73 / 104
第73話「2022/10/13 ⑧」
しおりを挟む
ぼくは、ブルークスという青いエクスを、いつでも使えるようにしていた。
母がロリコをその所有者にしようとしたときには、シヨタがすでにその全権を掌握していたあの端末だ。
真夜中のため車内は薄暗く、ぼくとコヨミの間にはロリコが座っているということもあり、コヨミやヨモツにはぼくの手元までは見えないだろう。透過型ディスプレイは悟られてしまう可能性があったから、ブルークスの画面を直接操作した方が安全だった。
コヨミがシヨタやヨモツと共にぼくとロリコを迎えに来たとき、ぼくはバディ刑事の見逃し配信を観ている途中だと駄々をこねた。
あれは半分は本音だったが、あのときシヨタからぼくに時間を稼ぐよう通信があったため、半分はそういうふりをしていた。
シヨタは部屋を出るまでの間に、ぼくをブルークスの所有者にし、レデクスをはるかに上回るその機能を説明してくれていた。
ブルークスには、イクサの隊長だった父が持っていたエクスと同じ、自由に時間を拡張させ、加速することができる機能があった。
ヨモツとコヨミとぼくだけが加速した時の中におり、ロリコとシヨタがその外に置き去りにされているのが、今の現状だ。
未だに目的地すら告げられておらず、ふたりの目的もわかっていない。
身の危険を感じたときには、ぼくはふたりを加速した時の中に呼び寄せる必要があった。
ヨモツとコヨミがぼくたちの敵であることは間違いなかったが、身の危険がなくとも引き出せるだけ情報を引き出したら、タイミングを見計らってふたりを呼び寄せるつもりだった。
ブルークスによる加速は、その所有者がレデクスなどの他の端末によってすでに加速した時の中で使った場合、さらに加速することができる機能があった。
今のぼくがまさにその状況にあった。
加速させられているだけだが、今のぼくが自分の意思で加速すれば、ロリコとシヨタも24倍のさらに24倍に加速した時の中にやってきてくれる。
シヨタがそうしてくれていた。
「素晴らしい」
比良坂ヨモツは満足そうに頷き、
「わたしたちの正体や、神や死者の国の存在の真相にたどり着いたのは、イズくんがはじめてよ。
兄さんの友人だったヨハン・エルンスト・エリアス・ベスラーや小久保ハルミ博士ですらたどり着けなかったのに、本当にすごいわ」
コヨミも嬉しそうにしていた。
ヨハン・エルンスト・エリアス・ベスラーは、確か自らの通称をオルフィレウスとし、自動輪という永久機関を18世紀のはじめに開発した男だったか。
「匣について、イズモ君はどう考えている?」
ヨモツに訊ねられたぼくは、もう少し彼らと対話を楽しむことにした。
匣は確か、炭素年代測定で10万年以上も前に作られたものだと判明していると母から聞いていた。
「匣はおそらく、世界が書き換えられる度に新しい世界へと移動するんだろう。
2600年以上前の古代、あんたがこの世界に生まれた頃から、世界を書き換えパラレルワールドを作り出すという行為は繰り返されてきた。
匣は新しい世界が作られる度に移動し、世界の数だけ歴史を重ねてしまったから、10万年以上の時が流れてしまったんだろう。
炭素年代測定では、世界を跨いでいたことまではわからないから、そんな測定結果が出てしまったんだろうな」
母はこの世界を29回目の世界だと言っていたが、それは母が知る限りの回数でしかないのだろう。
母はそれでも通算で1500年以上生きていたようだったが、匣は10万年以上の時が過ぎるほど世界を繰り返してきたのだ。
「なぜ匣に近づいた人が、匣そのものになるかわかるかい?」
「匣自体が人の形をするようになったから、だと思う」
匣が箱の形をしているとは限らないと聞いていたからだった。
匣を手にした者は世界を制すると言われていた時代、匣は人の手に渡らぬよう、常に自らその形状を変化させてきた、と。
だが、そんなオカルトの時代は20世紀半ばには終わり、匣はその形状を変える必要がなくなったのだろう。
「なぜ、そう思うの?」
と、コヨミはぼくに訊ねた。
「匣はもっと人と対話を行いたかった。人という存在をもっと理解したかったんじゃないかな」
「それはまるで、ぼく自身が匣だとでも言ってるように聞こえるけど」
「違うのか? 比良坂ヨモツ」
ぼくはふたりと話しながら自分の考えをまとめていくうちに確信が生まれつつあった。
母がロリコをその所有者にしようとしたときには、シヨタがすでにその全権を掌握していたあの端末だ。
真夜中のため車内は薄暗く、ぼくとコヨミの間にはロリコが座っているということもあり、コヨミやヨモツにはぼくの手元までは見えないだろう。透過型ディスプレイは悟られてしまう可能性があったから、ブルークスの画面を直接操作した方が安全だった。
