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特等席からの贈り物

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あの子に今日また逢えた。

数少ない電車のBOX席。右手の窓から進行方向が見渡せる席が、あの子の特等席になっている。



いつも決まった時間、決まった場所で俺は電車を待つ。
何も考えずただボーッと満員電車に揺られているだけだ。
人の流れに逆らい今の場所に留まろうと頑張るヤツ、相変らず新聞紙をガサガサ広げて読むヤツ、少しでもぶつかると怪訝な顔で睨みつけるヤツ。
そんなヤツらにムカつき、行き場の無い怒りを押し殺す荒んだ朝。
不毛な通勤に時間を費やす俺にイラついている。



今日もまた、決まった時間、決まった場所から電車に乗り込んだ。
人波に押され立ち止まったBOX席の前。ふと、寝ている乗客に目が止まった。
飾り気がなく目立つ存在ではないが、ただ、マスクに覆われた顔立ちが素敵に見えた。
胸まで伸びたストレートの黒髪は朝日を受けて虹色に反射し美しく輝いてる。
悟られない様にその姿をじっと眺めていた。
周りは汗臭いおやじばかり、ちょっとした気分転換になった。



次の日、満員の人で埋め尽くされた隙間からちらりと昨日と同じ場所にあの子が眠ている姿を見ることができた。
日を追う毎にいつしかあの子のことが気になり始めていた。
何時もの席にあの子が見当たらないと他の席も探すようになった。
でも、あの子がいる時は何時もあの席だった。
あの場所があの子の特等席なのだ。

今日は、あの子がいる特等席に近づくことが出来た。
黒いボア地のアウタージャケットにジーンズ、肩からアディダス似のロゴが入った小さなショルダーバックを首からさげている。
これと言って特徴が見当たらないあの子、何処にいても見わけられるように顔立ちや、髪型、持ち物、後ろ姿を頭の奥深く刻み込んだ。



今日もいるのかな?とワクワクしながら電車を待つようになった。
会えない日があるとその日一日がすごく冴えなかった。

でも、あの子に会えるのはほんの一瞬。会えた瞬間、胸が熱くなる。
そしてムカついた心をその素敵な姿で癒してくれる。
不毛だった通勤時間に花を咲かせてくれる。
そんなあの子の魅力に俺は取り憑かれてしまった。
一方通行の関係なんていつまでもつづくわけが無かった。
少しでも長くつづくことを願ったが、やはりそんなに甘くは無かった。

いつの間にか、またいつものように満員電車にゆられ何の価値もない時間を費やし冴えない毎日に戻ってしまった。




数ヶ月たったある日のこと、それは何時もの場所から乗った電車の中だった。
違ったのは今日は祝日で乗る時間が違う。乗客もまばらだ。
空いてる席を無視し、いつものBOX席まで来ると席が一つ空いていた。その席は、特等席の斜め向かい側だった。その席から特等席に目を向けると、若い男が眠ているのだが、見覚えのある何かロゴの入った小さなショルダーバックを首から提げていた。
もしや、あの子と同じバック?あの子と同じバックを持ってるなんて偶然としか思えなかった。
気になったのでその男の様子をうかがっていると電車が停車した。あの子が何時も降りていた駅だった。
すると、その男は目を覚まし慌てて立ち上がり降りようとしたその時、頭の奥に仕舞い込んでいたあの子の記憶がよみがえった。その後ろ姿が、あの子の後ろ姿と同じだった。

ま、まさか、あの男が・・・あ、あの子?そんなはずはない、だってあの子は女だ。しかも髪は長かった。
もしもあの子が男だったら、あの時、熱くなった気持ちはどうなるんだ?、俺との関係は?と自問たが、答えなど出るはずもなかった。
あの子が男だったなんて、信じたくも無い。混乱し動揺が隠しきれない。

あの時に刻んだ記憶はもう忘れかけているのか?その事を確かめることは不可能だし、あの男があの子だという確証はない。
俺はあの子の幻を見てしまったのかも知れないと自分に言い聞かせた。
あの子の正体は、あの時、俺の頭に刻み込んだ記憶が全てだ。間違えるはずはない。
またいつか、あの特等席にあの子が戻って来ることを待ち続けることにした。
そして荒んでいた時間を取り戻すため俺は新たな出会いを探し始めることにしたのだった。

おわり
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