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第四章
My secondary planets 〜宵の明星後日談・3
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「あれ?こんにちは」
店先に立っていた少女がこちらに気付く。会釈するとともに両脇で結ばれた柔らかな髪が、ふわりと揺れた。
「恭さん!シフト入ってたんだ」
「うん、今ビラ配り終わったとこ。慈玄さんも、いらっしゃいませ」
カフェ「sweet smack」の制服……薄茶に白のストライプシャツと、黒いリボンタイ……に身を包んだツインテールの少女とは、慈玄も顔見知りだ。もう一人、慈海とは初対面のため、軽く互いに辞儀をする。
「よぉ、恭ちゃん。相変わらず可愛いねぇ」
「慈玄さんも素敵ですよ。和君、そちらは?」
一瞬慈玄に呆れた視線を送ってから、和宏は慈海を紹介した。
「ん、と、慈玄の知り合いで、慈海さん」
「恭君、か。はじめまして、慈玄とは……同僚、とでも言えば判りやすいか」
和宏のアルバイト仲間である恭は、学校では彼の一つ上、つまり先輩にあたる。その上自宅が宮城家の近所、という間柄だった。そう説明すると、慈海は「なるほど」と顎髭を撫でて頷いた。
和宏に誘われて、慈玄もカフェには客として数度訪れている。彼女とはそこで会い、会話も交わしていた。「sweet smack」は寛容な職場で、繁忙時でない時間帯ならば知り合いが来ると、多少長話をしていても咎められることはない。
「で。恭ちゃん、その後彼氏とは上手くやってるか?」
「彼氏?あ、はい。仲良くしてますよ?」
そして恭には、今どき珍しいことに親の決めた許嫁がいる。すでに同居しているという念の入れようだが、彼女が歳よりも精神的に幼いらしく、これも今どき珍しくいまだ清い関係だという。雑談の折慈玄も耳にしたのだが、少々時代錯誤に思え、面白かったので覚えていた。
「慈玄、恭さんのこと気になるの?」
「違うよ和君。慈玄さん、この間相談に乗ってくれたの。すごく優しいんだから」
「……へぇ……」
和宏が向けた猜疑の目にも怯まず、慈玄は胸を張った。
「そういうこった」
「それはまた、頼りない相談相手だな」
「えっ?!」
やれやれと溜息を吐きながら突っ込んだ慈海に、慈玄は目を剥く。
「ほんとだ。恭さん、相談だったら慈海さんの方がいいよ。俺もすっげー頼りにしてるんだ」
「そうなの?」
「さてな、私は男女の機微はよく分からん。そういう手管ならば、こやつの方が詳しかろう」
「人を色事しか頭にない奴みたく言うなよ!」
喚く慈玄に、平然と受け流す慈海。それを見て苦笑する和宏。
「仲、いいんですね」
ふふ、と含み笑いして、恭が呟く。
「仲が良い、か」
「えぇ、楽しそうで」
「俺はもうこのやりとりが普通だったけど、確かに、仲良いかも」
和宏も嬉しげに応える。
「あ、じゃあ俺、ケーキ買ってくる!二人も選ぶ?」
「いや、俺等はここで待ってんよ。鞍と今顔合わせんのもなんかな」
和宏が休んでいるなら、おそらく鞍吉は勤務中だ。深い意味はなかったが、なにやらもめ事もあったらしいと知っている慈玄は、ここで鉢合わせるのに気が引けた。
「鞍君なら厨房にいますけど。呼んできましょうか?」
元々鞍吉が住んでた寺の住職だと和宏が慈玄を紹介したので、彼と鞍吉が既知なのは恭も把握している。
「あぁいや、大丈夫だ。行ってこいよ、和」
「そうですか。それじゃどうぞ、和君」
「ん、二人共、ちょっと待ってて!」
カラン、とドア上部のベルを鳴らし、和宏が店内へ入っていった。
「鞍吉君もここにおるのか」
「まぁな。お前さんのことなど覚えてねぇだろうが」
「下手に刺激を与えるのは避けた、か」
確かに、その目論見もあった。他にも、あと一つ。
「ここには、他にも妖がいるな?」
「気付いたか。さすがだね」
同じ仕事場に妖が潜んでいるなど、和宏は知らない。今彼にそれを教えるのは得策ではないと、慈玄は踏んだのだ。
「俺もまだろくに面と向かったこたぁねぇが、そこそこ能力の高ぇ奴だな。ご丁寧にやたら出来の良い式を従えてやがる」
「ほう?」
ガラス越しに和宏と恭の後ろ姿を眺めながら、慈玄が言葉を続けた。
「つっても、稲城と同じで人間と同化して暮らしてるだけみてぇだぜ?ちっとばかし怪しいとこはあるが、害をもたらすような類には見えねぇ。それに」
姉弟のように並んだ可愛らしい二人に対峙している、男性店員の顔が垣間見えた。
「式の方が、な。どうも主従というよりは、自分の感情で動いてるらしい。ありゃあもう、人間に近ぇ代物だろう」
再びベルの音がして、和宏が飛び出して来た。
「適当に買ってきたよ!あとスーパーに寄ったら帰って飯にしよ」
「おう、ありがとさん!んじゃ、行くか」
