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第69話「2022/10/13 ④」

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 比良坂ヨモツは、その頭部の額から上には頭髪も頭皮も頭蓋骨もなく、剥き出しになった脳を透明なドーム状のガラスのようなもので覆っていた。まるで人造人間19号のようだった。
 それは爆発事故に巻き込まれたからでも、以前に事故に遭ったわけでもなく、外科手術によってそのような頭部にされていることが頭蓋骨のきれいな断面を見ればわかった。
 左右の瞳は義眼なのだろうか。常に眼球が回転しており、黒目の位置が全く定まっていなかった。広い視野を得るためなのか、そういう仕様の義眼なのだろう。
 助手席に座っているため全身を見ることはできなかったが、両腕と両脚もどうやら義手や義足らしく、身体の大半がロリコやシヨタとはまた異なる機械で構成されているようだった。

「ヨモツ様? 生きてたの?」

 ロリコが彼をヨモツと呼び、ぼくはようやく目の前の男が比良坂ヨモツであると理解した。

 彼はてっきり研究所の最上階にいるものとばかり思っていたが、全く逆の最地下に彼はコヨミといたらしい。

 その場所は、大国や隣国の核ミサイルや、隣接する発電所の永久機関の爆発にも耐えられるように作られているという。
 彼は最悪の場合、研究所自体が崩壊することも想定していた、ということだった。

「でも、よく母さんと父さんを騙せたね。それにユワやナユタも」

「小久保博士と一条隊長が何かを企んでいることは、以前から何となく察していたからね。
 以前というのは、この世界でのことではなく、何度も世界が書き換えられ、違う歴史が繰り返される中でのことだけれど」

 前の世界や、その前の世界、あるいはもっと前から彼はぼくの両親を怪しんでいた、ということだろう。
 だから世界が書き換えられる度に必ず先手を打っていたのだという。

「エクスマキナの最終調整、特に疑似心臓である半永久機関の最終調整は、小久保博士にしか任せていなかったのだけれど、雨野家のお嬢様に頼まれたエクスマキナの最終調整を依頼したら、断られてしまってね。
 ぼくにもできるはずだの一点張りで、これは何かあるな、と勘づいたんだ。
 確かにぼくは、小久保博士よりもはるかに永久機関の扱いには長けている。
 けれど、それは『ここにいるぼく』がであって、『彼女が知るぼく』ではなかった」

 わかりづらい言い回しだった。
 まるでぼくが彼の言葉を理解できるか試しているかのようだった。

「小久保博士や一条隊長、それに雨野のお嬢様をはじめ、この世界の九分九厘の人間が知る『ぼく』は、このぼくと違ってちゃんと人の姿をしてはいたけれど、ぼくの分身や子どものような存在でしかなかったし、自分が比良坂ヨモツであると信じ込んでいたからね」

 最初から影武者を用意していたということだろう。
 影武者の得た情報はすべて、影武者の預かり知らぬところで彼の元に行くようになっていたに違いなかった。

「でも、まさか半永久機関が調整中に暴走するようにしてあるとは思わなかった」

 と彼は笑った。

 彼は何かが起きるのを知っていながら、ユワやナユタや多くの人を見捨てたのだ。
 母と同じだ。目的を達するためにどれだけの命が犠牲になってもいいと思っている。

「小久保博士はぼくの良き友人だった。あんなことを企みさえしなければ、匣そのものにはならずにすんだのに。
 愛する息子や、娘のような存在に殺されずにすんだというのに。
 人類史上最高の頭脳を持ちながら、本当に残念だよ。
 、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、
 ずっとぼくが匣にならずにすむようにしてあげていたのに」

 それはまるで慈悲の言葉のようだった。
 彼が匣を管理していることは明白であり、彼は自分が神か何かと勘違いしているのだ。
 そういえば比良坂家は、黄泉の国の女王や、女王の血を引く、この国のもうひとつの王族だったか。

 ヨモツの姿は、人造人間のようにも見えたが、イザナギとイザナミの最初の子であるヒルコのようにも見えた。
 ヒルコは人に拾われ育てられ、七福神の一柱であるエビスとなったという説がある。
 人の姿をしていなかったために棄てられた子が、いくら人間に拾われたとはいえ、成長してエビスになるためには、義手や義足、人工臓器などの技術がその時代のこの国にはすでにあったということだからだ。
 彼の、ロリコやシヨタとは異なる機械の身体は、その時代の技術であるように見えた。

「それにしても、あなたのお父さんがイクサの一条隊長だったとはね。
 それにお母さんが小久保博士だったなんて、夢にも思わなかったわ」

「イズモくんのDNAを調べさせてもらったけれど、今からでも小久保博士の研究を引き継げる、非常に優秀な遺伝子を持っているというのに残念だよ。
 今のコヨミは、雨野家に嫁ぐ必要もなくなっているというのに」

「彼は駄目よ。高校の勉強についていくだけで精一杯らしいから」

「それは前の世界の彼だろう?」

 確かに、前の世界でぼくはコヨミを殺す前にそんな泣き言を吐露していた。

「今の世界での彼の成績は、ヒラサカ高校の理系のトップクラスだよ」

「あら意外」

 それはぼくですら知らないことだった。

「今も、彼はおそらく、ぼくが何者かを見定めているはずだ。
 匣の管理者であることはもちろん、比良坂の家の歴史やぼくの見た目から、ぼくがイザナギとイザナミの最初の子ではないか、とね。違うかい?」

 彼にはまるで思考を読まれているようだった。

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