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第四章
My secondary planets 〜宵の明星後日談・5
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◇◆◇
「あんまり長居してるとばれて怒られそうだし。滝の方はヤバい、かな」
「せのを荘」のある方向はなんとなく覚えていたが、和宏はあえて逆の道に進路をとる。
姿が目にできないのであれば、しかるべき場所で語りかけるしかない。
「あの寺なら、なんとか」
一般参拝客が訪れる弥勒寺ならば適切かと思い、和宏はそちらに行きそうな団体の後をつけた。独りは心細いが、慈海や碧に見とがめられるのも気まずい。
『気力』ならば自分にも回復能力があると、慈海は言った。だったら慈斎にも有効だろうと、和宏は考えたのだ。率直にどうしているのか興味があったし、会いたい気持ちも募っていた。迦葉に来れば、その気配だけでも感じ取れるのではないかと期待した。
「友人に会いに行く」と言い伝えた慈玄に、疑う様子はまるでなかった。
慈海も釘を刺したのだから、まさか言いつけを無視してまでここに来るとは思っていなかったようだ。
「友達に会いに、っていうのは、嘘じゃないけど」
心の中で詫びながら、和宏は前を向く。
「ちょっとだけ。ちょっと、空気を感じたらすぐ戻るし」
うん、と口を引き結ぶと、弥勒寺に向けて足を踏み出した。
シーズンオフとはいえ、週末は週末。前回ここを訪れた時よりはだいぶ人の数は多く、年齢層も若干幅広い。
弥勒寺には駐車場も隣接していたが、ほぼ満車という状態。大型ではないにしろ観光バスまで停まっていた。さすがに現代では、「馬で乗り付けるな」という決まりは無いらしい。
この場所には、「神童・中峰」の伝承がある。
昔、禅師の弟子として随従し弥勒寺へやってきた中峰は、たった一人で山を拓いたのだという。もともと寂れた山寺で、修行僧の出入りしかなかった堂を建て替え、麓に里を造った。故に禅師は、この寺の「中興の祖」と呼ばれる。
中峰は参道を整えたのはもちろん、田畑の開墾を手伝い、村人たちの病の治癒なども施した。人々の生活が安定するまでに数年以上を要したが、その間彼の見た目は変わらず、歳をとった様子はなかった。
やがて作物が育ち、住人が居着いて寺の信徒が増えるようになると、中峰は「自分の役目はこれで終わった。今から昇天する」と言い、天狗の面をひとつ残して煙のように消え去った……。
「昇天」とは、ある意味気位の高い彼の、唯一の見栄だったのかもしれない。よもやこの地に代々根付いた住人たちもその子孫も、中峰が「当時の姿のまま」密かに山を統治しているとは思うまい。
伝説などというものは、口伝されるにつれ尾鰭がつくものである。当の中峰がどこまで、本当にそれらの奇蹟をやってのけたのかなど計り知れないが、細かな説明が書かれた立て看板をまじまじと読みふけった和宏はまったく疑念など懐かない。素直に信じ込み、
「へぇ、中峰さんてやっぱり凄くて、実際良い人なんだな」と思っていたくらいで。
ともあれ中峰は、彼を祀る堂が本堂とは別途に建設されるほど人々の信奉を集めた。観光としての見所は、むしろその「中峰堂」の方だった。逸話にあやかって、ここでは祈念が成就すると、天狗の面が奉納される。大小の天狗面で埋め尽くされた堂内は、なかなかの壮観だ。
参拝者に混じり中峰堂を見物してから、境内で和宏は一息吐いた。
「……うぅん、ここで慈斎になにか、っていうのもなぁ」
やはり「せのを荘」がある側の登山道に向かう方が良かったかと思う。
門前には舗装された道路があり、下れば駅前方面に出る。だが敷地の裏は無論山地だ。慈玄と迦葉山の山頂まで行った際、下りてきた道を和宏は思い出した。そちらへ行けば、慈斎にも声が届くだろうかと。
きょろきょろと辺りを見回すと、ガードレールの途切れた先に、道らしきものがあるのが見えた。どうやらこちらが古い参道のようだ。段差の奥には、明らかに年代物の山門も見える。そぞろ歩く人もいて、迷う心配もなさそうだった。
通り雨でもあったのか土の小路は傾斜になると滑りやすかったが、運動靴ならば歩くのもさほど困難ではない。
木々が密集する変わり映えのない景色で、現在地は掴みづらい。が、しばらく行くと、見覚えのある巨木の威容。
「あ、あれって、確か」
近寄った「馬隠れの杉」は、同じ場所に依然として伸びていた。和宏が初めて見上げた日から色々なことがあったが、ここだけは時が止まってでもいるかのように。
「慈海さんとここであった時は、ちょっと怒られたんだっけ」
