ぼくの人生には、ログインボーナスはもういらない。

雨野 美哉(あめの みかな)

文字の大きさ
上 下
88 / 104

第88話「2022/10/16 ⑨」

しおりを挟む
「そうだ、彼女は魔女だ」

 シヨタは断言した。
 それはなんだか、彼らしくない発言のように、ぼくには思えた。

「私たちに匣を壊させるよう仕向け、フィリアも壊させようとした可能性がある。
 結果として、彼女はヤマヒトという男に破壊されている」

 シヨタは、そう思い込もうとしているのではないか。
 他にある可能性、彼にとって都合の良い可能性の芽を潰そうとしているのではないか。
 ぼくにはそんな気がした。

「そう言えばあの日、シヨタはどこに向かうよう指示されていたんだ?」

 コヨミ(フィリアかもしれないが)や匣が、シヨタを運転手として白いセダンでぼくやロリコを迎えに来た夜のことだ。

 母を殺害した容疑で父は逮捕されたていたが、母の死亡推定時刻には父には完璧なアリバイがあった。
 父は母を殺してなどおらず、母を殺したのはぼくとロリコであったし、父はその頃、爆発事故に巻き込まれた人々を懸命に救助していたのだから、それは当然のことだった。
 警察は監視カメラの映像を調べ、ぼくやロリコが真犯人だと疑っている、まもなく警察がやってくる、だから逃がしてあげる、あのときのコヨミはそう言った。

「比良坂家が所有する、市内のタワーマンションだ。
 いくつか空き部屋があり、そこに匿う話になっていた。
 私も匣もそれを信じていたが、本物の比良坂コヨミは、そこで我が主やロリコや私、匣やフィリアをまとめて潰すつもりだったのかもしれないな」

 それからシヨタは、「前の世界でもコヨミは彼にすら気付かせずフィリアと入れ替わっていた可能性がある」と主張した。
 ぼくが前の世界で比良坂コヨミに失望した日、「あの日の彼女は明らかにおかしかった」と。
 ぼくが「狂い、匣そのものになるように、わざと仕向けているように見えた」と。
 ぼくに「わざと殺されようとしていたようにも見えた」と言った。

「世界を書き換えることを最初に始めたのは匣だろう。
 だが、いつからか匣は、ただのオーバーテクノロジーの情報端末や、世界を書き換えるための装置に成り下がり、本物の比良坂コヨミが世界を書き換えていたのかもしれない」

「シヨタ、無理はしなくていいよ」

 ぼくは言った。

「この世界のコヨミがもし生きていたとしたら、それはぼくと再会していない、前の世界で君が好きだったコヨミのままかも知れない。
 君が愛したコヨミを悪く言うのはつらいだろ?」

 と。
 しかし、シヨタは首を横に振り、

「私に希望を持たせないでくれないか」

 そう言った。

「夢を見させないでくれ。
 そんな可能性を夢見てしまったら、私はいざというときに判断を誤ってしまう。
 君を守れなくなる。ロリコの足を引っ張ってしまう」

 そんな彼に、

「ロリコは、別にいいと思うけど」

 ロリコはぼくの気持ちを代弁してくれた。

「それは、君ひとりいれば、彼を十分守れるということか?
 私がいざというときに、比良坂コヨミの側についても問題ないと言いたいのか?」

「違うよ。ご主人様はロリコのこともシヨタのことも、ちゃんとひとりの人間として見てくれてるからだよ。
 人間は希望がないと生きていけないものだし、自分に都合のいい夢を見たりするものでしょ?
 ロリコは、いつかご主人様と結婚できると思ってる。
 エクスマキナの技術がもっと進んだら、いつかこの身体のままでもご主人様の赤ちゃんが産めるようになるって信じてるもん。
 だから、シヨタも夢を見ていいんだよ?
 大好きなコヨミさんのことを敵だと決めつけたり、フルネームで呼んだりするの、つらいだけでしょ?」

 ロリコは、本当にぼくの気持ちを理解してくれていた。

「私も夢を見ていいのか? コヨミお嬢様がどこかに無事でいて、私が大好きだった頃のお嬢様のままでいてくれるかもしれないと……」

 ぼくたちはゆっくりと頷いた。

「これから何が起きるかわからないけど、シヨタはぼくの執事であることに必ずしも徹する必要はないよ。
 君がしたいようにしていい。正しいと思うことをしていいんだ。
 ロリコはいつもそうしてるだろ?」

