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第97話「2022/10/11´ ①」
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祝日の月曜日は、ぼくはイズミとふたり、比良坂47のライブのDVDやジャングルプライムで映画を観たりして穏やかに過ごした。
今度のライブは一緒に行こうね、と約束した。
行ける日が来るんだろうか、と胸がちくりと痛んだ。
火曜日からは学校が始まった。
学校でちゃんと授業を受けるのはいつ以来だろうか。
前の世界では、この日に一度だけ登校したが朝のショートホームルームが始まる前に早退してしまっていた。
その前の世界でも、この世界で言うところの先週の金曜日がぼくにとっては最後の登校日になっていたと思う。
どちらの世界でも三連休が明けてからちゃんと授業を受けるのははじめてだった。
同じクラスには見知ったもいれば、全く知らない者もいた。
前の世界で、SNSで人気者だったロリコの正体はコヨミなのか、コヨミには妹がいるのか、とぼくに声をかけてきた二人組もいた。
日本史の授業の後、ぼくは棗弘幸(なつめ ひろゆき)という歴史教師を廊下で捕まえ、古事記や日本書紀について訊ねた。
ぼくたちが通う高校は、幼稚園から大学院までのエスカレーター式の私立学園の高等部なのは変わらなかったが、ヒラサカ学園高等部という名前から、病院と同じ「雨野比良坂学園高等部」という名前に変わっていた。
雨野比良坂学園はこの国の将来を担う人材を育成することを目的としており、教師たちは一高校の教師にしておくにはもったいないほどの学者が集められていた。
授業を受けただけで、その棗という教師もまた優秀な歴史学者だということがわかった。
最近は大河ドラマの人気にあやかって、民放各局がこぞって鎌倉時代や源氏や北条氏についての謎やミステリーを解明する特番を放送しているが、彼の授業はそういった番組に出てくる歴史学者のように、教科書にないことにまで詳しく、わかりやすいものだったからだ。
まるでこの国の正史と偽史のすべてを知り尽くしているかのようだった。
「神話は専門外だけど……」
と、彼は前置きした後で、
「でも神話は神々の話ではなく、実際にいた人の話を盛りに盛ったものだとぼくは考えているよ。
わかりやすい例だと聖徳太子だね。
同じ時代の王族で厩戸王(うまやとおう)という人は実在したけれど、信仰の対象にまでされていた聖徳太子の実在を示す史料は皆無で、架空の人物であるというのが今では一般的な考え方だろ?
神はね、人が作るんだよ」
そう言った。
「比良坂君が知りたいのは、イザナギとイザナミの、最初の不具の子と二番目の子についてだったね。
それは、ヒルコとアハシマのことかな。
古事記や日本書紀からもその記述がごっそりと削ぎ落とされた神のことを、高校生で知っている子がいるとは思わなかったな。
その二柱の神についての資料は、この世界には何故か何一つ残っていないからね」
この世界には、と彼は言った。
まるで他にも世界は存在し、別の世界ならばその資料は残っていると言っているかのようだった。
「先生はもしかして、前の世界の記憶が?」
ぼくが問うと、
「それは比良坂君の想像にまかせるよ」
と彼ははぐらかした。比良坂君と呼ばれることにはまだ慣れない。
「ぼくはまだ、この世界の歴史をすべて解明していないからね。
それまでは、この世界を生み出した存在に目をつけられるわけにはいかないんだよ。
どうやらその存在はこの高校にいるみたいだしね」
彼はイズミが、比良坂コヨミが転生し、姿はそのままに名を変え、前の世界の記憶を失った存在であることに気づいているのだろう。
もしかしたら彼は、前の世界に何台存在したかわからないレデクスの所有者のひとりだったのかもしれなかった。
「君のお姉さんのことを悪く言うつもりはないけれど、比良坂イズミさんには気を付けた方がいい。
彼女の機嫌を損ねるようなまねはしない方が賢明だよ」
