189 / 191
第五章
蠍ノ心臓(アンタレス)・33
しおりを挟む
「要領を得たようなそうでもねぇような話だったな」
慈玄が脱力する。が、慈斎はその様子を目にしてふふんと鼻を鳴らした。
「下界ボケした慈玄はそうかもしれないけど、俺にはおおよその枠は推察できたよ?」
「んだとコラ!大体、夢露って男も妖の気は持ってねぇんだぞ?あいつも未熟ながら鬼だってぇのか」
慈玄以上に話に置いていかれた形の和宏は、ただ深刻そうに二人の顔を見比べる。気付いた慈斎が細い肩に手をかけた。
「そうは言わないよ。じゃなきゃ、さっき言ってたカモフラージュにはならないからね。おそらく、俺等が知ってるものとは違う複雑な構成があるんだ」
触れられてぴくりと身体を小さく震わせた和宏だが、何か閃いたようでぱっと顔を上げる。
「もしかして、こないだ慈斎がこっちに来てたことを慈玄が気付けなかったのと同じ?力が万全じゃないから、紫亜たちは見付けづらいの?」
「さっすが。和は賢いねぇ」
に、と口端を上げた表情を慈斎は和宏に向けた。
「慈玄だって、今の今までまったく何も感じなかったわけじゃないんじゃない?今は梅雨時で、雨によっても気配は遮断されやすい。だとしても、なんらかのサインはあったと思うけど?」
宮城邸の前で、一瞬だけ感じ取った違和感を慈玄は不意に思い出す。まさにあれが、鬼達のものだったというのか。
「ここからは俺の推測でしかないけど。今の今まで彼等にこういった動きがなかったのは、現状のままで満足していたか、あるいは血なんて求めなくても事足りていた、と考えられる。俺等みたいなのが傍にいなくても和に直接手を出されなかったのはそういうことじゃないかな。けど、何を思ったか彼等は突然、力を取り返したいと思い始めた。それは」
「例の『怨霊の欠片』か」
慈玄にもやっと得心がいったが、和宏はしゅんと項垂れた。
「俺が、中途半端に浄化しかけたのが……」
「和のせいじゃないよ。あの時は、あれより他に為す術が無かった。とはいえ、怨霊が彼等に干渉したか、残骸として漂っていた闇を彼等が喰らったか、なんらかの影響を受けて行動を開始した。それはほぼ間違いないだろうね」
己の責任では無い、そう言われても一層落ち込む和宏。
「でも、誰かが危ない目に遭うんじゃ」
「誰か、じゃないよ。蓮君が言ったでしょ?『楔波の好みは和』だって。だったら紫亜って子は?という疑問は残るけど、なんにせよ誰彼構わず狙ったりはしないはずだよ。怨霊の誘発があったとしても、あくまでもきっかけ。力を蓄えつつある鬼の意思には敵わない。だとするなら、単純に何らかの力を持つ者。それも、前から目を付けていた……」
「あぁ、だからどのみち和、になるのか」
慈玄に沈鬱さが浮かぶ。これは、思いの他厄介だと。
「ちょ、ちょっと待って?!だけど俺、別に自覚してるわけじゃないし、力だって自分じゃ制御できないし!もっと簡単に取り込めそうな人なら他にも……」
「標的となっている」らしい当人は、慌てて否定する。しかし慈斎には仮説に至る根拠があった。
「もちろん、他にも襲われそうな人はいるかもしれない。例えばさっきの蓮君みたいな子とか、元妖で潜在能力のありそうな者。だけど、かの怨霊が関わっているためというのの他にも心当たりがあるんだ。彼等の気を俺がはっきり捉えたのは、今回の前には一度。それは、『和の気が大きく動いた時』だったんだよ」
和宏に思い当たる事象は無く首を傾げるばかりだったが、ふむ、と一度は納得して頷いた慈玄が、頭を跳ね上げるようにして慈斎を見た。
「って!それ、おま……っ!?」
「考えたとおりだよ慈玄。でも今回も、ひいては和を護るため。ま、結果的に、だったのは否定しないけど」
わなわなと唇を震わせた慈玄だが、まさかここで掴み掛かることもできない。和宏だけが訳もわからず、ひたすら彼等に順に目を遣る。
「ねぇ、どういうことだよ?俺の気が動いた時、って?」
今日は何度もそうしているが、一段と大きな溜息を慈玄は吐いた。
「あ、あー……っと、だから、な?」
「つまりね和、具体的な時期を言えば、和が慈玄と喧嘩して、俺のいるホテルに足を運んだ日。もっと細かく言えば、俺にカフェでの出来事を細かに話してくれた、そのあとだよ」
謎かけのような言葉だったが、和宏がすべて理解したのは見る見る真っ赤になった顔で分かる。
「えぇ、っと……その、あれ……?」
「そ。和、まだ力の戻らない俺を精一杯案じてくれたでしょ?」
「ほんっと白々しいな!だが、ならば確実だろう。奴等、それによって和の気を前以上に嗅ぎつけられるようになった、ってわけか」