妙に懐かしく、和宏は思い返す。何気なくまじまじと太い幹を眺めていると、急に後ろから肩を掴まれた。
「っ?!」
「やはり、君だったか。何をしてるんだね?」
驚愕して一瞬息を止めた和宏は、すぐには声が出ず口をぱくぱくさせる。和宏を捕らえた黒い影……慈海は、盛大に溜息を落とした。
「どうもそれらしい気を感じたからもしやとは思ったが。むやみに今迦葉には足を踏み入れるなと忠告したはずだが?」
また怒られる、と思ったか、和宏は少し後じさりして、申し訳なさそうに俯く。
「あ、あの、人違い……」
苦しいのを承知で、ぼそぼそと言い訳する。
「どう見ても和宏君だろう。慈玄は一緒ではないのか」
「は、はぁ、一人で来ました。ごめんなさい」
観念して、和宏は頭を下げた。慈海はもうひとつ、大仰に嘆息して見せる。
「一人とは、どうしてまた」
「ど、どうしても慈斎にその、会いたくて。あっ、あの、ほんとすぐ帰るんで大丈夫です!慈海さんは結界で仕事しててください!」
大いに困惑こそしていたが、慈海に叱る様子はない。それでも苦言混じりに
「そうはいかぬだろう。慈斎なら、回復したらそちらへ顔を見せるだろうと伝えたな?」
「で、ですからその、すみません」
しゅんと項垂れた和宏に、慈海は顰めた顔付きのまま。
「まぁいい。こちらに来なさい」
細い腕を持って引き寄せると、道を逸れ、茂みの中へと和宏を導いた。
「今日は人も多い。目に付く場所で飛ぶわけにはいかぬからな」
返答も待たず、慈海は和宏を抱き上げる。
「え、ちょ、いやあの、また慈海さんにも迷惑かけちゃ……」
「それは来る前に考えるべきだっただろう?気にする事はない、そう離れてはおらぬから」
ここまで言われては、和宏も腕の中で大人しくするしかない。首元に手を回し、しがみつく。
飛ぶと言うよりは、枝を渡ると表現する方が適切か。葉ずれの音も密やかに、慈海は木々を縫った。以前慈玄が低空で飛んだときよりも素早く思えたのは、体格の差によるものらしい。
上部にいたのは数分ばかりだろうか、辿り着いたのは細く長い針状の植物が繁った草むらだった。
「身を潜めていた洞は結界内だから、そこまでは行けない。だが」
背の高い草が、ざわざわと風に揺れる。林の中よりも尚、見通しは悪く。
「え、っと、ここ、は……」
見回しても細長い葉ばかりだったが、不意に、覚えのある頭髪が和宏の眼に飛び込んだ。
「やぁ。まさか本当に来てくれるとはね」
にゅっと分け出た腕が広がり、変わらぬ人懐こい笑顔が現れた。
「あんまり長居してるとばれて怒られそうだし。滝の方はヤバい、かな」
「せのを荘」のある方向はなんとなく覚えていたが、和宏はあえて逆の道に進路をとる。
姿が目にできないのであれば、しかるべき場所で語りかけるしかない。
「あの寺なら、なんとか」
一般参拝客が訪れる弥勒寺ならば適切かと思い、和宏はそちらに行きそうな団体の後をつけた。独りは心細いが、慈海や碧に見とがめられるのも気まずい。
『気力』ならば自分にも回復能力があると、慈海は言った。だったら慈斎にも有効だろうと、和宏は考えたのだ。率直にどうしているのか興味があったし、会いたい気持ちも募っていた。迦葉に来れば、その気配だけでも感じ取れるのではないかと期待した。
「友人に会いに行く」と言い伝えた慈玄に、疑う様子はまるでなかった。
慈海も釘を刺したのだから、まさか言いつけを無視してまでここに来るとは思っていなかったようだ。
「友達に会いに、っていうのは、嘘じゃないけど」
心の中で詫びながら、和宏は前を向く。
「ちょっとだけ。ちょっと、空気を感じたらすぐ戻るし」
うん、と口を引き結ぶと、弥勒寺に向けて足を踏み出した。
シーズンオフとはいえ、週末は週末。前回ここを訪れた時よりはだいぶ人の数は多く、年齢層も若干幅広い。
弥勒寺には駐車場も隣接していたが、ほぼ満車という状態。大型ではないにしろ観光バスまで停まっていた。さすがに現代では、「馬で乗り付けるな」という決まりは無いらしい。
この場所には、「神童・中峰」の伝承がある。
昔、禅師の弟子として随従し弥勒寺へやってきた中峰は、たった一人で山を拓いたのだという。もともと寂れた山寺で、修行僧の出入りしかなかった堂を建て替え、麓に里を造った。故に禅師は、この寺の「中興の祖」と呼ばれる。
中峰は参道を整えたのはもちろん、田畑の開墾を手伝い、村人たちの病の治癒なども施した。人々の生活が安定するまでに数年以上を要したが、その間彼の見た目は変わらず、歳をとった様子はなかった。
やがて作物が育ち、住人が居着いて寺の信徒が増えるようになると、中峰は「自分の役目はこれで終わった。今から昇天する」と言い、天狗の面をひとつ残して煙のように消え去った……。
