イツマデモ君トコノ星ヲ

縹トヲル

文字の大きさ
上 下
17 / 191
第二章

彗星・6

しおりを挟む
◇◆◇

 和宏は、その言葉にひどく狼狽えていた。一瞬驚いて眼を見開き、どう答えたらよいか逡巡するように視線を泳がし……ほんの数秒、ではあったが永劫の如く感じ……ようやく、ぼそり、と口を開く。
「うぅん、いいよ。ちゃんと帰れるから」
「鞍のこと、気にしてんのか?」
 そう問うたのは、こいつが多分、俺と鞍の関係になんらかの疑念を感じているらしいと踏んだからだ。詳しく説明していないし、和宏本人も漠然と、ではあるだろうが、俺が鞍に特別な感情を懐いているとは薄々勘づいているのだろう。俺自身、その感情がどういう主旨のものなのか名前を付けられなくても。
 頷くでもなく、目を逸らし口ごもるように相手が答える。
「うん。それもある、けど……」
「けど?」
 屈んで顔を覗き込むと、和宏は微かに赤面している。
「な、なんでもない!!とにかく帰るよ、鞍も兄貴も心配してるかもしれないし!」
 そこまで拒否されては、無理強いする事もできない。ふ、と息を吐き、別の提案をしてみる。
「なら、風呂くれぇ入っていけ。どっちにしろ遅くなったし、帰るなら送ってっから」
 あと小一時間ほどで今日という日も終わる、といった時刻だ。妖の俺が言うのもなんだが、未成年一人を人気の無い夜道に放り出すのはいくらなんでも憚られる。

 まぁ、確かに。
 こいつにとって俺はいまだ、得体の知れない相手であるのだとは思う。ただの人間、と見ているにしたとしても、所詮は「鞍の保護者的な存在の寺の住職」という程度の認識だと推察する。他のことはまだ何一つ話してはいないのだし。
 同時に、俺もこいつのことを詳細に知っているわけではない。ただなんとなく、惹かれるより他は。
 しかしだからこそ。もっと深く、知ってみたいとも思う。自分がこの少年に強く惹かれる理由を。自らが、無意識のうちに求めて止まぬものを。

「……あ、うん。じゃあ、風呂だけ入って帰る」
 どこか諦めたように、和宏が言った。俺が真顔で引き止めるような真似をしたから、若干警戒したのかもしれないなと省みる。
「なんなら、一緒に入るか?」
 だから、冗談めかしてそんなことを口にしてみる。照れて断るかと思いきや、返ってきたのは意外にも了承の頷きだった。
「え?うん、それは別に構わないけど。あ、なんなら背中流すよ」
 なんてことまで言うので、逆に面食らう。
 それもそうか。いくら可愛らしい顔付きをしていても、こいつは男だ。男同士で風呂に入るくらいは、なんとも思ってないのだろう。
「そうか。じゃ、頼むかな」
 くす、と思わず笑いが漏れる。応えるように和宏も、再び笑顔を見せた。

「ほんと、慈玄の背中広いよなー」
 言いながら、和宏は楽しそうに俺の背中を流す。泊まれ、と口にした時に見せた戸惑いが嘘のようだ。元々、こういうこと自体は好きなのかもしれない。
 浴室も前住職が亡くなって後、手を加えた。といっても、湯船を檜にして少々面積を広げた程度だが。贅沢だろうかとも考えたが、これも現代風の人工素材にはどうしても馴染めなかった。身体の疲れを癒す入浴だ、なるべく慣れ親しんだ木材製のものにしたかった。
 水回りのタイルや板張りは、手入れを怠らなければ思いのほか劣化が少ない。古い銭湯や温泉宿の浴場が、多少の修復のみで現役活用されていることでも明白ではあるが。
 なので他は、継ぎ足す程度に留めた。決して広大、とは言えない個人宅の風呂場なのだが、少々改装したおかげで浴槽も洗い場も、俺のような体格の者でもゆったり寛げるくらいの空間はある。
 和宏にとっては、こんな風呂でもやはり珍しかったらしい。
「ちょっとした旅館の風呂みたいだな!」と、明るい感嘆の声を上げていた。
「俺も、慈玄みたいながっしりした体つきになりたい、って思うよ。バスケしてるし、筋トレとかもやってるつもりなんだけど、なかなか思うように筋肉つかなくてさぁ」
 程良い力加減で背を擦りつつ、心底羨ましそうに話す。
 そういう和宏は確かに、どちらかといえば華奢な部類だ。ひょろひょろとしている訳ではないが、肩幅もさほど無いし、腕や脚も細い。俊敏そうではあるが、力任せで何かをするというタイプには到底見えない。肌の色も白い。
「はは、いいじゃねぇか。バスケなら速さも大事だろ?重量は軽い方が都合がいいんじゃねぇのか?」
「そうなんだけどさ」
 どうやら、若干なよっているように見られる自分に劣等感があるらしい。自分としては、もう少し男らしくありたいのだろう。

