イツマデモ君トコノ星ヲ

縹トヲル

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第三章

北極星(ポラリス)・11

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◆◇◆

 コーヒーを淹れている間に、大量のアルバムを光が二階からリビングへ運んできた。
「またずいぶんあるんだな」
 抱えていると顔も見えなくなるほどの冊数に、少し驚く。
「んー、ほとんど和の写真だけどねぇ?」
 それはそうか、と頷く。なにせ宮城家の実の長男は和なのだ。写真に収められる頻度が一番多いのは当然だと思う。
「俺も結構撮ってもらったけど、兄弟で写ってるのがほとんどだからさ」
 ソファに腰掛け、コーヒーを啜りつつページを捲る。
 宮城の両親は忙しいと聞いたが、子ども達には寂しい想いをさせないよう努力はしていたのだろう。例の海以外にも、行楽先の写真がそこそこ混じっている。
「ほんと、ひっでぇ顔だな、光」
「あー、それ言う?でも、その通りだからねぇ。全然カメラに目線向けてないし」
 今の光からは想像も付かない、黒髪の内気そうな少年がそこにはいた。暗く翳った目が、大抵自分の爪先かあらぬ方向を見ている。
「まぁ、俺も人のこと言えねーけどな。写真からは逃げまくってたし、集合写真ですらそっぽ向いてたから」
 写真の中の光は、前に光自身が思ったと言うように、俺にちょっと似ている、と感じた。ただ大きく違うのは、常に彼を笑顔で見上げるか手や足にくっついている可愛らしい弟と、兄弟同等に優しく温かな眼差しを注いでいる父母の姿。
「あっ、これ!遊園地のミラーハウスで喧嘩した時のだ!俺が手を離して先に抜けちゃったら、和すっごい怒ってさぁ」
 懐かしそうに目を細める光を横目で伺う。
「俺はまだ和とどう接して良いか迷ってたんだけど、和ってばすっごい懐いてくれててね」
 最初はひたすら困惑ばかりだった弟との関係が、やがて光にこんな楽しそうな表情をさせる要因となったのだ。俺は……俺の存在は、光に何をもたらすのだろう。
 頭の片隅に、再び薄暗い靄がかかったような気がした。振り払うように、次のアルバムを開く。

「あぁ、友が生まれた時のだ。和デレデレしてるなぁ」
「友?」
 目を落とすと、軽い既視感を覚えた。
 一応時系列に並んでいるとはいえ、どこにどんな写真がしまわれているかは光も曖昧だったらしく、俺は一番古いアルバムの頭から通し見ていた。当たり前のようだが、その一ページ目、一枚目の写真は生まれたばかりの和で、「写真」という平面になってまで幸福な空気が漂ってきそうなくらい、笑顔に満ちた大人たちが順に赤ん坊を抱いているものが続いた。
 臍の緒がついた状態で捨て置かれていた俺には、絶対ありえない写真。今更親など恨みはしないが、それでも微かな苦さが胸に走ったので、さらりと流し見しただけだった。
 そんな目端に残った残像が甦ったみたいだった。見分けが付かないほど当時の和にそっくりな新生児と、絵に描いたような幸せの光景。少しばかり変わったのは、周囲の大人が多少歳を重ねていたことと、誰よりも多く赤ん坊と一緒に写っている、その子によく似た小学生くらいの少年が加わっていること。
 中学生らしき光の姿もあった。慣れない手つきで、小さな身体を抱いている。
「和の下にね、もう一人友紀っていう弟がいるんだよ。今は母親と海外で暮らしてる」
 言われてみればいつかの雑談の折、和からもそんな話を小耳に挟んだようにも思う。目に入れても痛くないほど大切な大切な可愛い弟、なのだとか。
「たまに帰国するから、今度鞍も会ってみるといいよ。今となっては鞍も友のおにいちゃん、だもんね」
 光は笑って言うが、俺の裡にはまたぞろ妙なざわつきが生じる。
 ページを先に進めるごとに、本当に同じ写真を二度見続けてるのではないかと錯覚する。それくらい、「友紀」は和に瓜二つだった。寄り添われている「兄」のポジションが、光から和になっただけだ。
 そして比例するように、光の姿は写真の中から減っている。
「別に避けたわけでも避けられていたわけでもないんだけどね。この頃から俺、モデルの仕事が忙しくなっちゃったから」
 恐る恐る指摘すると、光は苦笑混じりに釈明した。
「そか。でも」
「うん?」
「俺だったら、ちょっと耐えられそうもねぇな、って思う。こいつらほんとよく似てるし。自分だけ異質なのを、見せつけられてそうで、さ」
「うん、俺もそう思ってた」
 いともあっさり同意される。
「思わず嫌味っぽいことを口走ったりもしたよ?『やっぱり実の兄弟は違うね』とか。でもね、そんな俺に和が怒ったんだ。『何言ってんだよ、光兄ぃだって、俺のほんとの兄貴だろ?兄弟には変わりないだろ?』って」
 口にして鮮明に思い出したのか、光の顔に嬉しそうな笑みが広がる。
「……すごく嬉しかったんだな、その言葉」
 我知らず肩が強ばり、拳を握る。繊細な針で突き刺されるような、淡い痛み。
「またぁ、鞍はそんな顔する」
 いきなり頭を引き寄せられ、光に抱き締められた。常々同様に指摘されるのだが、自分がどんな表情をしているのか、俺自身にはさっぱりわからない。痛覚に顔を歪めたり、涙を流したりしていないことだけは自分でも判断できるものの。
「そう言って俺の寂しさを埋めてくれたのは和だけど、今はこうして鞍がそばにいる。兄弟とか家族とか、それはそれで大事でも、そんなのなくても大好きな人が一緒にいてくれるだけで十分幸せだってわかったから、ね?」
 言いながら光は、俺の額にキスを落とした。どこかほっとする反面、複雑な想いも痼り残る。
 一緒にいるだけで。それを光に教えたのも、結局は和なのではないだろうか。血の繋がりなど関係ない、誰がなんといおうと、自分が兄と認めたならば兄だ。いつぞや、俺にも言ったように。

 昔の光を見たいと思っていたのに、目に入る量が多いせいかどうにも和の存在を捉えてしまっている。ならば、「和と共に暮らしていない」頃の光を。
「なぁ、モデル時代の写真は?」
「え? うーん、それならアルバムじゃなくてこっちかな」
 分厚いアルバムの束の下に隠れていた、一冊の雑誌を光は取りだした。
「一応写真集とかもあったんだけどね?」
「えっ?!」
「な、何、その驚きよう。これでも人気モデルだったんだから」
 ファッション誌などまったく縁の無かった俺には無論知る由もないが、そこまで有名だった人間が今自分の隣にいるということにとてつもない違和感を感じる。それとも、人気など所詮時の流れに消費されて、現代ではいちいち意識するのも馬鹿らしいものなのだろうか。
「あぁ、あった。これこれ」
 開いたページには、やや斜に構えた目線の今より少し幼い光と、同じ歳くらいの碧眼が美しい外国人の少年。髪は二人共金色だが、もう一人の方は光のような染髪ではないだろう。
「あ……」
 その顔に、見覚えがあった。苦い記憶を伴って。
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