「昇天」とは、ある意味気位の高い彼の、唯一の見栄だったのかもしれない。よもやこの地に代々根付いた住人たちもその子孫も、中峰が「当時の姿のまま」密かに山を統治しているとは思うまい。
伝説などというものは、口伝されるにつれ尾鰭がつくものである。当の中峰がどこまで、本当にそれらの奇蹟をやってのけたのかなど計り知れないが、細かな説明が書かれた立て看板をまじまじと読みふけった和宏はまったく疑念など懐かない。素直に信じ込み、
「へぇ、中峰さんてやっぱり凄くて、実際良い人なんだな」と思っていたくらいで。
ともあれ中峰は、彼を祀る堂が本堂とは別途に建設されるほど人々の信奉を集めた。観光としての見所は、むしろその「中峰堂」の方だった。逸話にあやかって、ここでは祈念が成就すると、天狗の面が奉納される。大小の天狗面で埋め尽くされた堂内は、なかなかの壮観だ。
参拝者に混じり中峰堂を見物してから、境内で和宏は一息吐いた。
「……うぅん、ここで慈斎になにか、っていうのもなぁ」
やはり「せのを荘」がある側の登山道に向かう方が良かったかと思う。
門前には舗装された道路があり、下れば駅前方面に出る。だが敷地の裏は無論山地だ。慈玄と迦葉山の山頂まで行った際、下りてきた道を和宏は思い出した。そちらへ行けば、慈斎にも声が届くだろうかと。
きょろきょろと辺りを見回すと、ガードレールの途切れた先に、道らしきものがあるのが見えた。どうやらこちらが古い参道のようだ。段差の奥には、明らかに年代物の山門も見える。そぞろ歩く人もいて、迷う心配もなさそうだった。
通り雨でもあったのか土の小路は傾斜になると滑りやすかったが、運動靴ならば歩くのもさほど困難ではない。
木々が密集する変わり映えのない景色で、現在地は掴みづらい。が、しばらく行くと、見覚えのある巨木の威容。
「あ、あれって、確か」
近寄った「馬隠れの杉」は、同じ場所に依然として伸びていた。和宏が初めて見上げた日から色々なことがあったが、ここだけは時が止まってでもいるかのように。
「慈海さんとここであった時は、ちょっと怒られたんだっけ」
妙に懐かしく、和宏は思い返す。何気なくまじまじと太い幹を眺めていると、急に後ろから肩を掴まれた。
「っ?!」
「やはり、君だったか。何をしてるんだね?」
驚愕して一瞬息を止めた和宏は、すぐには声が出ず口をぱくぱくさせる。和宏を捕らえた黒い影……慈海は、盛大に溜息を落とした。
「どうもそれらしい気を感じたからもしやとは思ったが。むやみに今迦葉には足を踏み入れるなと忠告したはずだが?」
また怒られる、と思ったか、和宏は少し後じさりして、申し訳なさそうに俯く。
「あ、あの、人違い……」
苦しいのを承知で、ぼそぼそと言い訳する。
「どう見ても和宏君だろう。慈玄は一緒ではないのか」
「は、はぁ、一人で来ました。ごめんなさい」
観念して、和宏は頭を下げた。慈海はもうひとつ、大仰に嘆息して見せる。
「一人とは、どうしてまた」
「ど、どうしても慈斎にその、会いたくて。あっ、あの、ほんとすぐ帰るんで大丈夫です!慈海さんは結界で仕事しててください!」
大いに困惑こそしていたが、慈海に叱る様子はない。それでも苦言混じりに
「そうはいかぬだろう。慈斎なら、回復したらそちらへ顔を見せるだろうと伝えたな?」
「で、ですからその、すみません」
しゅんと項垂れた和宏に、慈海は顰めた顔付きのまま。
「まぁいい。こちらに来なさい」
細い腕を持って引き寄せると、道を逸れ、茂みの中へと和宏を導いた。
「今日は人も多い。目に付く場所で飛ぶわけにはいかぬからな」
返答も待たず、慈海は和宏を抱き上げる。
「え、ちょ、いやあの、また慈海さんにも迷惑かけちゃ……」
「それは来る前に考えるべきだっただろう?気にする事はない、そう離れてはおらぬから」
ここまで言われては、和宏も腕の中で大人しくするしかない。首元に手を回し、しがみつく。
飛ぶと言うよりは、枝を渡ると表現する方が適切か。葉ずれの音も密やかに、慈海は木々を縫った。以前慈玄が低空で飛んだときよりも素早く思えたのは、体格の差によるものらしい。
上部にいたのは数分ばかりだろうか、辿り着いたのは細く長い針状の植物が繁った草むらだった。
「身を潜めていた洞は結界内だから、そこまでは行けない。だが」
背の高い草が、ざわざわと風に揺れる。林の中よりも尚、見通しは悪く。
「え、っと、ここ、は……」
見回しても細長い葉ばかりだったが、不意に、覚えのある頭髪が和宏の眼に飛び込んだ。
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