 こうして、他愛のない会話を楽しむ。

「家じゃ、こんなふうに誰かと一緒には入らねぇのか?」
 ふと思い立って、聞いてみる。
「うん。兄貴は異様にベタベタしてくるから鬱陶しいし、鞍には、絶対嫌だって断られちゃった」
 なるほど。鞍は、幼い頃から集団行動を徹底的に避けていたと稲城に聞いた。本来ならば、学校の行事などで風呂に大人数で入ることもまったく無くはないのだろうが、あいつにはそう
いう選択肢はなかったのかもしれない。俺とも、風呂など断固として一緒に入ろうとはしなかった。着替える姿も誰にも見せたくないといわんばかりに、隠すようにして手早に済ませる。
 鞍とて当然男同士なのだから、いわゆる「恥ずかしい」という概念とは少し違うのだろうと思う。それよりは、「肌を晒す」ことがすなわち「己の本質を晒す」という意味に通じていると考えていた節がある。
「それに」
 ぽつり、と付け加えるように和宏は言葉を続ける。
「うちさ、父親が忙しくて、一緒に風呂とかあまり入らなかったから。誰かの大きな背中を流すなんて記憶、あんまり無かったんだ。だから、ちょっと憧れてて」
 斜めに振り向きその顔を見ると、恥じ入るように苦笑している。
「兄貴が来た頃はしてたんだけど、それでも、こんなに大きくはなかったから」
 両親の不在は、理解してはいてもこいつにとってはやはり寂しくもあったのだろう。鞍の事も「友達」ではなく「兄貴」に、と言ったのは、「家族」という繋がりに潜在的な拘りがあるせいかもしれない。同じように、孤児として引き取られた光一郎を見ていたなら尚更。
 妖である俺にとっては、想像はできても正確に理解し得る感情ではない。あくまでも長らく生きてきた中で、人間達のそれらしき「情」というものを目にし、推測しているに過ぎない。間違っても、己の感情ではないのだ。だからこそ……無残な罪も犯した。
 和宏のその告白を自分のような者が聞き、あまつさえその「憧れ」の代替えとなっていることに、いささかの罪悪感を感じて黙り込む。
 なにか拙い事でも言ったかと気にしたのか、おずおずと和宏が言葉をかけた。
「あ、終わった……よ?」
 我に返り、返事をする。反対に和宏の背中を流してやってから、二人で湯船に浸かった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

首輪 〜性奴隷 律の調教〜

M
BL
※エロ、グロ、スカトロ、ショタ、モロ語、暴力的なセックス、たまに嘔吐など、かなりフェティッシュな内容です。 R18です。 ほとんどの話に男性同士の過激な性表現・暴力表現が含まれますのでご注意下さい。 孤児だった律は飯塚という資産家に拾われた。 幼い子供にしか興味を示さない飯塚は、律が美しい青年に成長するにつれて愛情を失い、性奴隷として調教し客に奉仕させて金儲けの道具として使い続ける。 それでも飯塚への一途な想いを捨てられずにいた律だったが、とうとう新しい飼い主に売り渡す日を告げられてしまう。 新しい飼い主として律の前に現れたのは、桐山という男だった。

壁穴奴隷No.19 麻袋の男

猫丸
BL
壁穴奴隷シリーズ・第二弾、壁穴奴隷No.19の男の話。 麻袋で顔を隠して働いていた壁穴奴隷19番、レオが誘拐されてしまった。彼の正体は、実は新王国の第二王子。変態的な性癖を持つ王子を連れ去った犯人の目的は? シンプルにドS(攻)✕ドM(受※ちょっとビッチ気味)の組合せ。 前編・後編+後日談の全3話 SM系で鞭多めです。ハッピーエンド。 ※壁穴奴隷シリーズのNo.18で使えなかった特殊性癖を含む内容です。地雷のある方はキーワードを確認してからお読みください。 ※No.18の話と世界観(設定)は一緒で、一部にNo.18の登場人物がでてきますが、No.19からお読みいただいても問題ありません。

男子学園でエロい運動会!

ミクリ21 (新)
BL
エロい運動会の話。

とろとろ【R18短編集】

ちまこ。
BL
ねっとり、じっくりと。 とろとろにされてます。 喘ぎ声は可愛いめ。 乳首責め多めの作品集です。

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

ドSな義兄ちゃんは、ドMな僕を調教する

天災
BL
 ドSな義兄ちゃんは僕を調教する。

エレベーターで一緒になった男の子がやけにモジモジしているので

こじらせた処女
BL
 大学生になり、一人暮らしを始めた荒井は、今日も今日とて買い物を済ませて、下宿先のエレベーターを待っていた。そこに偶然居合わせた中学生になりたての男の子。やけにソワソワしていて、我慢しているというのは明白だった。  とてつもなく短いエレベーターの移動時間に繰り広げられる、激しいおしっこダンス。果たして彼は間に合うのだろうか…

【R18】孕まぬΩは皆の玩具【完結】

海林檎
BL
子宮はあるのに卵巣が存在しない。 発情期はあるのに妊娠ができない。 番を作ることさえ叶わない。 そんなΩとして生まれた少年の生活は 荒んだものでした。 親には疎まれ味方なんて居ない。 「子供できないとか発散にはちょうどいいじゃん」 少年達はそう言って玩具にしました。 誰も救えない 誰も救ってくれない いっそ消えてしまった方が楽だ。 旧校舎の屋上に行った時に出会ったのは 「噂の玩具君だろ?」 陽キャの三年生でした。

処理中です...