 ぼくとロリコは、そのときはじめてシヨタが泣くところを見た。

 それは、ぼくたちはとっくにシヨタをひとりの人間として見ていたが、彼自身がはじめて自分を人間だと認めた瞬間だった。


 そのとき、テーブルに置かれていたぼくのレデクスから、鳴るはずのないログインボーナスの通知音が鳴った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ママが呼んでいる

杏樹まじゅ
ホラー
鐘が鳴る。夜が来る。──ママが彼らを呼んでいる。 京都の大学に通う九条マコト(くじょうまこと)と恋人の新田ヒナ(あらたひな)は或る日、所属するオカルトサークルの仲間と、島根にあるという小さな寒村、真理弥村(まりやむら)に向かう。隠れキリシタンの末裔が暮らすというその村には百年前まで、教会に人身御供を捧げていたという伝承があるのだった。その時、教会の鐘が大きな音を立てて鳴り響く。そして二人は目撃する。彼らを待ち受ける、村の「夜」の姿を──。

菅原龍馬の怖い話

菅原龍馬
ホラー
これは、私が実際に体験した話しと、知人から聞いた怖い話である。

はる、うららかに

木曜日午前
ホラー
どうかお願いします。もう私にはわからないのです。 誰か助けてください。 悲痛な叫びと共に並べられたのは、筆者である高宮雪乃の手記と、いくつかの資料。 彼女の生まれ故郷である二鹿村と、彼女の同窓たちについて。 『同級生が投稿した画像』 『赤の他人のつぶやき』 『雑誌のインタビュー』 様々に残された資料の数々は全て、筆者の曖昧な中学生時代の記憶へと繋がっていく。 眩しい春の光に包まれた世界に立つ、思い出せない『誰か』。 すべてが絡み合い、高宮を故郷へと導いていく。 春が訪れ散りゆく桜の下、辿り着いた先は――。 「またね」 春は麗らかに訪れ、この恐怖は大きく花咲く。

終焉列島:ゾンビに沈む国

ねむたん
ホラー
2025年。ネット上で「死体が動いた」という噂が広まり始めた。 最初はフェイクニュースだと思われていたが、世界各地で「死亡したはずの人間が動き出し、人を襲う」事例が報告され、SNSには異常な映像が拡散されていく。 会社帰り、三浦拓真は同僚の藤木とラーメン屋でその話題になる。冗談めかしていた二人だったが、テレビのニュースで「都内の病院で死亡した患者が看護師を襲った」と報じられ、店内の空気が一変する。

すべて実話

さつきのいろどり
ホラー
タイトル通り全て実話のホラー体験です。 友人から聞いたものや著者本人の実体験を書かせていただきます。 長編として登録していますが、短編をいつくか載せていこうと思っていますので、追加配信しましたら覗きに来て下さいね^^*

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

暗闇の中の光

ねむたん
ホラー
地球規模の人口増加により、自然食品の供給が限界を迎えた近未来。人々は人工食品「ニュートラフェア」を日々の糧とする生活を送っていた。しかし、ある日その食品に含まれる化学物質が予期せぬ健康被害を引き起こし、社会全体を混乱の渦に巻き込む。

鎌倉呪具師の回収録~使霊の箱~

平本りこ
ホラー
――恐ろしきは怨霊か、それとも。 土蔵珠子はある日突然、婚約者と勤め先、住んでいた家を同時に失った。 六年前、母に先立たれた珠子にとって、二度目の大きな裏切りだった。 けれど、悲嘆にくれてばかりもいられない。珠子には頼れる親戚もいないのだ。 住む場所だけはどうにかしなければと思うが、職も保証人もないので物件探しは難航し、なんとか借りることのできたのは、鎌倉にあるおんぼろアパートだ。 いわくつき物件のご多分に漏れず、入居初日の晩、稲光が差し込む窓越しに、珠子は恐ろしいものを見てしまう。 それは、古風な小袖を纏い焼けただれた女性の姿であった。 時を同じくして、呪具師一族の末裔である大江間諭が珠子の部屋の隣に越して来る。 呪具とは、鎌倉時代から続く大江間という一族が神秘の力を織り合わせて作り出した、超常現象を引き起こす道具のことである。 諭は日本中に散らばってしまった危険な呪具を回収するため、怨霊の気配が漂うおんぼろアパートにやってきたのだった。 ひょんなことから、霊を成仏させるために強力することになった珠子と諭。やがて、珠子には、残留思念を読む異能があることがわかる。けれどそれは生まれつきのものではなく、どうやら珠子は後天的に、生身の「呪具」になってしまったようなのだ。 さらに、諭が追っている呪具には珠子の母親の死と関連があることがわかってきて……。 ※毎日17:40更新 最終章は3月29日に4エピソード同時更新です

処理中です...