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第75話「2022/10/13 ⑩」
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オルフィレウスの匣を破壊したぼくたちは、一度コヨミを白いセダンから降ろし彼女の安全を確保した後で、運転席に「匣」を移すと、彼が車が電柱に追突事故を起こしたように見せかけることにした。
ドライブレコーダーを破壊し、その中にあるSDカードも抜き取ると、コヨミを後部座席に戻した。
匣の、頭蓋骨の代わりにドーム状のガラスのようなものに覆われた、剥き出しの脳は、ロリコの手刀によって破壊されていた。
脳漿が助手席からフロントガラスに飛び散ったことは素人目にも明らかで、雑な隠蔽でしかなかったし、ぼくたちの犯行であることをコヨミは警察に話すだろうから、隠蔽自体あまり意味のあるものではなかった。
シヨタがコヨミをそこに放ってはおけないと言い、彼女のレデクスのロックを解除し、彼女の声色で救急車を呼んだ。
レデクスの中には匣のコピーが存在する。
前の世界のぼくや、今の世界の母に続き、コヨミが新たに匣そのものになる可能性があった。
このままコヨミのレデクスを奪っておこうかと思ったが、それはコヨミから大切な家族を二度も奪ってしまう行為であったからやめることにした。
彼女がレデクスを悪用することはないだろうし、匣そのものになることもないだろうというのが、甘いかも知れないがぼくたち3人の総意だった。
ぼくたちは加速した時の中でしばらく歩き、現場から数キロ離れた場所で加速をやめると、タクシーを拾いミハシラ市内のホテルに向かった。
学生寮のぼくの部屋には、警察がぼくたちの帰りを待っているだろうから、帰りたくても帰れなかった。
ホテルに着くと、ロリコがスイートルームに泊まりたがったので、たまたま空いていたファミリー用のスイートルームをしばらくぼくたちの隠れ家にすることにした。
チェックインからしばらくした頃、午前5時になり、レデクスからログインボーナスの通知音が鳴った。
ブルークスからは通知音は鳴らなかった。
母がロリコを所有者にするために作ったその端末には、どうやらメイドや執事を生み出す機能だけでなく、ログインボーナスもないようだった。
レデクスの透過型ディスプレイを起動しようとすると、なぜか起動しなかった。
そのためぼくはレデクスの画面を直接見たが、そこにはログインボーナスの内容は表示されていなかった。
その代わりに、
「エクスペリメンツをご利用の皆様へ」
とあり、
「ログインボーナスの終了、ならびに超拡張現実サービスの終了のお知らせ」
という、読む気が失せるくらい長い案内と謝罪の文章があった。
匣はきっと、自らが破壊された際にはそうなるよう、あらかじめ用意していたのだろう。
トツカ県民が皆持っているエクスだけでなく、ぼくの特別仕様のレデクスもまた、ログインボーナスや超拡張現実機能がなくなってしまったようだった。
「匣を破壊した以上、もう使うこともないだろうが、ブルークスの方にはまだ超拡張現実機能が残っているようだ」
シヨタが教えてくれた。
匣がその存在を知らなかったブルークスだけは、さすがにどうにもできなかったのだろう。
「今日のログインボーナス、ロリコは結構楽しみにしてたんだけどな……」
スイートルームに泊まることになりはしゃいでいたロリコのテンションが急に落ち、寂しそうにそう言ったので、配布されていたら一体何がもらえていたのか訊ねてみることにした。
「比良坂47のライブのチケット……
エクスやレデクスのログインボーナス以外だと、めちゃくちゃ入手困難なやつ……」
比良坂47というのは、ミハシラ市やトツカ県で人気のご当地アイドルグループのひとつだという。
これまでも毎週木曜の朝に、もうひとつのご当地アイドルグループであるらしいMHS49のライブのチケットと週代わりで配布されていたが、ぼくはログインボーナスをすべて県内通貨に換金していたし、ロリコは先週や先々週の木曜には今のように身体を持っていなかったから、一度も観に行くことができなかったという。
そんなに好きだったのなら教えてくれればよかったのに、連れていってあげたのに、と思った。
エクスの所有者が減り、ログインボーナスは4倍近い値段のものが手に入るようになっていたから、ロリコはライブのチケットだけではなく、推しのグッズもたくさん手に入れられるかも、と期待していたらしかった。
「尊すぎる上村コノカ様のご尊顔を、せっかくこの目で拝めるチャンスだったのに……」
と、とても悔しそうだった。
「え? 誰それ?」
ロリコがそのアイドルグループの中で特に推しの女の子だということはわかったが、ぼくはご当地アイドルどころかアイドル自体あまり詳しくなかった。
