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第72話「2022/10/13 ⑦」

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「比良坂家という、この国のもうひとつの王族を作ったのは、あんただな?
 本来この国には王族はひとつしかなかった。そうだろ?」

「さすがだ。たったこれだけの問答で、君はもうそこにたどり着いたのか。
 本当に優秀なDNAを持っているんだね。
 おそらく、前の世界で匣そのものになったことが、今の世界の優秀な君を生み出したんだろう。
 ぜひとも新しい世界で、コヨミをめとり、ぼくの甥や姪となる子をたくさん産んでほしいな」

「コヨミは子どもを産むための道具じゃない。心がないとそんなこともわからないのか?」

「ぼくには子種がないからね、コヨミに子孫を遺してもらわないと、比良坂の血が途絶えてしまうんだよ」

「コヨミは養女だろ。あんただってただの養子じゃないか」

 薄々勘づいてはいたが、ふたりはただの養子や養女などではなかったのだろう。

「あんたとコヨミの正体がわかったよ」

「ぜひ聞かせてもらいたいな」

「不具の子として生まれ、実の両親に棄てられたあんたは、そのまま死ぬ運命しかなかった。
 あんたがどうやって匣を手にしたのかは知らないが、匣を手にしたあんたは、世界を書き換える力を使い、神話の時代のこの国に義肢や人工臓器の技術を持つ超古代文明を作り出したんだろう。
 そして、その超古代文明に自分が拾われ機械の身体を与えられ、人によって育てられるように仕向けた。
 たぶん、匣を使って世界が書き換えられたのはそれが最初だろうな。
 あんたは、自分が五体満足で生まれる世界を作ることもできたが、あえてそうはしなかった。
 自分を棄てた両親に復讐するためだ」

「素晴らしい」

 ヨモツは義手の両手で拍手をした。

「君にはぼくの本当の名前を教えるよ。
 ぼくは蛭子サブロウ(えびす さぶろう)。
 君が考えている通り、ぼくはイザナギとイザナミの最初の子、ヒルコだ。
 後に七福神の一柱に数えられるようになってからは、蛭子サブロウと名乗るようになった。
 ただ、イザナギもイザナミも神などではなく、ただの人でしかなかったけどね」

「コヨミは、アハシマだな?」

「そうよ。わたしの本当の名前は淡島ヒナコ(あわしま ひなこ)。
 アハシマであり、スクナビコナでもある」

 スクナビコナの「ビコナ」から濁音をとり、並べかえればヒナコになるというわけか」

「でも、コヨミでいいわ。イズくんにはそっちの方が呼ばれなれてるし。イズくんも呼びなれてるでしょ?
 わたしも兄さんと同じで、不具の子だったから、両親に棄てられたの。
『天磐櫲樟船(あまのいわくすぶね)』という樟の船に乗せられ、川を流されていたところを兄さんに拾ってもらった。
 この身体は、兄さんが世界を書き換えてわたしにくれたもの。
 兄さんは世界が書き換えられるたびに新しい世界へと転移することが可能な機械の身体を持ち、わたしは新しい世界に必ず転生することができる身体を持ってるの」

「ぼくはまず、母親から殺すことにした。
 最初に言っておかなければいけないことがある。ぼくの親殺しにコヨミは一切関わっていない。だから安心して聞いてほしい。
 神話では、母はヒノカグツチの出産の際に火傷を負ったことが原因で死んだとされているが、実際はただの出血性ショックだよ。
 あの時代は医療と呼べるようなものなどなく、出産が命懸けだった。出産の際に母体が命の危険にさらされることはよくあった。
 ぼくは出産によって母が死ぬように仕向け、父が死んだ母を黄泉の国に取り戻しに行き、ふたりがそこで仲違いをするように仕向けた」

「その黄泉の国も、どうせあんたが作ったものなんだろう?」

 イザナギとイザナミが神でなかったというなら、高天原という神の国も、黄泉の国という死者の国も存在などしていなかったにちがいなかった。
 ないなら作ればいい。その力が彼の手元にはあったのだから。
 必要がなくなれば、壊すか、存在自体をなかったことにすればいい。そういうものがあった、今もあるかもしれないと、濁しておくこともできただろう。
 現に、神の国や黄泉の国の存在を、完全に肯定することも否定することはできず、濁したままにしているのが今のこの世界だ。

「この国の王族は、あんたらの父親が黄泉の国の穢れを祓う禊を行った際に生まれた子どもたちを先祖としている。
 だから、あんたは黄泉の国の女王となった母親や、彼女が父親との間に産んだ子どもたちを先祖とするもうひとつの王族を作ったんだろう。
 3つ目の王族である雨野家は、禊によって生まれながらも災厄の象徴となっていた子どもたちを先祖としているんだろうな」

 雨野家の人間が、神話からアメノが付く名前を引用したがるのは、災厄の象徴の一族であるがゆえに、その身体に流れる血の正統性を主張したいからだろう。

「あんたらの復讐はまだ終わっていない。この国の王族の血を絶やすまで終わらない。そういうことだろ?」

 だから母は比良坂家の血を絶やそうとしていたのだ。
 雨野家もまた存在しないはずの3つ目の王族であったから、比良坂家と同様に血を絶やさなければならないと考えていたのだろう。

 母や、最期にやり方を間違ってしまったが、父と共に匣の持ち主と懸命に戦っていたのだ。

 コヨミは、少なくとも自分や兄はぼくの敵じゃないと言っていたが、ぼくの目の前にいる兄妹は、間違いなくぼくや母や父、そして、ロリコやシヨタの敵だった。
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