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第65話「2022/10/12 ㉓」
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「この音は、母さんが起こした爆発に巻き込まれて逃げ場を失った人たちが、火や煙から何とか逃れようとして、300メートル以上高いところから飛び降りて、地面に落ちてる音だよね?」
ロリコは、ぼくの言葉を聞き、何の音かと思っていたものの正体を知って呆然としていた。
また窓に駆け寄ろうとするのをシヨタが止めてくれていた。
だが、母は、
「それがどうかしたの?」
と、きょとんとした顔のままで言った。
「母さんや父さんがぼくを守ってくれるのは嬉しいよ。
棄てられたわけじゃなくて、ずっと見守られてたんだってわかって嬉しかったよ。
でもそのために、どれだけの人の命をこれまでに犠牲にしてきたの?」
「人類の半分に、28をかけたくらいかなぁ。
ねぇ、ロリコちゃん、計算してくれない? シヨタくんでもいいから。
さんじゅうごおく、かける、にじゅうはち、って、いったいなんにんに、なるのかな?」
ぼくには自分が狂ったときの記憶があった。
だから、もっと早く気づくべきだった。
自分が常に被害者であると思い込み、加害者であることに気づけない。
間違ったことをしているのに、自分が正しいと信じて疑わない。
どちらにも正義があるとか、そういう話ではなく、明らかに自分が悪であるにも関わらず、自分こそが正義だと思い込んでいる。
そういう兆候は、爆発が起きたときにはすでに出ていたのに、ぼくには気づけなかった。
ようやく出会えた母だったから、ぼくは気づきたくなかったのかもしれない。
母は狂っていた。
『どうやら、この世界では、彼女がオルフィレウスの匣そのものになってしまったようだな』
シヨタもぼくと同意見だった。
「でも、この人、レデクスを持ってないよ? 匣そのものになるのは、レデクスの所有者じゃなかったの?」
『レデクスに内蔵されているのは、匣のコピーでしかない。
彼女はオルフィレウスの匣のオリジナルの研究をずっとしていた。
それも、世界が書き換えられる度に、いくつもの世界を跨いで、数百年か、あるいは千年以上もの間、研究を続けてきたんだ。
レデクスを所有しているだけで狂ってしまう可能性があるというのに、彼女が狂わずに済んでいたことが奇跡のようなものかもしれないな』
そばにあるだけで人を狂わせる匣は、見つけ次第破壊しなければいけなかった。
だが、その前に、ぼくには目の前の狂ってしまった母をどうするか、という問題があった。
ぼくやシヨタが考えている通りなら、このまま母を放っておけば、比良坂家や雨野家の私設武装組織に回収された後、世界を書き換える鍵になってしまう。
世界を書き換える意思を持った者の手に渡ることだけは避けなくてはいけなかった。
どこかに隔離するか?
でも、それはどこだ?
どこなら、母を安全に隔離できる?
父は信頼できる人物か?
父は母と同じように、比良坂家や雨野家を滅ぼそうとしているが、イクサの隊長という立場から、比良坂家に母を引き渡しかねないのではないか?
世界を書き換えるのがシヨタならいい。
彼と約束した、彼が愛した「前の世界でぼくと再会する前のコヨミ」を取り戻すためだけに使うのなら。
だが、使い方がわからない。
使い方がわかったとしても、新しい世界でまた匣をめぐる戦いが始まってしまう。
「ご主人様は、シヨタといっしょに部屋から出てて。
ロリコは、これからこの人が比良坂や雨野の人たちに回収されないようにしなきゃいけないから」
ロリコの言葉に、ぼくはハッとさせられた。
ロリコは、ぼくの母を殺そうとしていた。
ぼくは駄目だ。感情に流されすぎる。
それしか方法がないことくらい、最初からわかっていたことだった。
「ぼくがやるよ……ぼくがやらなきゃいけないことだと思うから」
ぼくはロリコに人を殺すようなまねをさせたくなかった。
「ご主人様には無理だよ。だって、武器になるようなものなんかないでしょ?」
「ここは医務室だよ。武器になるものくらい、いくらでもある。ボールペンでも人は人を殺せるんだ」
「無理だと思う。この人が若さを維持してるのは、ヒアルロン酸じゃなくてナノマシンだって言ってたから。
この人はご主人様のお父さんに、ヨモツ様が生体ナノマシンを身体に飼ってるから、爆発に巻き込まれても生きてるかもって話してた。
ご主人様のお父さんは、ヨモツ様が生きてたら、身体が再生する前に、口に手榴弾を咥えさせて脳を吹き飛ばすって……」
ロリコは泣いていた。
「そんなことまでしなきゃ、この人は死なない人かもしれないの。
ロリコは、ご主人様に、ご主人様のお母さんにそんなことはさせられない。
だから、ロリコがやるの」
「だったら、ぼくはそれを見てる」
ぼくには、その義務があると思った。
「少し痛いかもしれないけど、我慢してね」
ロリコは母の首をへし折ると、
「いっぱい悪口言ってごめんなさい。本当はお母さんと仲良くしたかったです」
そのまま首をねじり切り、壁に頭部を叩きつけた。
母の頭蓋骨は粉々に砕け、脳漿がペンキのアートのように飛び散った。
母の身体は頭部を失っても、まだ動いていた。
ロリコは手刀で心臓を貫き、握り潰した。
