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治癒の国『ハイレン』〜大切な人を癒す為に〜

第100話

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「志願制を導入している我が国からすればそうかもしれませんね。ただそれらの国では徴兵制が根付いているのでその歳になると兵士になるのは当たり前という事でしょう。
 ただ少し問題があるのも事実です。『ヘリオス』に関しては領土問題もあり徴兵の期間を伸ばしたり、覚醒者で編成された部隊を他の国の国境付近に展開しては戻してを繰り返しております。
 もしかすると周辺の中小国と8大国の一角が全面戦争なんて事にもなりかねないですね」


「あー……なんかメイドさんに聞いた気がしますね。救援要請とかも受けてるんでしたっけ?」


『ハイレン』へ向かう時にメイドから聞いた事だ。この話をされて思い出した。
 

「そこまでご存知でしたか。その通りです。『ヘリオス』は覚醒者と兵士の数は世界トップです。神覚者の人数は『エスパーダ』の7人に次いで5人います。
 Sランクに関しては我が国の5倍以上、40人以上いるとしています。正確な数字ではないでしょうけど、完全に嘘ではないと思います。さすがは8大国の一角と言ったらところですね」


 モンスターという敵がいるのだから国同士仲良くやればいいのに、とレインは思った。
 

「そんな所と戦いたくはないですね。そういえば『決闘』にもヘリオスのSランクが出てましたね。一瞬で殴り飛ばして勝ちましたけど。…………ちょっとギルド名も相手の名前も覚えてないです」


 なんか炎を使ってたような気がするくらいしか覚えていない。
 女性だったけど、盾で殴って気絶させたんだよな。あの後、心に若干のダメージを負ったんだ。


「そうなんですね。……まあそうですね。まとめると今世界は色々な問題を抱えています。問題がなかった時はないんですけどね。国同士の問題や増え続ける上位ダンジョン、そして攻略の目処も立たない最難関のSランクダンジョンなど様々です。
 しかしそれらを解決できる上位ランクの覚醒者たちはそこまで増えていません。だから全ての国々はありとあらゆる手を使って他国のSランク覚醒者や神覚者を招聘しようとしているんです」


 その言葉を発した後にシャーロットはレインを真っ直ぐ見つめる。そして深呼吸を1回だけ行いレインを強い視線を送る。

「このような場で言うのはとても心苦しいですが、言わせてください。既に他の国からも多くの要請を受けた事でしょう。レイン様が行くとご決断するのを我々に止める権利はありません。
 ただ……レイン様、我々に出来る事であれば何でもします。だからこの国に残ってほしいんです。
『決闘』に初めて参加しながら、そのまま優勝されるような御方を世界が放っておくはずがありません。きっとこれからも数多くの誘いを受けるでしょう……でも……その……」


 この国では他の大国が差し出せる以上の物を約束できないんだろう。
 お金や地位に関しては神覚者となった時点で問題ない。女性には耐性がないから言い寄られても困る。


「大丈夫ですよ。俺もこの国が嫌いって訳じゃないです。エリスもここを気に入ってるみたいですし、ここに居るつもりです」


「そ、そうですか……ありがとうございます」

 シャーロットはホッとしたように息を吐いた。ニーナも同じような動きをする。既にこの国ではレインという存在がかなり大きくなりつつあるようだ。


 レインがこの国に居るという結果が周囲を安堵させた時だった。


「お兄ちゃん!」


 この声をどれだけ聞きたかったか言葉で説明するのは難しい。レインはその声の方向を向いた。


 クレアに手を引かれてエリスが入ってきた。起きてすぐ来たわけではないようだ。起きてからちゃんと準備してきたのだと分かる匂いがした。


 エリスは片手をクレアに引かれながら、もう片方の手を前に出しながらレインへ向けて歩く。


 レインは迎えに行かずあえて待った。エリスからレインがいる場所まで歩くんだという意思を感じたからだ。


「エリス……帰ったよ」


「お兄ちゃん!おかえりなさい!」


 すぐ目の前まで来たエリスを抱き上げた。この瞬間をどれほど待っただろうか。挨拶も必要ない。全てはエリスを治してからだ。


 エリスをゆっくり降ろしてから椅子に座らせる。エリスはレインの右手を両手強く握っている。エリスもその時が来たのだと察していた。


「…………エリス、これを飲んでくれ。これで治るはずだ」


 レインは収納していた神話級ポーションを取り出してエリスの手に持たせた。
 手の中に収まっているのにも関わらず黄金の輝きは大広間全体を照らした。


 その光だけでこのポーションが他で手に入るポーションを遥かに凌駕する力を持っていることは容易に想像できた。割れる事のないように魔法の力が込められた瓶に入れられている。