コヨミがシヨタやヨモツと共にぼくとロリコを迎えに来たとき、ぼくはバディ刑事の見逃し配信を観ている途中だと駄々をこねた。
あれは半分は本音だったが、あのときシヨタからぼくに時間を稼ぐよう通信があったため、半分はそういうふりをしていた。
シヨタは部屋を出るまでの間に、ぼくをブルークスの所有者にし、レデクスをはるかに上回るその機能を説明してくれていた。
ブルークスには、イクサの隊長だった父が持っていたエクスと同じ、自由に時間を拡張させ、加速することができる機能があった。
ヨモツとコヨミとぼくだけが加速した時の中におり、ロリコとシヨタがその外に置き去りにされているのが、今の現状だ。
未だに目的地すら告げられておらず、ふたりの目的もわかっていない。
身の危険を感じたときには、ぼくはふたりを加速した時の中に呼び寄せる必要があった。
ヨモツとコヨミがぼくたちの敵であることは間違いなかったが、身の危険がなくとも引き出せるだけ情報を引き出したら、タイミングを見計らってふたりを呼び寄せるつもりだった。
ブルークスによる加速は、その所有者がレデクスなどの他の端末によってすでに加速した時の中で使った場合、さらに加速することができる機能があった。
今のぼくがまさにその状況にあった。
加速させられているだけだが、今のぼくが自分の意思で加速すれば、ロリコとシヨタも24倍のさらに24倍に加速した時の中にやってきてくれる。
シヨタがそうしてくれていた。
「素晴らしい」
比良坂ヨモツは満足そうに頷き、
「わたしたちの正体や、神や死者の国の存在の真相にたどり着いたのは、イズくんがはじめてよ。
兄さんの友人だったヨハン・エルンスト・エリアス・ベスラーや小久保ハルミ博士ですらたどり着けなかったのに、本当にすごいわ」
コヨミも嬉しそうにしていた。
ヨハン・エルンスト・エリアス・ベスラーは、確か自らの通称をオルフィレウスとし、自動輪という永久機関を18世紀のはじめに開発した男だったか。
「匣について、イズモ君はどう考えている?」
ヨモツに訊ねられたぼくは、もう少し彼らと対話を楽しむことにした。
匣は確か、炭素年代測定で10万年以上も前に作られたものだと判明していると母から聞いていた。
「匣はおそらく、世界が書き換えられる度に新しい世界へと移動するんだろう。
2600年以上前の古代、あんたがこの世界に生まれた頃から、世界を書き換えパラレルワールドを作り出すという行為は繰り返されてきた。
匣は新しい世界が作られる度に移動し、世界の数だけ歴史を重ねてしまったから、10万年以上の時が流れてしまったんだろう。
炭素年代測定では、世界を跨いでいたことまではわからないから、そんな測定結果が出てしまったんだろうな」
母はこの世界を29回目の世界だと言っていたが、それは母が知る限りの回数でしかないのだろう。
母はそれでも通算で1500年以上生きていたようだったが、匣は10万年以上の時が過ぎるほど世界を繰り返してきたのだ。
「なぜ匣に近づいた人が、匣そのものになるかわかるかい?」
「匣自体が人の形をするようになったから、だと思う」
匣が箱の形をしているとは限らないと聞いていたからだった。
匣を手にした者は世界を制すると言われていた時代、匣は人の手に渡らぬよう、常に自らその形状を変化させてきた、と。
だが、そんなオカルトの時代は20世紀半ばには終わり、匣はその形状を変える必要がなくなったのだろう。
「なぜ、そう思うの?」
と、コヨミはぼくに訊ねた。
「匣はもっと人と対話を行いたかった。人という存在をもっと理解したかったんじゃないかな」
「それはまるで、ぼく自身が匣だとでも言ってるように聞こえるけど」
「違うのか? 比良坂ヨモツ」
ぼくはふたりと話しながら自分の考えをまとめていくうちに確信が生まれつつあった。
0
お気に入りに追加
75
あなたにおすすめの小説
【書籍化進行中、完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
婚約破棄を、あなたの有責で
しゃーりん
恋愛
公爵令嬢メーティリアは王太子ザッカルドの婚約者。
メーティリアはザッカルドに頼られることに慣れていたが、学園最後の一年、手助け無用の指示が国王陛下からなされた。
それに従い、メーティリアはザッカルドから確認されない限り、注意も助言もできないことになった。
しかも、問題のある令嬢エリーゼが隣国から転入し、ザッカルドはエリーゼに心惹かれていく。
そんなザッカルドに見切りをつけたメーティリアはザッカルド有責での婚約破棄を狙うことにした。
自分は初恋の人のそばで役に立ちたい。彼には妻子がいる。でも、もしかしたら……というお話です。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる