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第70話「2022/10/13 ⑤」
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比良坂ヨモツには、まるでぼくの思考を読まれているようだった。
「安心していい。ぼくには人の心を読む力はないから」
彼はぼくにそう言ったが、それすら心を読まれているからのようで、どこまで信用できるかわからなかった。
「本当に大丈夫よ。兄さんには人の心がわからないから。人の心を持っていないもの」
普通は、たとえ妹からとはいえ、人の心を持っていないと言われば、多少は傷つき、怒りを覚えるだろう。
だが彼には全くそんな様子は見られなかった。
「感情豊かな君たちが羨ましいよ。あんなに好き合っていたというのに、今のコヨミはイズモくんを心から嫌っているんだから。
イズモくんは、そこまでではないように見えるけど。ロリコとも仲良くしているようだしね」
彼は自分に心がないことを素直に認めた。
「兄さんにはわからないわ」
「わからないからこそ、知りたくなるんだ。そういうものだろ? 教えてくれないか?
これは知的好奇心から来るものであって、下世話な感情から来ているものではないんだよ。
下世話な感情というもの自体、ぼくには理解できないものだからね」
「教えない。教えたくない」
「イズモくんの前では話せない理由があるということか。
じゃあ、彼を送り届けた後で、ゆっくりと、ぼくにも理解できるように聞かせてもらえるかな」
コヨミは大きくため息をついた。
「別にここでいいわ」
彼女が諦めたようにそう言うと、ヨモツは嬉しそうに笑った。
嬉しいという感情はあるのか、その笑顔さえ作り物なのかは判断できなかった。
「では、質問だ。
世界が書き換えられる前の世界で、コヨミはイズモくんに失望し、イズモくんもまたコヨミに失望した。
結果として、コヨミはイズモくんに殺された。
それについては、ぼくも歴史として理解しているつもりだ。
だが、それは所詮、前の世界、この世界とは異なる、無数に存在するパラレルワールドのうちのひとつの出来事に過ぎない。
そのときの記憶を持ち越しているからといって、前の世界のイズモくんを嫌うだけならわかるが、今の世界のイズモくんを嫌う理由になるとは、ぼくには到底思えないんだよ」
彼は本当に人の心がないのだな、と思った。
人の気持ちがわからないということは、ここまで罪深いことなのか。
人の心に土足で踏みいるなんていうレベルではなかった。人の心に咲いている花を土足で一輪ずつ踏みにじっているようだった。
「イズくんが、わたしよりもロリコちゃんを大切に思っているからよ」
ぼくは思わず、「え?」と声を上げてしまった。
それが理由だったなんて思いもよらなかったからだ。
それに、それが理由なら、コヨミは今もぼくを好きでいてくれているということだった。
久しぶりに、コヨミからイズくんと呼ばれた気がした。
葦原くん、だとか、あなた、だとか、他人行儀な呼ばれ方にぼくはすっかり慣れてしまっていたが、久しぶりに呼ばれると嬉しいものだった。
だが、嬉しいと感じるということは、ぼくの中にもまた、コヨミに対する気持ちが残っているということだった。
ロリコには聞かせられない話だった。
そういえば、ロリコは何故何も喋らない?
シヨタもだ。何故ふたりは黙っている?
何故まっすぐに前を見つめているだけなのだろうか。
ぼくは車窓を流れる景色に目をやった。
真夜中だが街中であり、田舎の山道のように真っ暗闇というわけではなかった。
夜景が、徒歩から見るよりも遅い速度でゆっくりと動いていた。
ぼくと比良坂兄妹の三人だけが加速していた。
だからロリコもシヨタも、先程からぼくたちの会話に参加できないでいたのだ。
「それは、七つの大罪のひとつの、嫉妬、というやつかい?」
「そんな大層なものじゃないわ。ただのやきもちよ。
イズくんは、今のわたしより、昔のわたしの方がかわいいんだもの。
わたしはただ嫌っているふりをしていただけ。
今でもイズくんが好きだということを認めたくないだけ。
だから、シヨタの顔を毎日見るのが堪えられなくて、彼に冷たくあたってしまった……
イズくんをモデルにしているシヨタは、母親でもあるわたしに棄てられることを何より恐れていたのに……
おかげで、シヨタまでロリコちゃんに懐いちゃった。わたしってほんと馬鹿ね」
コヨミの本当の気持ちを知り、ぼくはどうしたらいいかわからなくなってしまった。
「だそうだよ。イズモくん」
だそうだよ、と言われても、ぼくにどうしろと言うのだろう。
「安心していい。ぼくには人の心を読む力はないから」
彼はぼくにそう言ったが、それすら心を読まれているからのようで、どこまで信用できるかわからなかった。
「本当に大丈夫よ。兄さんには人の心がわからないから。人の心を持っていないもの」
普通は、たとえ妹からとはいえ、人の心を持っていないと言われば、多少は傷つき、怒りを覚えるだろう。
だが彼には全くそんな様子は見られなかった。
「感情豊かな君たちが羨ましいよ。あんなに好き合っていたというのに、今のコヨミはイズモくんを心から嫌っているんだから。
イズモくんは、そこまでではないように見えるけど。ロリコとも仲良くしているようだしね」
彼は自分に心がないことを素直に認めた。
「兄さんにはわからないわ」
「わからないからこそ、知りたくなるんだ。そういうものだろ? 教えてくれないか?
