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第74話「2022/10/13 ⑨」

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 ぼくは比良坂ヨモツとコヨミの兄妹と話しながら自分の考えをまとめていくうちに確信が生まれつつあった。

「あんたは不具の子なんかじゃなく、人を超えた力を持つ、本当に神にも等しい力を持っていた。
 だから両親はあんたを恐れ、あんたを棄てたんじゃないか?」

「なるほど。そう来たか」

「あんたはさっき『出産によって母が死ぬように仕向けた』と言った。
『あの時代は医療と呼べるようなものなどなく、出産が命懸けだった。出産の際に母体が命の危険にさらされることはよくあった』とも言っていたが、出産時の出血性ショックによって母が死ぬように仕向けることが出来た時代だったとも思えない」

「その時代のこの国には、ぼくが世界を書き換えて作り出した超古代文明があっただろう?
 それにぼくは匣を持っていたんだよ」

「あんたは超古代文明について、あったとも、なかったとも名言していない。だから、なかったんじゃないかな。
 そんなものがなくても、あんたにはそれができる力があった。
 ぼくは『あんたがどうやって匣を手にしたのかは知らないが』と、おしゃべりなあんたにわざと匣の入手法を喋らせようとした。
 だが、あんたは一向に話す気配がなかった。
 それに、匣を手に入れたときあんたはまだ赤ん坊だったはずだ。不具の子の、それも赤ん坊が匣を手にしても、それを使うことなどできない。
 あんた自身が匣と呼ばれる存在でない限りね」

「やれやれ、君には敵わないな。
 そうだよ。ぼくがオルフィレウスの匣だ」

 比良坂ヨモツは認めた。

「ヒルコとして棄てられることがなければ、ぼくには大漁と海上安全の祈願を願う漁民にとっての漁業の神として、『織鰭臼匣(オルヒレウスノハコ)』や『織鰭臼匣大神(オルヒレウスノハコノオオカミ)』という名が与えられるはずだった。
 大漁祈願の対象としてエビスが広く信仰されているのは、ぼくが本来そのような神として生まれるはずだったからだ」

 やれやれ、と言いたいのはぼくの方だった。
 彼にはすっかり騙された。
 彼が不具の子ではなかったのならば、世界を書き換え、超古代文明を生み出さなくともよかったということになる。
 ぼくはもう少しで「匣はその超古代文明の遺産だった」とミスリードされるところだった。
 それに彼が、エビスというヒルコとは別の存在として父親に自分を認めさせる光景が目に浮かぶようだったからだ。

「匣に納められた技術とは、すべて神として生まれたぼくの御業であり、ぼくはそれを人の手によって少しずつ科学によって再現させ、文明を発達させてきた。
 永久機関やナノマシンも、ぼくの不老不死の身体を元に産み出されたものだ。
 ぼくにはコヨミがいたが、コヨミは所詮、ただの人だ。数十年で死んでしまう。
 世界を書き換えなくとも、ぼくにはコヨミを不老不死の存在とすることができたが、コヨミはあくまで人として生きることを願った。
 コヨミが死んでしまってから、ぼくはずっと孤独だった。
 匣であるぼくと対等に会話をすることができたのは、18世紀にひとり、21世紀にひとりだけだった。
 自らの通称をオルフィレウスとした、ヨハン・エルンスト・エリアス・ベスラーと、小久保ハルミ博士だけだった。
 だがぼくは彼や彼女の前では、別の姿で現れなければならなかった」

 影武者の自分と、その影武者が持つあくまで情報端末としての姿でしか、彼は母やオルフィレウスの前に現れることができなかったのだろう。

「イズ君はまるでクエビコね」

「クエビコ?」

「この世のことなら何でも知っているという神のことよ」

 ぼくがそんな存在ではないことは、クエビコという神を知らないことが証明していた。

 もう十分に情報は得た。
 これ以上の対話は必要なかった。

 コヨミには悪いが、比良坂ヨモツにはここで死んでもらわなければならない。
 今度こそ本当に彼女に嫌われてしまうな、と思いながら、ぼくは加速した時の中でさらに加速した。

「やっと呼んでくれたね、ご主人様」

「ずっとヒヤヒヤしていたぞ、我が主よ」

 シヨタは車を路肩に止め、ロリコはヨモツが座る助手席のシートごと手刀で彼の頭部を貫く構えをとっていた。

 ぼくのかわいいメイドと頼りになる執事は、どうやらぼくたちの会話をちゃんと聞いていたようだった。

「話が早くて助かるよ」

 と、ぼくは言い、

「比良坂ヨモツは、オルフィレウスの匣は、ここで必ず破壊する。次の世界など誰にも作らせない」

 ふたりにそう告げた。
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