hide and see

あき

文字の大きさ
上 下
24 / 26
嫌いな先生

7

しおりを挟む
「鳴さん。源さんから鳴さんが街で歩いてたって聞いたのだけれど」

2人っきりの食事中に母さんが静かにそう言った。心臓が鷲掴みされたかのようにキュッとなり痛む。

「最近は学校で勉強していたので見間違いだと思いますよ。制服を着ていれば皆同じように見えますしね」

ニコリと笑って鮭の腹を切り分ける。綺麗な紅色の鮭はこの人を見ているようだ。何も知らない無垢な、少女のような。純粋な子供のような。何も知らないまま生きてきたこの人のようで、吐き気がする。

「そうですか。……そうですよね。鳴さんがカラオケに入っていくのを見たって言ってたからびっくりしたのよ」

「僕じゃありませんよ」

僕じゃない。
嘘をついた。この前クラスメイトにカラオケに誘われたので行ったのだ。そこを運悪く源さんとやらに見られてしまったのだろう。なんてお節介な源さんだ。わざわざ母さんにそんなことを吹き込むとは。義父さんはこの純粋な少女に誰を近づけているのだろう。ずっとこの純粋な母さんをこの家で守っているくせに。

「気が気でありませんでした。もし鳴さんがそんな場所に行って勉学を疎かにしていたら進さんに申し訳がたたないわ。よかった。」

1度、カラオケ行ったくらいで成績が落ちるわけが無いのに。そんなことはこの人には関係ないのだろう。純粋無垢で潔癖症なこの人には全てが汚らわしく1度触れてしまえば終わりだと思っている。きっと自分がそうだったから。

母さんはあからさまにほっとした表情でようやく箸を取って食べ始めた。

家族と囲む食卓に暖かい食事。何も不幸は無い。それなのにこんなにも息が詰まるのはなぜなのだろうか。ずっと息ができずにもがいている。

あの担任の言葉を思い出す。

肩の力を抜いていいのよ、と。

肩の力を抜いていいのなら。抜いていい、そんな場所があるなら教えて欲しかった。
しおりを挟む

処理中です...