これは知的好奇心から来るものであって、下世話な感情から来ているものではないんだよ。
下世話な感情というもの自体、ぼくには理解できないものだからね」
「教えない。教えたくない」
「イズモくんの前では話せない理由があるということか。
じゃあ、彼を送り届けた後で、ゆっくりと、ぼくにも理解できるように聞かせてもらえるかな」
コヨミは大きくため息をついた。
「別にここでいいわ」
彼女が諦めたようにそう言うと、ヨモツは嬉しそうに笑った。
嬉しいという感情はあるのか、その笑顔さえ作り物なのかは判断できなかった。
「では、質問だ。
世界が書き換えられる前の世界で、コヨミはイズモくんに失望し、イズモくんもまたコヨミに失望した。
結果として、コヨミはイズモくんに殺された。
それについては、ぼくも歴史として理解しているつもりだ。
だが、それは所詮、前の世界、この世界とは異なる、無数に存在するパラレルワールドのうちのひとつの出来事に過ぎない。
そのときの記憶を持ち越しているからといって、前の世界のイズモくんを嫌うだけならわかるが、今の世界のイズモくんを嫌う理由になるとは、ぼくには到底思えないんだよ」
彼は本当に人の心がないのだな、と思った。
人の気持ちがわからないということは、ここまで罪深いことなのか。
人の心に土足で踏みいるなんていうレベルではなかった。人の心に咲いている花を土足で一輪ずつ踏みにじっているようだった。
「イズくんが、わたしよりもロリコちゃんを大切に思っているからよ」
ぼくは思わず、「え?」と声を上げてしまった。
それが理由だったなんて思いもよらなかったからだ。
それに、それが理由なら、コヨミは今もぼくを好きでいてくれているということだった。
久しぶりに、コヨミからイズくんと呼ばれた気がした。
葦原くん、だとか、あなた、だとか、他人行儀な呼ばれ方にぼくはすっかり慣れてしまっていたが、久しぶりに呼ばれると嬉しいものだった。
だが、嬉しいと感じるということは、ぼくの中にもまた、コヨミに対する気持ちが残っているということだった。
ロリコには聞かせられない話だった。
そういえば、ロリコは何故何も喋らない?
シヨタもだ。何故ふたりは黙っている?
何故まっすぐに前を見つめているだけなのだろうか。
ぼくは車窓を流れる景色に目をやった。
真夜中だが街中であり、田舎の山道のように真っ暗闇というわけではなかった。
夜景が、徒歩から見るよりも遅い速度でゆっくりと動いていた。
ぼくと比良坂兄妹の三人だけが加速していた。
だからロリコもシヨタも、先程からぼくたちの会話に参加できないでいたのだ。
「それは、七つの大罪のひとつの、嫉妬、というやつかい?」
「そんな大層なものじゃないわ。ただのやきもちよ。
イズくんは、今のわたしより、昔のわたしの方がかわいいんだもの。
わたしはただ嫌っているふりをしていただけ。
今でもイズくんが好きだということを認めたくないだけ。
だから、シヨタの顔を毎日見るのが堪えられなくて、彼に冷たくあたってしまった……
イズくんをモデルにしているシヨタは、母親でもあるわたしに棄てられることを何より恐れていたのに……
おかげで、シヨタまでロリコちゃんに懐いちゃった。わたしってほんと馬鹿ね」
コヨミの本当の気持ちを知り、ぼくはどうしたらいいかわからなくなってしまった。
「だそうだよ。イズモくん」
だそうだよ、と言われても、ぼくにどうしろと言うのだろう。
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