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第85話「2022/10/16 ⑥」

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『君はまるでコヨミのストーカーだな』

 自らを匣だと思い込まされている匣の影武者は、吐き捨てるように言った。

『だってコヨミちゃんは、ボクの大切な友達だったし、前の世界じゃボクの義理の妹になった子だよ。心配するのは当たり前じゃん?
 ボクが前の世界のことを思い出したのは、つい最近のことだけどね。
 ボクは、この一年半ずっと、コヨミちゃんが一度も汗をかいてるのを見たことがないことに気づいたんだ。その時に、前の世界の記憶を全部取り戻した。
 前の世界のコヨミちゃんも、高校2年の秋、ちょうど今くらいの頃から、別人のようになったことを思い出した。
 彼女も、今の世界のコヨミちゃんみたいに、男子の制服を着るようになって、ボクを避けるようになってたことをね』

 ユワの言う、前の世界の、高校2年の今くらいの時期は、ぼくがコヨミを殺してしまい、新しいコヨミが用意された時期と符合していた。
 ぼくはその新しいコヨミを知らない。
 匣そのものになってしまったぼくは、五感をすべて失い、それから先に何が起き、何をされたのか、何も知ることができなかったからだった。

『前の世界のナユタとコヨミちゃんには、あまり接点がなかったから、コヨミちゃんが変わってしまったことをナユタは知らなかった。
 ナユタはそのコヨミちゃんをすごく愛してたけど、ボクは変わってしまう前のコヨミちゃんの方が好きだった』

『人は日々少しずつ成長して、変わっていくものだよ』

『でも一晩や二週間やそこらではそう簡単に変わったりしないよね』

『そういうこともあるさ。男子三日会わざれば刮目して見よ、という言葉もある。
 それは女の子だってそうだろう?恋をしたり、失恋したり、ね。
 初潮を迎えたり、処女でなくなったり、母親になったりといった身体的な変化や自分が置かれている立場でも女の子は変わる。
 コヨミが君の好きなコヨミじゃなくなってしまったからと言って、別人と入れ替わったと考えるのは早計なんじゃないかな』

『そうかもしれないね。
 だけど、昨日ロリコちゃんの身体を見たときに確信したんだ。
 前の世界のコヨミちゃんは今くらいの頃から、今の世界のコヨミちゃんは高校生になる前の春休みから、自分の首や肩や腕や手を、誰にも、ボクにすら見られたくなくなったんじゃないのかなって。違うな。見せられなくなったんじゃないのかな。
 それって、ロリコちゃんと同じ身体だったからだと思うんだ。
 ロリコちゃん、すごくかわいかったし、中等部に編入してきたばかりのコヨミちゃんにそっくりだった。
 でも、おま……女性器までしっかり再現されてるわりに、何故か関節はゴスロリの子が好きそうなお人形さんや、自由にポーズが変えられるフィギュアみたいな球体だよね。
 一目で、機械の身体だってわかっちゃうもんね。コヨミちゃんのふりをしなくちゃいけなかったら、関節は誰にも見せられないよね』

『つまり君は、前の世界のコヨミも今の世界のコヨミも、君が変わってしまったと感じたときには、エクスマキナの身体を持つ別人と入れ替わってた、そう言いたいわけだね』

『そうだよ。それに、今ボクの目の前に、ボクそっくりのナユタのエクスマキナがいるみたいに、コヨミちゃんにそっくりのエクスマキナが存在するとしたら、レデクスの所有者のメイドの姿を再現してたと思うんだ。
 確かエクスマキナは、レデクスの中にあるメイドや執事の3Dモデルから顔や身体を作るんだったよね。
 そんな身体を持っているのは、イズモくんのロリコちゃんと、シスコンのヨモッちのレデクスの中にいるメイドちゃんだけだと思うんだよね。違う?』


 シヨタは、ユワのその言葉を聞くと、すぐに匣のレデクスを手に取った。
 左手の人差し指の爪の下から、もう1本タイプCケーブルが飛び出し、彼はまるで意思を持っているかのようなそのケーブルをつかまえると、匣のレデクスにすぐに繋げた。
 電源を入れ、充電を行いながら、パスワードの解析を始めたようだったが、すぐに何かを思い出したらしく四桁の数字を入力し、一発でロックを解除した。

「どうしてパスワードがわかったんだ?」

「比良坂コヨミの正確な誕生日はわからないが、彼女と匣がこの世界で再会した日付なら私も知っている。
 4年半前の2018年、平成30年の3月29日だ。
 だから、取り敢えず"8329"を試してみたんだがらどうやら正解だったようだ」

 コヨミと再会した日付をパスワードにするくらいなのだから、匣は本当にコヨミを愛していたのだなとぼくは思った。
 それにシヨタもまた、本当に前の世界のコヨミを今も愛しているのだ。

 彼は自分を用済みとしたコヨミや、ぼくやロリコの前に現れ、ヤマヒトさんに殺されてしまったという彼女が、匣のメイドのフィリアだと信じたかったのだろう。
 今のこの世界にも、彼が愛したコヨミが生きているかもしれないと思ったに違いなかった。

「この端末にフィリアがもし居ないようなら、雨野ユワの推理が当たっていることになる。
 ヤマヒトとかいう、雨野ユワの運転手が殺害した比良坂コヨミは、フィリアのエクスマキナだということになるな」

 それは、本物のコヨミがどこかにいるかもしれないということでもあり、すでに死んでしまっているかもしれないということでもあった。



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