母はようやく動かなくなった。
ぼくはそれを見届けた後で、母の首から落ちたネームプレートを拾った。
それくらいしか、形見になるものはなかった。
ロリコは、ぼくの言葉を聞き、何の音かと思っていたものの正体を知って呆然としていた。
また窓に駆け寄ろうとするのをシヨタが止めてくれていた。
だが、母は、
「それがどうかしたの?」
と、きょとんとした顔のままで言った。
「母さんや父さんがぼくを守ってくれるのは嬉しいよ。
棄てられたわけじゃなくて、ずっと見守られてたんだってわかって嬉しかったよ。
でもそのために、どれだけの人の命をこれまでに犠牲にしてきたの?」
「人類の半分に、28をかけたくらいかなぁ。
ねぇ、ロリコちゃん、計算してくれない? シヨタくんでもいいから。
さんじゅうごおく、かける、にじゅうはち、って、いったいなんにんに、なるのかな?」
ぼくには自分が狂ったときの記憶があった。
だから、もっと早く気づくべきだった。
自分が常に被害者であると思い込み、加害者であることに気づけない。
間違ったことをしているのに、自分が正しいと信じて疑わない。
どちらにも正義があるとか、そういう話ではなく、明らかに自分が悪であるにも関わらず、自分こそが正義だと思い込んでいる。
そういう兆候は、爆発が起きたときにはすでに出ていたのに、ぼくには気づけなかった。
ようやく出会えた母だったから、ぼくは気づきたくなかったのかもしれない。
母は狂っていた。
『どうやら、この世界では、彼女がオルフィレウスの匣そのものになってしまったようだな』
シヨタもぼくと同意見だった。
「でも、この人、レデクスを持ってないよ? 匣そのものになるのは、レデクスの所有者じゃなかったの?」
『レデクスに内蔵されているのは、匣のコピーでしかない。
彼女はオルフィレウスの匣のオリジナルの研究をずっとしていた。
それも、世界が書き換えられる度に、いくつもの世界を跨いで、数百年か、あるいは千年以上もの間、研究を続けてきたんだ。
レデクスを所有しているだけで狂ってしまう可能性があるというのに、彼女が狂わずに済んでいたことが奇跡のようなものかもしれないな』
そばにあるだけで人を狂わせる匣は、見つけ次第破壊しなければいけなかった。
だが、その前に、ぼくには目の前の狂ってしまった母をどうするか、という問題があった。
ぼくやシヨタが考えている通りなら、このまま母を放っておけば、比良坂家や雨野家の私設武装組織に回収された後、世界を書き換える鍵になってしまう。
世界を書き換える意思を持った者の手に渡ることだけは避けなくてはいけなかった。
どこかに隔離するか?
でも、それはどこだ?
どこなら、母を安全に隔離できる?
父は信頼できる人物か?
父は母と同じように、比良坂家や雨野家を滅ぼそうとしているが、イクサの隊長という立場から、比良坂家に母を引き渡しかねないのではないか?
世界を書き換えるのがシヨタならいい。
彼と約束した、彼が愛した「前の世界でぼくと再会する前のコヨミ」を取り戻すためだけに使うのなら。
だが、使い方がわからない。
使い方がわかったとしても、新しい世界でまた匣をめぐる戦いが始まってしまう。
「ご主人様は、シヨタといっしょに部屋から出てて。
ロリコは、これからこの人が比良坂や雨野の人たちに回収されないようにしなきゃいけないから」
ロリコの言葉に、ぼくはハッとさせられた。
ロリコは、ぼくの母を殺そうとしていた。
ぼくは駄目だ。感情に流されすぎる。
それしか方法がないことくらい、最初からわかっていたことだった。
「ぼくがやるよ……ぼくがやらなきゃいけないことだと思うから」
ぼくはロリコに人を殺すようなまねをさせたくなかった。
「ご主人様には無理だよ。だって、武器になるようなものなんかないでしょ?」
「ここは医務室だよ。武器になるものくらい、いくらでもある。ボールペンでも人は人を殺せるんだ」
「無理だと思う。この人が若さを維持してるのは、ヒアルロン酸じゃなくてナノマシンだって言ってたから。
この人はご主人様のお父さんに、ヨモツ様が生体ナノマシンを身体に飼ってるから、爆発に巻き込まれても生きてるかもって話してた。
ご主人様のお父さんは、ヨモツ様が生きてたら、身体が再生する前に、口に手榴弾を咥えさせて脳を吹き飛ばすって……」
ロリコは泣いていた。
「そんなことまでしなきゃ、この人は死なない人かもしれないの。
ロリコは、ご主人様に、ご主人様のお母さんにそんなことはさせられない。
だから、ロリコがやるの」
「だったら、ぼくはそれを見てる」
ぼくには、その義務があると思った。
「少し痛いかもしれないけど、我慢してね」
ロリコは母の首をへし折ると、
「いっぱい悪口言ってごめんなさい。本当はお母さんと仲良くしたかったです」
そのまま首をねじり切り、壁に頭部を叩きつけた。
母の頭蓋骨は粉々に砕け、脳漿がペンキのアートのように飛び散った。
母の身体は頭部を失っても、まだ動いていた。
ロリコは手刀で心臓を貫き、握り潰した。
母はようやく動かなくなった。
ぼくはそれを見届けた後で、母の首から落ちたネームプレートを拾った。
それくらいしか、形見になるものはなかった。
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