イツマデモ君トコノ星ヲ

縹トヲル

文字の大きさ
143 / 191
第四章

宵の明星・47

しおりを挟む
「一年だ。一年、くれてやろう。おそらくその間、貴様には多大な難が降り注ぐ。それらを処理し、かつ慈玄の暴走を食い止めてみよ。もしそれができず、他の衆生やこの迦葉に犠牲が出たならば、その時は容赦しないものと思え」
「いち、ねん」
 それを短いと取るか長いと取るか、和宏は考えあぐねた。
「一年くらいで覚醒が為るとは、到底思えませぬが」
 代弁する如く、慈海が間に割った。
「だろうな。しかし悠長に構えるほど、闇の浸食は待たぬぞ?そうだな、ならば慈海、貴様も尽力するが良い。ついでに慈斎も賭けよう。小僧、貴奴等も貴様に虜にされたようだ。責任は同等。一年後、成果がなければ諸共封印してくれる」
「そん、な。慈海さ……」
「私に異存はございません」
 和宏の制止を遮り、慈海が即答する。そこに慈玄が重ねて言った。
「あぁ、俺もそれで承知した。もし次に俺が暴走したら、今度こそ観念して帰山してやんよ」
 無表情だった中峰の口端が、わずかに上がる。笑ったようには見えなくとも。
「決まりだな。それで良いな小僧?」
 確認の口調ではあったが、中峰に有無を言わせる隙はない。俯き加減で拳をぎゅっと握った和宏も、承諾するしかなかった。
「……わかり、ました。ありがとうございます」
「では、楽しみに見物させてもらう。慈玄はもとより、慈海、貴様もしばらく放し飼いにしよう。ただし山での実務を怠らぬ範囲でな」
 踵を返しながら通達する中峰に、慈海は少々面食らって返答する。
「は、はぁ」
「慈斎をどこに匿ったのかまだ調べておらんが、それも我は一切手出しせぬ。あやつの力が戻ったら、貴様等から我の意向を伝えるが良い」
 すっかり興味を失ったと言わんばかりに、打って変わった投げやりな調子で中峰は背を向ける。挨拶らしい言葉も残さず立ち去ろうとする後ろ姿に、呆然としていた和宏が慌てて声を掛けた。
「中峰さん!あ、あのっ!!」
 駆け寄ると、何事かと振り向いた中峰へ、ずっと小脇に抱えたままだった箱を恭しく差し出した。
「ここの饅頭ですけど、皆で食べて下さい!」

「あちゃぁ……」
 慈玄が額に掌を当てた。慈海もぽかんと彼等を見つめる。
「なんだ、あれは饅頭だったのか」
「あぁ、俺ももう存在すら忘れてた」
 一笑に付すか「ふざけるな」とはね除けるかと思いきや、中峰はぞんざいながらも饅頭の箱を和宏から受け取った。
「ふん、せっかくだから供物としてもらってやろう。こんなもので、我の気を引こうなどと思うなよ?」
 辞儀をして顔を上げた和宏には、笑顔が戻っていた。
「そんなこと考えてませんよ。俺未熟だから、中峰さんにもまた助言してもらえたら嬉しいだけです。一年間、よろしくお願いします!」
 和宏は再度、ぺこりと腰を曲げる。
「どこまでも食えない小僧だな。我に助言、だと?図々しいにも程がある。その脳天気な面構えを、いつまで続けていられるかも見物だな。……戻るぞ!」
 一言も発さず身動き一つせず、影のように控えていた異形の従者を引き連れて、中峰は木々の間に煙のように消えた。完全に姿が見えなくなると、和宏はその場にヘナヘナと崩れ落ちる。

「………………はあぁ……」
「和?!ちょ、大丈夫か?」
 すぐさま慈玄が近づいた。
「うん……ちょ、っと、気が抜けただけ」
「そうか、よく頑張ったな?」
 ほっと安堵の息を吐きつつ、和宏の頭を撫でる。後から、慈海もゆっくりした歩調で傍に寄った。
「あ、慈海さん、怪我!……ごめんなさい」
「気にするな、もうどうということはない」
 腕を捲ると、ぱっくりと口を開けたと思われた裂傷は完全に塞がっており、赤黒くこびりついた染みと一筋の痕を残すのみだった。あのときは、中峰も和宏を一撃で仕留めようとは思っていなかったのだろう。妖力による回復術で十分治癒できる範囲だったようだ。
「でも、巻き込んじゃって」
「そもそも君に着いていたのはこういう事態も予測してだ。むしろ、我等をも消し去るほどの二度目の襲撃は、君が防いだではないか」
 和宏の労を讃えるように、慈海は淡く笑いかける。
「さて、と。とりあえず宿に戻りますかね。一眠りしてもっかい温泉にでも浸かってから帰ろうぜ?」
 腕を伸ばし、わざとのんびり慈玄が言った。
 一年、という期限を区切られはしても、具体的にこの先なにが起こるのかまったく予想もつかない。それは天狗の千里眼をもってしても。
「じゃ、行くぞ和」
 先に立とうとする慈玄の服の裾を握りしめ、和宏はふるふると首を振った。
「じ、慈玄、ごめ……こ、腰抜けて動けない」