何かあればいつでも連絡してくれていい、力になれると思う、と彼はぼくに連絡先を教えてくれた。
結局ぼくは、彼に連絡を取ることはその先一度もなかった。
今度のライブは一緒に行こうね、と約束した。
行ける日が来るんだろうか、と胸がちくりと痛んだ。
火曜日からは学校が始まった。
学校でちゃんと授業を受けるのはいつ以来だろうか。
前の世界では、この日に一度だけ登校したが朝のショートホームルームが始まる前に早退してしまっていた。
その前の世界でも、この世界で言うところの先週の金曜日がぼくにとっては最後の登校日になっていたと思う。
どちらの世界でも三連休が明けてからちゃんと授業を受けるのははじめてだった。
同じクラスには見知ったもいれば、全く知らない者もいた。
前の世界で、SNSで人気者だったロリコの正体はコヨミなのか、コヨミには妹がいるのか、とぼくに声をかけてきた二人組もいた。
日本史の授業の後、ぼくは棗弘幸(なつめ ひろゆき)という歴史教師を廊下で捕まえ、古事記や日本書紀について訊ねた。
ぼくたちが通う高校は、幼稚園から大学院までのエスカレーター式の私立学園の高等部なのは変わらなかったが、ヒラサカ学園高等部という名前から、病院と同じ「雨野比良坂学園高等部」という名前に変わっていた。
雨野比良坂学園はこの国の将来を担う人材を育成することを目的としており、教師たちは一高校の教師にしておくにはもったいないほどの学者が集められていた。
授業を受けただけで、その棗という教師もまた優秀な歴史学者だということがわかった。
最近は大河ドラマの人気にあやかって、民放各局がこぞって鎌倉時代や源氏や北条氏についての謎やミステリーを解明する特番を放送しているが、彼の授業はそういった番組に出てくる歴史学者のように、教科書にないことにまで詳しく、わかりやすいものだったからだ。
まるでこの国の正史と偽史のすべてを知り尽くしているかのようだった。
「神話は専門外だけど……」
と、彼は前置きした後で、
「でも神話は神々の話ではなく、実際にいた人の話を盛りに盛ったものだとぼくは考えているよ。
わかりやすい例だと聖徳太子だね。
同じ時代の王族で厩戸王(うまやとおう)という人は実在したけれど、信仰の対象にまでされていた聖徳太子の実在を示す史料は皆無で、架空の人物であるというのが今では一般的な考え方だろ?
神はね、人が作るんだよ」
そう言った。
「比良坂君が知りたいのは、イザナギとイザナミの、最初の不具の子と二番目の子についてだったね。
それは、ヒルコとアハシマのことかな。
古事記や日本書紀からもその記述がごっそりと削ぎ落とされた神のことを、高校生で知っている子がいるとは思わなかったな。
その二柱の神についての資料は、この世界には何故か何一つ残っていないからね」
この世界には、と彼は言った。
まるで他にも世界は存在し、別の世界ならばその資料は残っていると言っているかのようだった。
「先生はもしかして、前の世界の記憶が?」
ぼくが問うと、
「それは比良坂君の想像にまかせるよ」
と彼ははぐらかした。比良坂君と呼ばれることにはまだ慣れない。
「ぼくはまだ、この世界の歴史をすべて解明していないからね。
それまでは、この世界を生み出した存在に目をつけられるわけにはいかないんだよ。
どうやらその存在はこの高校にいるみたいだしね」
彼はイズミが、比良坂コヨミが転生し、姿はそのままに名を変え、前の世界の記憶を失った存在であることに気づいているのだろう。
もしかしたら彼は、前の世界に何台存在したかわからないレデクスの所有者のひとりだったのかもしれなかった。
「君のお姉さんのことを悪く言うつもりはないけれど、比良坂イズミさんには気を付けた方がいい。
彼女の機嫌を損ねるようなまねはしない方が賢明だよ」
何かあればいつでも連絡してくれていい、力になれると思う、と彼はぼくに連絡先を教えてくれた。
結局ぼくは、彼に連絡を取ることはその先一度もなかった。
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