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炎の国『イグニス』〜今こそ覚醒の時〜
第34話
しおりを挟む周囲の歓声を聞いて、時には涙を流しながら喜ぶ人を見てもレインはどこか冷めていた。
"何だこいつら?今まで人をゴミのように扱ってきたのに、俺がそうなったら手のひら返してきやがって……"
レインの中に黒い感情が芽生える。1度芽生えてしまうとなかなか消せない感情だ。こんな時、どうすればいいかレインは知らなかった。耐えることに慣れすぎたせいだった。
「レインさん、おめでとうございます!」
ニーナが駆け寄り祝福の言葉を述べる。それすら素直に喜べない。
「ありがとうございます。ではダンジョンに行きましょうか」
「……レインさん?……え、ええ行きましょうか。神覚者の認定証は完成までに数日かかるらしいので先にダンジョンの方を終わらせるのは得策です」
「はい、あとダンジョンに関しては感謝してます。ただ攻略は俺1人で行きます」
レインの言葉にニーナは驚愕する。
「な?!流石にそれは無茶です。Sランクにも出来る事と出来ない事があります。レインさんは相当な強者ですが、無敵ではありません。……それに万が一何かあった時……神話級ポーションを飲ませたい人が残されてしまいますよ?」
その言葉でレインは我に返った。
「すいません。ではダンジョンへの案内をお願い出来ますか?」
嫌な感情で支配されるのは良くない。これまでの扱いとの差から卑屈になってる。今後の反省点としなければ。
「お任せ下さい!」
この場で国内最強……世界屈指のパーティーが完成した。Sランク4人と神覚者で構成されたパーティーだ。その異様な光景から誰もレインに話しかけられなかった。
◇◇◇
Aランクダンジョンを効率よく周るためには全員で馬車に乗って移動する。馬車といっても荷物をのせるようなものではなく王族が乗るようなものだった。
馬は4頭いて馬車の中は豪華絢爛だった。向かい合う長椅子はそれぞれ3人ずつが座れて、フカフカで移動しているはずなのに振動をあまり感じない。
馭者は『黒龍』ギルドのAランク覚醒者1人と阿頼耶が務めている。阿頼耶も同じパーティーなのだから中に入るよう言ったが、ここが良いと頑なだったのでその場所にいてもらう事にした。そしてさらにこの馬車の前後を覚醒者の騎馬隊が何人か並走しながら護衛する形で陣を取っている。
このレベルの護衛ならこの馬車に乗るのは戦闘能力がない王族や貴族になりそうだが、実際に中にいるのは全員がSランクという異様さだ。
盗賊なんかがこの馬車を襲うような事があれば本当にご愁傷様だ。
そんな馬車に揺られながら会話が始まる。
「まずは自己紹介ですね。私は……もう必要ありませんね?他のみんなもレインさんに関しては簡単に説明はしています。ではリグドからお願いします」
レインに向かって右側に座る男が話す。魔法の道具であるメガネをかけている。
「かしこまりました。私はリグド・アレンカール。『黒龍』所属の……はもう分かりますね。職業は『魔法射手』を修めております。主に遠距離支援に特化してます。よろしくお願いします」
覚醒者同士の自己紹介は基本的に名前と職業を伝える。職業である程度のスキルや立ち回りは理解できるからそれだけで充分だった。
「では次は私ですね。私はロージア・クラウェルと申します。職業は『高位神官』です。回復や治癒、肉体強化系のスキルは大抵使えます。反対に相手を弱体化させるといったものは使えませんのでダンジョン攻略時には期待しないで下さい」
ニーナの黄金の髪と対をなす銀色の髪の女性だ。常に優しく微笑むような表情をしている。見ているだけで周囲が和みそうだ。
「……俺か。俺はレガ・アルネイア。見ての通り『暗殺者』だ。俺はモンスターではなく人間を相手にする事が多い。だからダンジョン内では俺の存在は忘れてくれていい。以上だ」
レガが見ての通りと言ったのは腰からは短剣を下げている。フードを被っていて顔の全容は分からない。しかし声から男だと分かる。フードからは茶色の髪の毛が少し垂れている。
「相変わらず愛想がないですね。だからあなた指名の依頼が少ないんですよ?」
ニーナが揶揄う。それに反応して2人もクスクスと笑う。これだけで普段の関係性の良さが伺える。
「うるさい。放っておいてくれ」