あえて遠回しな表現をした慈斎を詰りながらも、慈玄は的確な判断に舌を巻いていた。
そもそも、いくら虫が好かなくてもあの場で我慢が利かず夢露の挑発に乗ったのも自分なら、それが原因で和宏に淋しい想いをさせてしまったのも自分なのだ。
慈斎にどんな思惑があったとしても、慈玄自身も常に感じている柔らかな灯火のような気の流れを発していたのなら、それは和宏本人の意図で慈斎を受け入れたということ。そして情交の昂ぶりによって、和宏から発せられた力を紫亜たちが拾った。まさしく中峰の予見通り、和宏に向けられた闇。
「彼等が改めて和に接近するのは疑いようもない。けど、『夢露サン』とやらとの関連性は俺にもまだ把握できない。蓮君の言う通り妖狐か、当の夢露サンから聞き出すより他なさそうだね」
悪びれた様子もなく、慈斎は話を締めくくる。頬に赤味を残してはいたが、和宏も緊迫した面持ちに戻った。
「ところで」
重い空気を消し去るように、慈斎がぱんと手を打つ。
「俺はまだ本調子じゃないけど、慈玄より先に彼等のことを察知できたのは事実。というわけで、今日から寺に泊めてくれない?」
「は?!」
やむを得ずといえど、またしても和宏にちょっかいをかけた奴をなぜ。慈玄はそう言って断固拒否しようと思った、のだが。
「ほんとに?慈斎もいてくれたら心強い!な、慈玄」
さっきまでの憂慮顔はどこへやら。彼を覗き込む大きな瞳がぱっと輝く。
「いやいやいや!寺にはちゃーんと結界だって張ってるし!」
「なに言ってるの?相手はまだ得体が知れない。普通の鬼じゃないんだよ。結界でどこまで防げるかわからない。それに」
慈斎はまた、にやりと笑う。
「慈玄だってその方が良いんじゃないの?和が俺とこっそり会う必要はなくなるよ」
和宏の行動を、慈玄は制限などできない。断ればまたホテルを訪ねるだろう。痛いところを突かれ、歯噛みする。
「ちっ、しゃーねぇ、勝手にしろ!」
「やった!ありがと慈玄!!そうと決まれば、晩飯は腕振るわなきゃ」
すでに目的がすり替わってしまったように、和宏は食料品売り場へと先に進む。うだうだと考え込まないのが少年の美点だが、にこにこと後を追った慈斎とは対象的に、慈玄はひきつった苦笑を浮かべるのみだった。
慈玄が脱力する。が、慈斎はその様子を目にしてふふんと鼻を鳴らした。
「下界ボケした慈玄はそうかもしれないけど、俺にはおおよその枠は推察できたよ?」
「んだとコラ!大体、夢露って男も妖の気は持ってねぇんだぞ?あいつも未熟ながら鬼だってぇのか」
慈玄以上に話に置いていかれた形の和宏は、ただ深刻そうに二人の顔を見比べる。気付いた慈斎が細い肩に手をかけた。
「そうは言わないよ。じゃなきゃ、さっき言ってたカモフラージュにはならないからね。おそらく、俺等が知ってるものとは違う複雑な構成があるんだ」
触れられてぴくりと身体を小さく震わせた和宏だが、何か閃いたようでぱっと顔を上げる。
「もしかして、こないだ慈斎がこっちに来てたことを慈玄が気付けなかったのと同じ?力が万全じゃないから、紫亜たちは見付けづらいの?」
「さっすが。和は賢いねぇ」
に、と口端を上げた表情を慈斎は和宏に向けた。
「慈玄だって、今の今までまったく何も感じなかったわけじゃないんじゃない?今は梅雨時で、雨によっても気配は遮断されやすい。だとしても、なんらかのサインはあったと思うけど?」
宮城邸の前で、一瞬だけ感じ取った違和感を慈玄は不意に思い出す。まさにあれが、鬼達のものだったというのか。
「ここからは俺の推測でしかないけど。今の今まで彼等にこういった動きがなかったのは、現状のままで満足していたか、あるいは血なんて求めなくても事足りていた、と考えられる。俺等みたいなのが傍にいなくても和に直接手を出されなかったのはそういうことじゃないかな。けど、何を思ったか彼等は突然、力を取り返したいと思い始めた。それは」
「例の『怨霊の欠片』か」
慈玄にもやっと得心がいったが、和宏はしゅんと項垂れた。
「俺が、中途半端に浄化しかけたのが……」
「和のせいじゃないよ。あの時は、あれより他に為す術が無かった。とはいえ、怨霊が彼等に干渉したか、残骸として漂っていた闇を彼等が喰らったか、なんらかの影響を受けて行動を開始した。それはほぼ間違いないだろうね」
己の責任では無い、そう言われても一層落ち込む和宏。
「でも、誰かが危ない目に遭うんじゃ」
