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「……あんたには、分かんないよ」
「ええ、分かりませんし、分かりたくもないです。人を傷つけたなら、復縁の前に、まずは謝罪すべきではないでしょうか」
佐藤君は、訳もなく相手を拒絶したりはしないと思う。それだけ好きだったということだろう。もしかしたらまだ好きなのかもしれない。そう思うと、胸が締めつけられる思いがした。
「本当に好きなら、ちゃんと謝らないと、先に進めないと思います。佐藤君も、あなたも」
「何言って……」
もし佐藤君が彼のことを好きでいるのなら、仲直りしてほしい。もちろんそうなってほしくない気持ちもあるが、それより、佐藤君が笑って日々過ごせることを願う気持ちの方が自分の中でほんの少し強い。
「他人の僕ではなく、本人に言わなければ伝わらないことが、きっとあると思うから」
真剣に、佐藤君と目の前の彼のことを思って口にした言葉は。
「何か……ウザい」
むすっとした声に切り捨てられた。
怒っているというよりは、まるで拗ねているかのようだ。悪いひとではないのかもしれない。困ったように地面を見つめる瞳は、自分の感情をもて余し、苦しんでいるように見えた。
「そう、かもしれないけど。佐藤君……自分の身内には、幸せになってほしいですし。君も、今のままじゃつらそうだから」
言葉通りで、特に他意はなかったのだが。
「あんた、おせっかいって言われない?」
「え……?」
そんなふうに言われた記憶はない。いいえ、と僕は首を横に振った。
「つか、俺はあんたの身内じゃないから関係ないし」
「あ……うん。それはまあ、そうなんですけど」
最初は確かに、彼に嫉妬や苛立ちを覚えていたはずだ。しかし佐藤君が今も彼のことを好きかもしれないと思ったら。この子の少し、寂しげな瞳の色に気づいてしまったら。暗い感情は、自然と薄れていってしまった。
「それにほら、袖振り合うも多生の縁って言うし……」
他人だからといって、心配してはいけないわけではない。そうでなければ、今の佐藤君との生活は有り得なかった。
ごく普通のことを言ったつもりだったが、目の前の青年は声を殺して笑い始めた。
「あの、どうかしました?」
「……そんな言葉、日常で使うやついるんだなと思って」
今度は、僕の方がむっとしてしまう。いいじゃないか、使ったって。
「あんた、ほんと変わってる」
「それはどうも」
この子も僕からしたら相当変わっているように見えるので、あくまで視点の違いだろう。
「とにかく、佐藤君への用件は彼に直接お願いします」
「はいはい。あんた……名前は?」
「え? 村上、です」
「下の名前は?」
「瑞希、ですけど」
「ふうん……」
値踏みするように僕を見て、彼は言った。
「バイバイ、瑞希ちゃん」
まるで塾の生徒のような言い方をして、彼は踵を返し、駅方向へと去っていってしまった。最初から最後まで、訳の分からないひとだった。
「早く帰ろう」
何だかどっと疲れた気がする。小さな災難のことより今夜の夕飯に思いを馳せて、僕は彼が歩いていったのとは逆の方へと足を進めていった。
「ええ、分かりませんし、分かりたくもないです。人を傷つけたなら、復縁の前に、まずは謝罪すべきではないでしょうか」
佐藤君は、訳もなく相手を拒絶したりはしないと思う。それだけ好きだったということだろう。もしかしたらまだ好きなのかもしれない。そう思うと、胸が締めつけられる思いがした。
「本当に好きなら、ちゃんと謝らないと、先に進めないと思います。佐藤君も、あなたも」
「何言って……」
もし佐藤君が彼のことを好きでいるのなら、仲直りしてほしい。もちろんそうなってほしくない気持ちもあるが、それより、佐藤君が笑って日々過ごせることを願う気持ちの方が自分の中でほんの少し強い。
「他人の僕ではなく、本人に言わなければ伝わらないことが、きっとあると思うから」
真剣に、佐藤君と目の前の彼のことを思って口にした言葉は。
「何か……ウザい」
むすっとした声に切り捨てられた。
怒っているというよりは、まるで拗ねているかのようだ。悪いひとではないのかもしれない。困ったように地面を見つめる瞳は、自分の感情をもて余し、苦しんでいるように見えた。
「そう、かもしれないけど。佐藤君……自分の身内には、幸せになってほしいですし。君も、今のままじゃつらそうだから」
言葉通りで、特に他意はなかったのだが。
「あんた、おせっかいって言われない?」
「え……?」
そんなふうに言われた記憶はない。いいえ、と僕は首を横に振った。
「つか、俺はあんたの身内じゃないから関係ないし」
「あ……うん。それはまあ、そうなんですけど」
最初は確かに、彼に嫉妬や苛立ちを覚えていたはずだ。しかし佐藤君が今も彼のことを好きかもしれないと思ったら。この子の少し、寂しげな瞳の色に気づいてしまったら。暗い感情は、自然と薄れていってしまった。
「それにほら、袖振り合うも多生の縁って言うし……」
他人だからといって、心配してはいけないわけではない。そうでなければ、今の佐藤君との生活は有り得なかった。
ごく普通のことを言ったつもりだったが、目の前の青年は声を殺して笑い始めた。
「あの、どうかしました?」
「……そんな言葉、日常で使うやついるんだなと思って」
今度は、僕の方がむっとしてしまう。いいじゃないか、使ったって。
「あんた、ほんと変わってる」
「それはどうも」
この子も僕からしたら相当変わっているように見えるので、あくまで視点の違いだろう。
「とにかく、佐藤君への用件は彼に直接お願いします」
「はいはい。あんた……名前は?」
「え? 村上、です」
「下の名前は?」
「瑞希、ですけど」
「ふうん……」
値踏みするように僕を見て、彼は言った。
「バイバイ、瑞希ちゃん」
まるで塾の生徒のような言い方をして、彼は踵を返し、駅方向へと去っていってしまった。最初から最後まで、訳の分からないひとだった。
「早く帰ろう」
何だかどっと疲れた気がする。小さな災難のことより今夜の夕飯に思いを馳せて、僕は彼が歩いていったのとは逆の方へと足を進めていった。
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