イツマデモ君トコノ星ヲ

縹トヲル

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第五章

蠍ノ心臓(アンタレス)・29

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◇◆◇

 ここでは、外の天気や気温など何の影響もない。煌々と照らされた白い天井は高く、常に晴れ渡っているかのよう。それどころか昼夜の感覚さえ鈍る。

 桜街の中心から少し離れたショッピングモール。
 自家用車で訪れる客がほとんどだが、慈光院近くの停留所からも直行のバスが出ている。各々足を運んだことはあるが、慈玄と和宏、揃ってこの場所へやって来たのは此度が初めてだ。

 駅前の桜商店街は活気があり店舗は充実している。西町も古い個人商店こそ多いが、食料品や日用品を買いそろえるには十分。つまり、わざわざここまで来る必要は普段は一切ない。買い物、というよりはもはや娯楽施設。
 だからこそ、というべきか。和宏は天候の優れないこの時期に、行ってみないかと慈玄を誘った。
「久しぶりに服とか見たいし。時間合えばシネコンで映画観るのもよくない?」
 思えば迦葉への「旅行」以来、二人で遊びに行く機会がなかった。精々近隣の商店へ買い物や外食に出るか、桜公園近辺を散歩する程度。
 あの日カフェで言い合いになって後、互いに少々もやりとした感情を懐いたままなのも後ろめたかった。
「そうだな、行ってみっか」
 丁度良い気晴らしになると、慈玄も快諾した。

 初めてではないものの、慈玄の方は前回は土地勘把握のために覗いたに過ぎない。
 立ち入り改めて内部を見渡せば、その広さと賑やかさに驚く。呼び込みをする店員の声、親を振り切り走る子ども、ワゴンの前で品定めしながら楽しげにお喋りする女子たち、黙ってカートを押す老年の夫と、先を急く妻。
 週末なのもあって、余裕ある幅がとられた通路でも気を抜くと他の客にぶつかりそうになる。
「迷子になるなよ?」
 茶化して和宏が笑う。
「じゃぁ、手でも繋いどいてくれるか?」
「ばっ、ばか言うなよ、この人の多い中で!」
 声は潜めたものの、白い頬は途端に赤くなる。繋いだ手元よりその表情の変化の方が周囲の目に付くのではないかと思うほどだ。
「はは。でも、はぐれねぇように横にはいてくれよ」
 恥ずかしそうに頷いて、和宏は慈玄の服を掴んだ。
「んじゃまぁ、俺もたまには普段着でも見繕ってもらおうかなぁ、デザイナーの息子に」
 母親が服飾デザイナーだ、というのは和宏から以前より聞かされていた。主に海外で仕事をしているから、実家にはごく稀にしか帰ってこないのだと。
 華々しい職業ではあるが、その実ファッション業界に精通している者でもない限り、名前を目にする機会は思いの他少ない。手がけた服を取り扱うショップは当然日本にもあるだろうが、おおむね都心の限られた路面店か、高級デパートの類のみと思われた。
 地方都市の商店街にある店舗や郊外のショッピングモールに入っているテナントは量販店が大半なのだから、そうお目に掛かれない。
 兄の光一郎がモデルをやっていたのも耳にしたが、特に騒がれることもなく今はのうのうと教職などに就いていられるのも、こちらでのメディア露出がさほど多くなかったためらしい。
「デザイナー」という生業がいかなるものか大体承知していても、通常は軽僧衣で生活している慈玄にも、和宏の母親がデザインするような服は到底縁遠い。
 こうして出掛ける時でこそ現代風の洋服……この日はブラックジーンズにポロシャツ、薄手のジャケットといういでたち……ではあるが、流行も配色も一切考慮はしていない。派手なものは着ないので、無難にまとまってはいるが。
「え、俺はそんなに詳しくないよ。兄貴ならまだしも」
「あぁ、光一郎にゃまた後で聞いてみたいとも思うが。せっかくお前と来てるんだ、和が選んだものを身に付けるってのもいいもんだろ?遺伝、なんてのもあるかしれねぇし」
 実際モデル稼業をこなして帰国した光一郎や入れ替わりに渡航したという宮城家の末弟・友紀とは違い、和宏が母の仕事に関わったことはあまりなかったようだ。顔立ちは整っているのだし兄弟たち同様モデルの話を振られてもおかしくなかったはずだが、興味を持てなかったのか、この土地を離れ難かったのか。
 ともかく、和宏自身は「門前の小僧」にもなりえなかったのだ。だから慈玄も、なにも本気でコーディネートを期待したのではない。
 だがいざ並んだ衣類を吟味し、あれこれ組み合わせている手付きはなかなかに本格的で、かつ自分のために選んでくれていると思うと顔をほころばさせずにはいられない。
 先日の憂慮を忘れさせるほどには、この「買い物デート」を彼等は楽しんでいた。
「あ、慈玄も俺に似合いそうなのあったら教えてよ」
「俺がか?服選びのセンスなんかからきしねぇぞ?」
「別に期待してないよ。慈玄がどういうの選ぶか興味あるだけだし」
 くすくすと楽しげに笑いながら、和宏が煽る。
 不意に脳裏に浮かんだのがカフェで見た露出の高い衣装だったのを振り払い、あえて難しい顔をして慈玄は商品棚と向き合った。

「あれ、慈玄に和。奇遇だねぇ」
 振り返るまでもなく、難しい顔が今度は険しくなる。既知の「気」が急速に近づいたことはわかっていた。しかしまだ十全ではない「相手」は、人混みに紛れすり抜けるようにしてここまで来た。感じ取るまでの時間は短い。ゲートからほぼ真っ直ぐこの場を目指したのは明らかだ。
「慈斎!」
 苦虫を噛みつぶしたような慈玄とは反対に、和宏が明るい声を上げる。手にしたカーディガンをハンガーに戻すと、すぐさま駆け寄った。
「どうしたの?慈斎も買い物?身体大丈夫?」
 両手をとって、立て続けに訊く。
「うん。しばらくこっちにいるから、必要なものでも買い揃えようと思ってね」
 んなわけねぇだろ、と舌打ちしそうになる慈玄に、慈斎は素早く視線を送った。「和には何も言うな」とそれが訴える。
「そっか。あ、邪魔じゃなかったらだけど、俺も手伝うよ!荷物とか持つの大変じゃない?」
 はしゃぐ和宏。どうやらデートは強制終了らしい。諦めて慈玄は溜息を吐く。
「ありがと。うん、先ずは俺もここで衣類買おうかなぁ」
「あ、じゃあ俺のも選んでよ!慈斎センス良さそうだし。前に聞いたけど、慈海さんのスーツとか慈斎が調達してるんだろ?」
「えっ?!おまっ、俺には期待してねぇとか言ったのにそれかよ!」
 突っ込む慈玄をよそに、慈斎の手を引いて和宏はフロアの奥へと進む。まるで最初からその目的であるように、慈斎も抵抗なく連れられて行った。
「おい待てって!」
 慌てて追いかけようとした慈玄だが、もう一度深く嘆息して踏み留まった。
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