「誰か、じゃないよ。蓮君が言ったでしょ?『楔波の好みは和』だって。だったら紫亜って子は?という疑問は残るけど、なんにせよ誰彼構わず狙ったりはしないはずだよ。怨霊の誘発があったとしても、あくまでもきっかけ。力を蓄えつつある鬼の意思には敵わない。だとするなら、単純に何らかの力を持つ者。それも、前から目を付けていた……」
「あぁ、だからどのみち和、になるのか」
慈玄に沈鬱さが浮かぶ。これは、思いの他厄介だと。
「ちょ、ちょっと待って?!だけど俺、別に自覚してるわけじゃないし、力だって自分じゃ制御できないし!もっと簡単に取り込めそうな人なら他にも……」
「標的となっている」らしい当人は、慌てて否定する。しかし慈斎には仮説に至る根拠があった。
「もちろん、他にも襲われそうな人はいるかもしれない。例えばさっきの蓮君みたいな子とか、元妖で潜在能力のありそうな者。だけど、かの怨霊が関わっているためというのの他にも心当たりがあるんだ。彼等の気を俺がはっきり捉えたのは、今回の前には一度。それは、『和の気が大きく動いた時』だったんだよ」
和宏に思い当たる事象は無く首を傾げるばかりだったが、ふむ、と一度は納得して頷いた慈玄が、頭を跳ね上げるようにして慈斎を見た。
「って!それ、おま……っ!?」
「考えたとおりだよ慈玄。でも今回も、ひいては和を護るため。ま、結果的に、だったのは否定しないけど」
わなわなと唇を震わせた慈玄だが、まさかここで掴み掛かることもできない。和宏だけが訳もわからず、ひたすら彼等に順に目を遣る。
「ねぇ、どういうことだよ?俺の気が動いた時、って?」
今日は何度もそうしているが、一段と大きな溜息を慈玄は吐いた。
「あ、あー……っと、だから、な?」
「つまりね和、具体的な時期を言えば、和が慈玄と喧嘩して、俺のいるホテルに足を運んだ日。もっと細かく言えば、俺にカフェでの出来事を細かに話してくれた、そのあとだよ」
謎かけのような言葉だったが、和宏がすべて理解したのは見る見る真っ赤になった顔で分かる。
「えぇ、っと……その、あれ……?」
「そ。和、まだ力の戻らない俺を精一杯案じてくれたでしょ?」
「ほんっと白々しいな!だが、ならば確実だろう。奴等、それによって和の気を前以上に嗅ぎつけられるようになった、ってわけか」
あえて遠回しな表現をした慈斎を詰りながらも、慈玄は的確な判断に舌を巻いていた。
そもそも、いくら虫が好かなくてもあの場で我慢が利かず夢露の挑発に乗ったのも自分なら、それが原因で和宏に淋しい想いをさせてしまったのも自分なのだ。
慈斎にどんな思惑があったとしても、慈玄自身も常に感じている柔らかな灯火のような気の流れを発していたのなら、それは和宏本人の意図で慈斎を受け入れたということ。そして情交の昂ぶりによって、和宏から発せられた力を紫亜たちが拾った。まさしく中峰の予見通り、和宏に向けられた闇。
「彼等が改めて和に接近するのは疑いようもない。けど、『夢露サン』とやらとの関連性は俺にもまだ把握できない。蓮君の言う通り妖狐か、当の夢露サンから聞き出すより他なさそうだね」
悪びれた様子もなく、慈斎は話を締めくくる。頬に赤味を残してはいたが、和宏も緊迫した面持ちに戻った。
「ところで」
重い空気を消し去るように、慈斎がぱんと手を打つ。
「俺はまだ本調子じゃないけど、慈玄より先に彼等のことを察知できたのは事実。というわけで、今日から寺に泊めてくれない?」
「は?!」
やむを得ずといえど、またしても和宏にちょっかいをかけた奴をなぜ。慈玄はそう言って断固拒否しようと思った、のだが。
「ほんとに?慈斎もいてくれたら心強い!な、慈玄」
さっきまでの憂慮顔はどこへやら。彼を覗き込む大きな瞳がぱっと輝く。
「いやいやいや!寺にはちゃーんと結界だって張ってるし!」
「なに言ってるの?相手はまだ得体が知れない。普通の鬼じゃないんだよ。結界でどこまで防げるかわからない。それに」
慈斎はまた、にやりと笑う。
「慈玄だってその方が良いんじゃないの?和が俺とこっそり会う必要はなくなるよ」
和宏の行動を、慈玄は制限などできない。断ればまたホテルを訪ねるだろう。痛いところを突かれ、歯噛みする。
「ちっ、しゃーねぇ、勝手にしろ!」
「やった!ありがと慈玄!!そうと決まれば、晩飯は腕振るわなきゃ」
すでに目的がすり替わってしまったように、和宏は食料品売り場へと先に進む。うだうだと考え込まないのが少年の美点だが、にこにこと後を追った慈斎とは対象的に、慈玄はひきつった苦笑を浮かべるのみだった。
0
お気に入りに追加
17
あなたにおすすめの小説
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる