イツマデモ君トコノ星ヲ

縹トヲル

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第二章

彗星・7

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「やっぱり、泊まるってのぁ抵抗あるか」
 重ねて聞いたのは、今こうして共に風呂に入っているこいつの様子が、最初に同じ事を問うた時とあまりに乖離している印象があったからだ。
「うぅん?そうじゃない、んだけど」
 首を振って否定してからほんの少し間を置き、和宏は言葉を選ぶように言った。
「結局、俺がわがまま言ったんじゃないか、と思って。慈玄、なんか寂しそうに言ったから。鞍がいなくなったら、こんな広いところに慈玄が一人きりになる、ってことくらい想像ついたはずなのにさ。それなのに、そんなわがまま言った俺が一晩くらい一緒にいたからって、慈玄はまた一人の生活に戻るんだ、と思ったら……なんだか申し訳ないような気持ちになって」
 湯気が立ち上る水面に目を落とし俯く和宏を見つめながら、俺は別の意味で衝撃を受けていた。
 俺はあのとき、それほどまでに懇願するような顔をしていたのか、と。確かに、こいつにいて欲しいと願った。が、決して単なる寂しさ故ではない。それどころか独りでいることなど、妖にとっては極々自然な事象である。にも関わらず、少しでも永くこいつに傍にいて欲しいと無意識にも望んだのだ。それが表情となって、この少年に気付かれるほどに。
 和宏に言われ、俺はますますこの自らの気持ちの正体を知りたくなった。一見普通の、どこにでもいる人間の少年に、己は何を求めているというのか。

 今すぐに、でなくても構わない。だがなんとしても見極めたい。そして出来うるならば、それを手にしてみたい。
「あ、あぁいや!そうか、寂しいように見えたか。確かに、鞍とは半年間ずっと一緒にいたからな。けど、お前がわがまま言ったなんて、俺は思ってねぇぜ?むしろ、俺一人何を言ったところで他との関わりを持とうとしなかったあいつに手をさしのべてくれたことに感謝してるくれぇだ。まぁでも偶にゃ、また誰かがここにいてくれんのも悪かねぇなー、と思ってちょっと言ってみただけだよ。御覧のとおり、部屋はあり余ってるしな」
 取り繕うように、慌てて弁明する。無駄に饒舌になった。ぎこちない言い訳だったが、こいつは納得してくれたようだった。
 和宏は和宏で「家族」というものへの想いが強くあるがために、一人でいる俺への罪悪感を強く感じたのだ。
「そ、か。んじゃ、たまに兄貴や鞍とも一緒に、この寺に泊まるよ。みんなでいた方が楽しい、もんな」
 そういう和宏の返答は、しかしどこか上の空で聞き流してしまった。
 先程の衝動……自分が、和宏に求めるものの正体を思い巡らし……「上がろう」という言葉を発することさえ忘れていた。和宏の抜けるように白い肌が、完全に紅潮し染まっているのすら気付かずに。

 ぱちゃ、という音で我に返る。
「?! ちょ、お、おい、大丈夫か?!」
 沈みかけた背中を慌てて抱き支える。自分から上がる、という言葉を発する機会も失ってのぼせてしまったのだろう。はぁはぁと、荒い呼吸を繰り返す和宏。すっかり熱くなった身体を抱き上げ風呂場を出た。簡単に浴衣を引っかけ、座敷に向かう。
 いくら思考に耽っていたとはいえ、とんだ過失に、我知らず歯噛みする。
 布団を敷き、火照った身を横たえる。ぼんやりと目を開いた少年は、吐き出す息に詫びを交えた。
「……ご、ごめ……」
「いや、俺の方こそ悪かった。ちょっと考え事をしてて、お前を気遣ってやれなかった。すまねぇな」
 浴衣に袖を通してやりつつ、こちらも謝る。ゆる、と首を横に振りつつも和宏はまだ苦しそうだった。
 冷水に浸したタオルで額を冷やし、座って一時様子を見る。
「無理に起き上がろうとしなくて良いから。光一郎たちには俺から連絡する、ゆっくり休め」
 かけた言葉に、和宏は素直に頷いた。
 未だ荒い呼吸音が、畳敷きの部屋に響く。もう何度目か、絞り直したタオルを再び額にのせながら、またぞろ先程の想いが脳裏に翻る。

 いっそ自らのもの、としてしまえば、その正体の端緒は見えるだろうか。

 不意に閃いた考えは、やがて衝動的な感情となって己を支配した。衝迫的な感情は、保っていた理性とかつての行為への後悔をも薄れさせ、抗いがたい欲望となる。
 和宏は、いつしか呼吸を寝息のそれへと変えていた。大分落ち着きはしたものの、依然として薄紅色に染まったままの肌が、浴衣の合わせから視界に入る。
 そ、っと触れてみる。熱い。しかしその熱さに触れたはずの自分は、なぜか背中にぞわりと、粟立つようなものを感じていた。
 手に入れて、みたい。この身体の奥底に潜む光を、その、力を。
 俺は蜜に吸い寄せられる蜂のように、和宏の首筋へと唇を近付けた。
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