「ふふふ……さてもうすぐ着きますね。レインさんも心の準備をお願いします」
「あ…はい、分かりました」
そして始まるAランクダンジョンをSランク覚醒者のみで攻略するという世界的に見ても珍しい情景が。
◇◇◇
「それでは皆さん武装はちゃんとしましたか?以前うち所属の覚醒者がポーションを忘れるという馬鹿なことをしたらしいので一応確認です」
「はーい!」
ロージアが元気に手を上げながら返事をする。神官というだけあって純白の神官服に自分の身長と同じくらいの金色の杖を持っている。
「はい」
リグドは落ち着いた返事をする。装備は人差し指と中指を包み込むように鉄の爪のような物を付けている。あれで指向性を持たせて攻撃魔法を発射するんだろう。
「いつも装備してる」
レガは言葉の通り短剣を2本腰から下げている。あとは脚や腕に革と金属を織り混ぜたような防具を付けている。出来るだけ身軽になりたいんだろう。
このダンジョンには阿頼耶も連れて行く。レインが強くなったからといって阿頼耶が離れる事はない。あるとすればエリスの護衛くらいだと思う。
「では行きますよ?魔力測定の結果では、ここはAランクでも中位くらいです。油断しなければ問題ないと思いますが、Aランクに変わりはありません。どんなモンスターにも全力で行きましょう!」
ニーナがこのパーティーのリーダーとして一応の指揮を取る。だが、それは緊急時だけとの事。基本的にはレインが1人で攻略することになっている。……というかしてくれている。
規定ではダンジョンの攻略隊として名前を登録していれば問題ない。しかし他のSランクたちに神覚者であるという証明をする必要がある。
魔力だけでなくスキルや能力でも見せつけて納得させる必要があった。
全員の覚悟を確認してニーナを先頭にダンジョンへ入る。
『門タイプ』のダンジョンに入る時に毎度あるフワリと身体が浮く感覚がした後に着地する。
「ここか」
ニーナが言葉を言い切る前だった。ビュンッ――という風を切る音と共に何かが飛んできた。それは真っ直ぐ一直線にロージアの顔目掛けて飛んできていた。
それをレインは横から掴みへし折った。飛んできていたのは木と鋼鉄で槍だった。手作り感満載で刺せるならそれでいいと言わんばかりの出来だった。
それでもあの速度で命中すれば防具を突破して身体を貫通するなんて余裕だっただろう。
「……これはこれは…とても歓迎されているようですね」
ニーナは落ち着いたままいつもの口調で話す。
「レインさんも助けていただきありがとうございます。ただ結界を張っていましたので大丈夫でしたよ?」
ロージアも汗1つかいていない。レインは飛んできた物を見てから反応したが、ロージアたちには既に警戒していてこうなる事が分かっていたかのような振る舞いだ。
魔力を持たない物理的な攻撃の察知はどうしても遅れてしまう。先程の槍のように手作りである物を力任せにぶん投げられるのがレインにとっては厄介だ。
「このダンジョンはオーガ共が支配しているようだ。魔法的な力は感じない。俺はここで別の客が来ないように待機しておこう」
そう言ってレガは入り口である転移門の横の壁に背中をつけてもたれ掛かった。
"というか何でオーガだって分かるんだ?俺なんてオーガ自体見たことないんだけど?"
「よろしくお願いします」
ニーナはその提案をすんなり快諾した。この人が言うならそうなんだろう――と言わんばかりの態度だった。
「ではここからレインさんにお任せします。ただ当然ですが助けない訳ではないありませんよ?勝手に手出ししないと言う意味です。言って下さるか、手に負えないようであれば介入します。
このダンジョンは複数のオーガがいるようです。彼らは魔法が使えない代わりに身体能力に特化しています。あの槍を掴んでへし折るレインさんなら心配ないとは思いますが、気をつけて下さい」
そう言ってニーナは手で誘導するようにレインを先に行かせた。武器は抜いていて臨戦態勢ではある。本当に言えば助けてくれるだろう。
そのSランクたちの後ろで阿頼耶も剣を構えている。
だけど今回はみんなの出番はないだろう。
"オーガか。1体だけでもそこそこ強いよな。沢山いるなら出来るだけ傀儡にしておきたいな"
レインは新たな傀儡を手に入れ更なる力を得られる予感にニヤリと微笑んだ。
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