「中峰の奴、余裕だったな、ありゃあ」
「更にややこしくなった、ことだけは確かだな」
「あー、やっぱそう思うか」
 広く大きな背に負ぶさり、和宏は身を縮める。緊迫した場面は今回はやり過ごせたが、先のことは思いやられる。
「慈玄、慈玄も怪我してるのに、平気?」
「あぁ、妖力は万全じゃねぇが、お前を負ぶさることくれぇは俺にもできっからな」
 慈玄はに、と歯を見せた。しかし和宏はまだ、身体も心も重い。今後の検討をするためか、慈海が並んで道を下る。
「まぁ、貴様と慈斎、私の封印で事が済むなら結構ではないか」
「お前ね、本気でそう思ってんの?」
 彼等の交わす言葉を耳にするだけでも暗澹たる気分になった。慈玄の背に顔を埋めて唇を噛む和宏に、横に立った慈海が気付く。
「和宏君、そう気に病むことはない。中峰様の言に偽りは無いだろうから、君にとっては
大変な日々が訪れるだろうが、信じて乗り越えるのだろう?」
「はい。でも、結局慈海さんたちが封印なんてことになったら」
 憂慮の種は尽きない。どんなことが起こるかも分からなければ、無事解決する確証も何
ひとつ無いのだし。
「バッカだなぁ和、なにしょげてんだよ。そんなんじゃ一年持たねぇぞ?俺も頑張ってみっから、お前も元気出せって」
「そうだな。自分にできる事を精一杯考えると言ったのは君自身ではないのかね?」
 二人に諫められ、和宏もようやく笑みを浮かべる。頭でとやかく考えていても仕方がない。何事にも真正面から立ち向かおうとするのが、彼の美点だ。
「ん。俺、頑張るな」
「そうそう!お前は笑ってねぇとな?」
 星空の白く霞む下に、「せのを荘」の灯籠の灯りが見える。夜明けまでには、もう少し間があった。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

生まれ変わりは嫌われ者

青ムギ
BL
無数の矢が俺の体に突き刺さる。 「ケイラ…っ!!」 王子(グレン)の悲痛な声に胸が痛む。口から大量の血が噴きその場に倒れ込む。意識が朦朧とする中、王子に最後の別れを告げる。 「グレン……。愛してる。」 「あぁ。俺も愛してるケイラ。」 壊れ物を大切に包み込むような動作のキス。 ━━━━━━━━━━━━━━━ あの時のグレン王子はとても優しく、名前を持たなかった俺にかっこいい名前をつけてくれた。いっぱい話しをしてくれた。一緒に寝たりもした。 なのにー、 運命というのは時に残酷なものだ。 俺は王子を……グレンを愛しているのに、貴方は俺を嫌い他の人を見ている。 一途に慕い続けてきたこの気持ちは諦めきれない。 ★表紙のイラストは、Picrew様の[見上げる男子]ぐんま様からお借りしました。ありがとうございます!

幼馴染がいじめるのは俺だ!

むすめっすめ
BL
幼馴染が俺の事いじめてたのは、好きな子いじめちゃうやつだと思ってたのに... 「好きな奴に言われたんだ...幼馴染いじめるのとかガキみてーだって...」 「はっ...ぁ??」 好きな奴って俺じゃないの___!? ただのいじめっ子×勘違いいじめられっ子 ーーーーーー 主人公 いじめられっ子 小鳥遊洸人 タカナシ ヒロト 小学生の頃から幼馴染の神宮寺 千透星にいじめられている。 姉の助言(?)から千透星が自分のこといじめるのは小学生特有の“好きな子いじめちゃうヤツ“だと思い込むようになり、そんな千透星を、可愛いじゃん...?と思っていた。 高校で初めて千透星に好きな人が出来たことを知ったことから、 脳破壊。 千透星への恋心を自覚する。 幼馴染 いじめっ子 神宮寺 千透星 ジングウジ チトセ 小学生の頃から幼馴染の小鳥遊 洸人をいじめている。 美形であり、陰キャの洸人とは違い周りに人が集まりやすい。(洸人は千透星がわざと自分の周りに集まらないように牽制していると勘違いしている) 転校生の須藤千尋が初恋である

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

分厚いメガネ令息の非日常

餅粉
BL
「こいつは俺の女だ。手を出したらどうなるかわかるよな」 「シノ様……素敵!」 おかしい。おかしすぎる!恥ずかしくないのか?高位貴族が平民の女学生に俺の女ってしかもお前は婚約者いるだろうが!! その女学生の周りにはお慕いしているであろう貴族数名が立っていた。 「ジュリーが一番素敵だよ」 「そうだよ!ジュリーが一番可愛いし美人だし素敵だよ!!」 「……うん。ジュリーの方が…素敵」 ほんと何この状況、怖い!怖いすぎるぞ!あと妙にキモい 「先輩、私もおかしいと思います」 「だよな!」 これは真面目に学生生活を送ろうとする俺の日常のお話

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
 漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。  漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。  陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。  漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。  漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。  養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。  陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。  漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。  仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。  沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。  日本の漁師の多くがこの形態なのだ。  沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。  遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。  内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。  漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。  出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。  休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。  個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。  漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。  専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。  資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。  漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。  食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。  地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。  この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。  もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。  翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。  この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

普通のβだった俺は

りん
BL
普通の大学生として過ごす白瀬凪が、αの先輩に絡まれる話 凪は普通の大学生だ。βで、容姿も中身も平均値ぐらいだと認識している。ある日、大学でもよく噂されている先輩に声をかけられる。先輩の独特の雰囲気と空気に、次第に巻き込まれていく凪。 書き殴り状態なので少しずつ修正するつもりですです…。

契約満了につき

makase
BL
仮初めの恋人として契約を結んだ二人の、最後の夜。

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

処理中です...