 レインはその蓋を引き抜いた。その瞬間、瓶からはポーションと同じ黄金の魔力が溢れ出した。魔力を色で捉えるレインは目を逸らした。それほどの光だった。


「……お兄ちゃん…本当に飲んでもいいの?」


 その輝きは周囲を動揺させた。それがエリスにも伝わってしまったようだ。


「ああ、ごめんな。大丈夫だ。ゆっくり飲んでほしい」


「うん」


 エリスは黄金のポーションを飲んだ。止まる事なく一気に飲み干した。


「エリス?どうだ?変化はあるか?」


「…………お兄ちゃん」


「エリス?」


 エリスの手から瓶が落ちた。静まり返っていた大広間の中に甲高い音が響き渡った。


「……うッ……あ、熱い……お兄ちゃん!熱いよぉ!」


「エリス!!」
「お嬢様!」
「エリスさん!」


 エリスは自分で自分の身体を抱きしめるようにして膝をついた。アメリアやクレアもほぼ同時にエリスへと駆け寄った。レインはエリスの肩に触れる。


 "熱い?熱いってなんだ?!体温も色も普通だ。……まさか神話級ポーションじゃなかった?ハイレンの罠?いやあのポーションの魔力は本物だった"


 レインにはこの状況をどうする事も出来ない。そこに一歩遅れて阿頼耶とロージアが駆け寄ってきた。


「私が回復スキルで……」


「待ってください!回復スキルは病気にも作用します!治癒スキルの方が……」


 この状態のエリスに回復か治癒、どちらを使えばいいのかも全く分からない。
 

「落ち着きなさい!」


 シャーロットの声が狼狽えるみんなを一瞬で鎮めた。


「レイン様!貴方はこの子の兄なのでしょう?そんな貴方が1番狼狽えてどうするのですか!」


「…………………………」


 返す言葉がなかった。1番不安と恐怖で押し潰されそうなのはエリスだ。苦しいのに目も見えない状況で周囲はただ騒然とする。


「まずは熱いと仰ってます!水と身体を冷やすための布を持ってきなさい!それでダメなら氷雪系の魔法を使うんです。ロージアさんなら使えますよね?」


 シャーロットはロージアを見て確認する。
 

「は、はい……ダンジョンで使えるような物ではありませんが……温度を少し下げるくらいのものでしたら……」


「それで充分です。もしこの状態が続くのであれば限りなく魔力を抑えて……」


 シャーロットが言い切る前だった。レインの腕の中で小さな呻き声を上げるエリスに変化があった。


「………うぅ……お兄……ちゃん……うあああッ!!!」


「エリス!!」


 その時、エリスから黒い煙が飛び出した。その煙はまとまり天井を這うように移動し、1つのテーブルの上で浮遊している。
 全ての光を吸収するような真っ黒な煙の塊だ。


 その煙が抜けたと同時にエリスは後ろへ倒れ込んだ。それをアメリアとシャーロットが受け止める。


「何だあいつは?」


 サミュエルが口を開くが答える者はいない。


「エリス!!」

 レインは突如出現した黒い煙に警戒しながらもエリスへと駆け寄る。しかしすぐにシャーロットとアメリアが制止する。
 
「体温、呼吸共に問題ありません!気絶しているようです!……おそらくその煙がエリスさんの病気の原因です。もしかすると寄生型のモンスターかもしれません!」


「…………アイツが」


 シャーロットの言葉にレインの感情は一気に沸騰する。その言葉が真実がどうかは分からない。
 ただ神話級ポーションを飲んで苦しんだエリスから飛び出してきた得体の知れない黒い煙。あれがエリスにとって良い物だとは到底思えない。


 レインは刀剣を召喚し構えた。剣で斬れるものなのかは分からないが、兎に角ぶった斬らないと気が済まない。


 レインの行動を見た他の覚醒者たちも一斉に臨戦態勢となる。


 そしてそれに合わせるように黒煙が形を変えた。


「おい……何だこいつは?モンスターか?」

 サミュエルがまた口を開く。その問いにも答える者はいない。

 レインたちの目の前には1体の人型のような黒いモンスターが出現した。手足は枯れ木のように細く、身体もかなり痩せ細っていた。
 ただ両手の指は長く鋭利な刃物のようになっている。触れれば切り傷だけでは済まないだらう。
 頭の部分にあたる所は黒い球体があり、目も鼻も口もないただの球体だ。
 

 翼もなく、大きな魔力も感じないのにフワフワと宙に浮いている。


 全員の視線が集中している時、そいつは突然動いた。1番近くにいたステラへ向けて突進した。物凄いスピードだ。ステラは反応すら出来ていない。


 鋭利に伸びた指がステラの頭目掛けて突き進んだ。

 

 
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