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第67話「2022/10/13 ②」

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 重苦しい雰囲気を、ロリコは必死で変えてくれようとしていた。

 ようやく会えた母親が、目の前で人ではない存在になりかけ、ぼくはロリコにその手を汚させた。
 ニュース映像でようやくその顔を確認できた父親は、ぼくにとてもよく似ていた。父はぼくたちの代わりにすべてを背負い逮捕された。
 ユワやナユタという知り合いや、コヨミの兄のヨモツをはじめ、250人以上の命が身近な場所で失われた。

 そんな日に、重苦しい雰囲気でいるのは当然で、楽しい話をして笑ったりすることは不謹慎かもしれない。
 だけど、いつまでも重苦しい雰囲気でいたところで気持ちがさらに落ち込むだけだ。

「今日って確か、バディ刑事(デカ)のシーズン21が始まる日じゃなかったでしたっけ?」

 ぼくはロリコが変えようとしてくれている雰囲気に乗ることにした。

「そうだった。すっかり忘れてた」

 バディ刑事は、ぼくとロリコが大好きな刑事ドラマだ。

「あー、昨日の夜とか、今日から復活した初代バディの、14年前の最後の事件を再放送してたみたいだ」

 ぼくは透過型ディスプレイで、昨日や今日のテレビの番組表を見ながら言った。

「うわぁ、それ、映画のときくらいカヲルちゃんがめちゃくちゃイケメンな回……」

 バディ刑事は、主人公の天才刑事は20年以上変わらないまま、バディが数年毎に変わり、バディが卒業する度に次のバディは誰が務めるのか、必ずネットで話題になるほどの人気の長寿刑事ドラマだった。
 毎回誰も予想していなかったような俳優が新しいバディに起用され、ネットニュースにある「番組関係者」の言葉が、いかに信用に値するものではないかを教えてくれる。
 ネットニュースはすべて、記者気取りのライターの憶測だけで書かれたコタツ記事であり、そんな番組関係者など存在しないし、そもそも取材すらしていない、不仲説なんかも全部憶測、そんなニュース記事には一切読む価値などなく、ライターに小銭稼ぎをさせてはいけないということがよくわかる、そういう意味でも素晴らしいドラマだった。

 ちなみに、正月の元日2時間スペシャルから、視聴者のハッピーな気持ちをどん底に叩き落としてくれるイヤミスでもある。

 前シーズンの最終話で7年間バディを務めた俳優さんが卒業し、新シーズンの新しいバディに、14年ぶりに初代バディが復帰すると発表されたのは7月くらいのことだったと思う。
 それからずっと楽しみで仕方がなかったのに、この数日いろんなことがありすぎた。
 特に今日はそれどころじゃなかったから完全に忘れてしまっていた。

 ぼくの部屋にはテレビがなかったから、

「見逃し配信のアプリで今から観ますか? 観れそうですか?」

 ロリコに少し気を遣われながら誘われ、

「うん。たぶん大丈夫だと思う。観よっか」

 ぼくたちは透過型ディスプレイでそのドラマを観ることにした。
 初代バディは結構いい大学を出ている設定だがノンキャリアで、根っからの体育会系でとにかく真っ直ぐな性格をしている。
 奥さんのことが好きすぎたりとか、かわいらしいところも多々あり、きっと元気をもらえると思った。


『亀山田 カヲルです』

『知っています』


「わっ、やばっ、ご主人様見てください。ロリコの腕、鳥肌が立ってます」

「これはやばいな。しびれるよな。エモいとか、そんな言葉じゃこの感動はもはや表現できないな」

 てか、その身体、鳥肌まで再現してるの?
 そっちの方が気になるじゃん。

「今のとこ、もっかい観ていい?」

「もっかい観ましょう。何度でもいいですよ」


『亀山田 カヲルです』

『知っています』


『亀山田 カヲルです』

『知っています』


 やっぱやばいわ。ぼくまで鳥肌立ってきたわ。

 そんな、主人公と初代バディのしびれるような再会シーンを観させて頂き、ふたりで感動ここに極まれりをしていたら、突然ぼくの部屋のインターフォンが鳴った。

「こんな時間に誰だろ」

 すでに日付が変わり、真夜中だった。
 人が訪ねてくる時間じゃなかったし、ぼくには部屋を訪ねてくるような友人は今の世界にも前の世界にもいなかった。

 ロリコはアプリを一時停止させ、インターフォンのカメラを覗くと、「シヨタだ!」と、嬉しそうに部屋の入り口に向かっていった。

「シヨタも立派なバディ刑事マニアにしてあげなくちゃ!」

 立派なバディ刑事マニアって何だろう。

 ふたりは、最初は犬猿の仲のように見えた。ケット・シーやクー・シーという猫や犬の妖精を意味する苗字が、母から与えられていたようだから犬猫の仲か。
 そんな風にロリコがシヨタの帰宅を嬉しそうに出迎えることがあるなんて、知り合った時には想像もしていなかった。

 でもシヨタって、左京さんより先に犯人見つけたり、トリックとか動機とかにも気付きそうだよな。
 こっちが一生懸命観てる途中で、それを得意気に披露してきたりとかしてきたらどうしてやろうか。

 ふたりは元々、母が産み出した兄妹のような人工知能であったし、今の姿や性格のモデルになった小学生時代のぼくやコヨミも、その頃はとても仲が良かった。
 ふたりは、人間よりも高度な知能を持ち、その身体は人間よりも人間らしく調整されている。
 だから、争い、いがみ合うことしか出来なくなってしまったぼくとコヨミと違い、わだかまりさえなくなれば仲良くできてしまうのだろう。

 朝までにはと言っていたわりには、やけに早いお帰りだなと思い、ぼくも部屋の入り口に向かった。

 そこにはシヨタだけでなく、コヨミがいた。その後ろには、ハットを深く被りサングラスをかけた、スーツ姿の見知らぬ男がもうひとりいた。
 見知らぬ男は、ユワのヤマヒトさんのような、コヨミの運転手兼SPといったところだろう。あの人には母や父が悪いことをしてしまった。責任を取らされたりしてなければいいのだけれど。
 おそらく彼は比良坂の私設武装組織、イクサの隊員だ。父の部下で、副隊長を任されていた遣田(やるた)という人なのかもしれない。

「警察がもうすぐここに来るわ。逃がしてあげるから、早く支度して」

 コヨミは、ぼくとロリコに告げた。

「ぼくたち、今、バディ刑事を見始めたばかりなんだけど……」

 ぼくの隣で、うんうん、とロリコが何度も頷いていた。

「見終わってからじゃだめかな……?」
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