だから、顔を見ればわかるという話ではなく、顔も名前も全く知らない子だった。
ご尊顔とか言うの、いくらロリコがかわいくてもさすがに気持ち悪いぞと思った。名前の前にすでに尊いって言ってたし。
ドライブレコーダーを破壊し、その中にあるSDカードも抜き取ると、コヨミを後部座席に戻した。
匣の、頭蓋骨の代わりにドーム状のガラスのようなものに覆われた、剥き出しの脳は、ロリコの手刀によって破壊されていた。
脳漿が助手席からフロントガラスに飛び散ったことは素人目にも明らかで、雑な隠蔽でしかなかったし、ぼくたちの犯行であることをコヨミは警察に話すだろうから、隠蔽自体あまり意味のあるものではなかった。
シヨタがコヨミをそこに放ってはおけないと言い、彼女のレデクスのロックを解除し、彼女の声色で救急車を呼んだ。
レデクスの中には匣のコピーが存在する。
前の世界のぼくや、今の世界の母に続き、コヨミが新たに匣そのものになる可能性があった。
このままコヨミのレデクスを奪っておこうかと思ったが、それはコヨミから大切な家族を二度も奪ってしまう行為であったからやめることにした。
彼女がレデクスを悪用することはないだろうし、匣そのものになることもないだろうというのが、甘いかも知れないがぼくたち3人の総意だった。
ぼくたちは加速した時の中でしばらく歩き、現場から数キロ離れた場所で加速をやめると、タクシーを拾いミハシラ市内のホテルに向かった。
学生寮のぼくの部屋には、警察がぼくたちの帰りを待っているだろうから、帰りたくても帰れなかった。
ホテルに着くと、ロリコがスイートルームに泊まりたがったので、たまたま空いていたファミリー用のスイートルームをしばらくぼくたちの隠れ家にすることにした。
チェックインからしばらくした頃、午前5時になり、レデクスからログインボーナスの通知音が鳴った。
ブルークスからは通知音は鳴らなかった。
母がロリコを所有者にするために作ったその端末には、どうやらメイドや執事を生み出す機能だけでなく、ログインボーナスもないようだった。
レデクスの透過型ディスプレイを起動しようとすると、なぜか起動しなかった。
そのためぼくはレデクスの画面を直接見たが、そこにはログインボーナスの内容は表示されていなかった。
その代わりに、
「エクスペリメンツをご利用の皆様へ」
とあり、
「ログインボーナスの終了、ならびに超拡張現実サービスの終了のお知らせ」
という、読む気が失せるくらい長い案内と謝罪の文章があった。
匣はきっと、自らが破壊された際にはそうなるよう、あらかじめ用意していたのだろう。
トツカ県民が皆持っているエクスだけでなく、ぼくの特別仕様のレデクスもまた、ログインボーナスや超拡張現実機能がなくなってしまったようだった。
「匣を破壊した以上、もう使うこともないだろうが、ブルークスの方にはまだ超拡張現実機能が残っているようだ」
シヨタが教えてくれた。
匣がその存在を知らなかったブルークスだけは、さすがにどうにもできなかったのだろう。
「今日のログインボーナス、ロリコは結構楽しみにしてたんだけどな……」
スイートルームに泊まることになりはしゃいでいたロリコのテンションが急に落ち、寂しそうにそう言ったので、配布されていたら一体何がもらえていたのか訊ねてみることにした。
「比良坂47のライブのチケット……
エクスやレデクスのログインボーナス以外だと、めちゃくちゃ入手困難なやつ……」
比良坂47というのは、ミハシラ市やトツカ県で人気のご当地アイドルグループのひとつだという。
これまでも毎週木曜の朝に、もうひとつのご当地アイドルグループであるらしいMHS49のライブのチケットと週代わりで配布されていたが、ぼくはログインボーナスをすべて県内通貨に換金していたし、ロリコは先週や先々週の木曜には今のように身体を持っていなかったから、一度も観に行くことができなかったという。
そんなに好きだったのなら教えてくれればよかったのに、連れていってあげたのに、と思った。
エクスの所有者が減り、ログインボーナスは4倍近い値段のものが手に入るようになっていたから、ロリコはライブのチケットだけではなく、推しのグッズもたくさん手に入れられるかも、と期待していたらしかった。
「尊すぎる上村コノカ様のご尊顔を、せっかくこの目で拝めるチャンスだったのに……」
と、とても悔しそうだった。
「え? 誰それ?」
ロリコがそのアイドルグループの中で特に推しの女の子だということはわかったが、ぼくはご当地アイドルどころかアイドル自体あまり詳しくなかった。
だから、顔を見ればわかるという話ではなく、顔も名前も全く知らない子だった。
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