐藤君はその夜うちには帰ってこなかった。どこで眠っているのだろうと心配にはなったが、詮索する権利はない。
 ベッドに入ってもなかなか寝つけず、僕はぼうっと見慣れた自室の天井を見つめていた。彼が最初に誤解したように、もし彼が本当に僕の息子だったなら。家族としてずっと一緒にいられたかもしれない。そのことが今となっては残念でならない。
 これが恋なら、もう二回目はなくていい。そんな幼い願いを抱きながら、明け方近くにようやく眠りに就いた。

 翌朝、テレビで天気予報の確認をしつつゼリー飲料を飲んでいると、兄から電話がかかってきた。
「もしもし」
 瑞希、と兄が言う。
『あまり時間がないから、用件だけ伝えとく。用件というより、報告だな』
「うん……?」
 移動中なのだろうか。声の他に雑音が混じっている。
『昨夜は、うちに泊めたから』
 誰を、というのは、聞かなくても分かった。
「そう、でしたか」
『何があったかは知らないが……ちゃんと話をした方がいいとだけ、あれには伝えてある。おそらく今夜は、そちらに戻ると思うが』
「すみません……」
『息子のしたことだ。謝るのは俺の方じゃないか?』
 違う、とは言えなかった。言う勇気が、出なかった。
 時間がないと言っていた通り、通話はすぐに打ち切られた。携帯の待受にしているペンギンの画像を見ながら、またゼリー飲料に口を付ける。兄のところに泊まったと聞いて、安堵している自分がいた。元彼、あるいは今好きなひとのところにいたわけじゃない。
 天気予報では曇りのち雨。今週はずっと曖昧な曇り空が続いている。今日もバスで行って、帰りは歩きか。飲み終えた後の容器をゴミ箱に捨て、僕は身支度を整え始めた。

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