イツマデモ君トコノ星ヲ

縹トヲル

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第四章

宵の明星・49

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◇◆◇

「では、私はここまでだな」

 駐車スペースの辺りまで来ると、慈海が立ち止まった。
「あぁ、色々悪かったな」
「慈海さんっ!」
 さらりと挨拶をした慈玄の肩越しに、和宏が呼び止める。
 立てるか、と確認して慈玄は和宏を降ろした。頷いた和宏は、足を地に着けると慈海に歩み寄る。
「本当にごめんなさい。俺のせいで」
 治まったかに見えた和宏の涙が、再び膨れあがり、ぽろりと落ちた。向き合った慈海が、眉を顰めて溜息を吐いた。
「君のせいではない。というより、すべて自分の責任だと思うな。我等は、自らの意志で行動している。誰も君を恨みはしないし、君の行動を咎めもしない」
「けど、慈海さんが怪我をしたのは事実だし、慈斎もいないのに封印なんて話になっちゃって」
 唇を噛んで、和宏が俯く。困惑しつつも黙って、慈玄はその様子を少し離れて見ていた。
「俺は皆を守りたいのに、思うだけでなにもできなくて。中峰さんの術は抑えられたけど、あれだって、自分でやろうと思ってできたことじゃない。結局、慈斎は消えちゃったし」
「慈斎が姿を隠したのは、君が中峰様に何か仕掛けたからではないだろう?君を山寺まで運んだのも、慈斎が進んでしたことだ。なんでも自分が原因だと思うのは、むしろ思い上がりではないのか?」
 毅然とした口調で言われ、少年はびくりと顔を上げた。
「それでも自分のせいだと思うならば、前を見なさい。こういう結論になってしまったのは、もはや変えられない。ならば、一年後状況が良い形になるよう事に当たっていくだけだ。そうだろう?」
「……はい」
 和宏の気持ちがまだ整理されていないであろうことは、慈海も十分承知している。華奢な背に手を回し、自分の胸に引き寄せた。促されるままに和宏は慈海に縋り、声を殺して泣く。
 なにも見ても聞いてもいないという素振りで、慈玄が二人に近づいた。そして、至って軽い調子で提案する。
「夜が明けたらもっかいここへ来いよ慈海。一緒に飯でも食って、温泉入ろうぜ?」
 慈斎と三人で夕食を共にした際、慈海の箸も用意したと和宏が言っていたのを慈玄は思い出していた。おそらくは「皆で」食事をするのが和宏の望みなのだ。
「そう、だな」
 厳格な慈海も、事情を察して承諾した。
「それでいいだろ、和?」
 目に赤さを残しつつも涙を止めた和宏が、身を離し慈海に笑顔を向けた。
「ありがとうございます、慈海さん。待ってます」
 無言で顎を引くと、慈海は闇に溶け入った。

 来た日と同様に、慈玄は裏口に回る。今回はインターホンを押さず、人気のない暗いドアを開ける。
「碧には話しておいた。戻るのは深夜になるだろうから、ここを開けておいてくれってな」
 部屋の位置は、夜目の利く慈玄ならば把握できる。和宏の手を引き、迷わず辿り着けた。二人だけの個室に入ったとたん、慈玄は和宏を抱き締めた。登山道からの道すがらは和宏を励まし続けた慈玄だが、その時の気楽な態度ではもうない。
「すまねぇ。お前にこんな辛い思いさせたのは元はと言えば俺だ。お前は少しも、なにも悪くねぇんだ」
 絞り出すように、慈玄は懺悔の言葉を口にする。自責の念を拭いきれずにいた和宏だが、徐々に目を見開き思わず逆に相手を叱り飛ばした。
「っ、ば、馬鹿!お前がそんなに辛そうにしてたら……俺のしたこと、ほんとにわがままなだけかと思う、じゃんか!」

 和宏はまた泣き出したが、その意味は微妙に変化していた。ひたすら自分の行状を悔やむ涙から、想う相手に不安を懐かせてしまった苦しみの涙へと。
「そりゃ、俺も同じだ。お前がそんな顔してるの見てると、今更ながらに自分の過去を後悔する。中峰に捕らえられたときも、鞍を亡くしたときも、そしてお前が傷つけられたときも、何度も後悔したが……お前が自分を責めるのを見るのが、一番辛ぇよ」
 やっと和宏も気付いた。自らを苛むことは、周囲の者も呵責することになるのだと。それは慈玄も同じく。だからこそ、ここに来るまで言わずにいたのだ。
「けどな、和。悩んだり泣きたくなったりしたら、躊躇せずそうした方がいいぜ?我慢してりゃ、よけいきつくなる。ま、俺も自分を棚に上げて、って話だけどな?」
 戯けた口振りだったが、慈玄の声も震えたままだ。
「うん……ごめんな、慈玄。もうちょ、っとだけ、泣かせて」
 景色の遮られた部屋は、まだ暗い。照明も点けずに、彼等は抱き合ったまま静かな嗚咽を漏らしていた。
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