天狗二人は、静かに待っていたかのように口を閉じる。
「ありがとうございました!」
見送りに出た恭にそれぞれ手を振り頭を下げ、三人はまた横並びになってカフェを立ち去った。
店先に立っていた少女がこちらに気付く。会釈するとともに両脇で結ばれた柔らかな髪が、ふわりと揺れた。
「恭さん!シフト入ってたんだ」
「うん、今ビラ配り終わったとこ。慈玄さんも、いらっしゃいませ」
カフェ「sweet smack」の制服……薄茶に白のストライプシャツと、黒いリボンタイ……に身を包んだツインテールの少女とは、慈玄も顔見知りだ。もう一人、慈海とは初対面のため、軽く互いに辞儀をする。
「よぉ、恭ちゃん。相変わらず可愛いねぇ」
「慈玄さんも素敵ですよ。和君、そちらは?」
一瞬慈玄に呆れた視線を送ってから、和宏は慈海を紹介した。
「ん、と、慈玄の知り合いで、慈海さん」
「恭君、か。はじめまして、慈玄とは……同僚、とでも言えば判りやすいか」
和宏のアルバイト仲間である恭は、学校では彼の一つ上、つまり先輩にあたる。その上自宅が宮城家の近所、という間柄だった。そう説明すると、慈海は「なるほど」と顎髭を撫でて頷いた。
和宏に誘われて、慈玄もカフェには客として数度訪れている。彼女とはそこで会い、会話も交わしていた。「sweet smack」は寛容な職場で、繁忙時でない時間帯ならば知り合いが来ると、多少長話をしていても咎められることはない。
「で。恭ちゃん、その後彼氏とは上手くやってるか?」
「彼氏?あ、はい。仲良くしてますよ?」
そして恭には、今どき珍しいことに親の決めた許嫁がいる。すでに同居しているという念の入れようだが、彼女が歳よりも精神的に幼いらしく、これも今どき珍しくいまだ清い関係だという。雑談の折慈玄も耳にしたのだが、少々時代錯誤に思え、面白かったので覚えていた。
「慈玄、恭さんのこと気になるの?」
「違うよ和君。慈玄さん、この間相談に乗ってくれたの。すごく優しいんだから」
「……へぇ……」
和宏が向けた猜疑の目にも怯まず、慈玄は胸を張った。
「そういうこった」
「それはまた、頼りない相談相手だな」
「えっ?!」
やれやれと溜息を吐きながら突っ込んだ慈海に、慈玄は目を剥く。
「ほんとだ。恭さん、相談だったら慈海さんの方がいいよ。俺もすっげー頼りにしてるんだ」
「そうなの?」
「さてな、私は男女の機微はよく分からん。そういう手管ならば、こやつの方が詳しかろう」
「人を色事しか頭にない奴みたく言うなよ!」
喚く慈玄に、平然と受け流す慈海。それを見て苦笑する和宏。
「仲、いいんですね」
ふふ、と含み笑いして、恭が呟く。
「仲が良い、か」
「えぇ、楽しそうで」
「俺はもうこのやりとりが普通だったけど、確かに、仲良いかも」
和宏も嬉しげに応える。
「あ、じゃあ俺、ケーキ買ってくる!二人も選ぶ?」
「いや、俺等はここで待ってんよ。鞍と今顔合わせんのもなんかな」
和宏が休んでいるなら、おそらく鞍吉は勤務中だ。深い意味はなかったが、なにやらもめ事もあったらしいと知っている慈玄は、ここで鉢合わせるのに気が引けた。
「鞍君なら厨房にいますけど。呼んできましょうか?」
元々鞍吉が住んでた寺の住職だと和宏が慈玄を紹介したので、彼と鞍吉が既知なのは恭も把握している。
「あぁいや、大丈夫だ。行ってこいよ、和」
「そうですか。それじゃどうぞ、和君」
「ん、二人共、ちょっと待ってて!」
カラン、とドア上部のベルを鳴らし、和宏が店内へ入っていった。
「鞍吉君もここにおるのか」
「まぁな。お前さんのことなど覚えてねぇだろうが」
「下手に刺激を与えるのは避けた、か」
確かに、その目論見もあった。他にも、あと一つ。
「ここには、他にも妖がいるな?」
「気付いたか。さすがだね」
同じ仕事場に妖が潜んでいるなど、和宏は知らない。今彼にそれを教えるのは得策ではないと、慈玄は踏んだのだ。
「俺もまだろくに面と向かったこたぁねぇが、そこそこ能力の高ぇ奴だな。ご丁寧にやたら出来の良い式を従えてやがる」
「ほう?」
ガラス越しに和宏と恭の後ろ姿を眺めながら、慈玄が言葉を続けた。
「つっても、稲城と同じで人間と同化して暮らしてるだけみてぇだぜ?ちっとばかし怪しいとこはあるが、害をもたらすような類には見えねぇ。それに」
姉弟のように並んだ可愛らしい二人に対峙している、男性店員の顔が垣間見えた。
「式の方が、な。どうも主従というよりは、自分の感情で動いてるらしい。ありゃあもう、人間に近ぇ代物だろう」
再びベルの音がして、和宏が飛び出して来た。
「適当に買ってきたよ!あとスーパーに寄ったら帰って飯にしよ」
「おう、ありがとさん!んじゃ、行くか」
天狗二人は、静かに待っていたかのように口を閉じる。
「ありがとうございました!」
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