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第64話「2022/10/12 ㉒」

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「最初の世界の戦いで、あなたはわたしたちと敵対する存在に身体を乗っ取られてしまった。
 2回目以降の世界ではわたしや一条くんの味方になってるけど、今イクサの副隊長を任されてる遣田(やるた)くんって人が、あなたの身体に憑依したの。
 そういう不思議な力を持った人たちが、最初の世界にはたくさんいた。今ではそんな人はいなくなってしまったけど。
 わたしは、仲間達や世界を守るために、あなたと心中するしかなかった」

 ぼくには前の世界の記憶しかなかったはずだったが、その最初の世界で起きたことを何となく覚えているような気がした。

「母さんは、母さんが作った殺人ウィルスを自分の腕に注射した。
 そのウィルスは、感染率と致死率が高くて、発症までの潜伏期間もすごく短くて、一瞬で身体の中で増殖し、発症する。
 発症したら身体中の穴という穴から血液や体液を噴水のように撒き散らす……」

「驚いた……覚えていたのね……」

「今、少しだけ思い出したんだ。ぼくにはひとつ前の世界の記憶しかないから。
 身体を乗っ取られてしまったぼくは、ぼくはというより、遣田という人だね、母さんが撒き散らした血液や体液に触れたか吸うかしてしまって、ウィルスに感染した。
 そしてすぐに発症し、遣田という人とぼくは死んだ」

 その通りよ、と母は言って、

「わたしと一条くんは、2回目以降の世界では、あなたを巻き込まないために、比良坂や雨野をはじめとする巨大な資本を持つグループに所属し、そのグループが資金援助する児童養護施設にあなたを預けるようになった」

 ぼくは棄てられたわけではなかったのだ。
 ふたりはずっと、ぼくを見守り続けてくれていたのだ。

「だけど、世界が書き換えられるたびに、わたしたちの仲間は新しい世界ではいなくなっていた」

 最初の世界では、確か雨野家の人たちは、母や父の仲間だったような気がした。血を絶やさなければいけないような相手ではなかったはずだった。
 ユワには、この世界にはいない兄がいて、同様に恋人がいたような記憶があった。
 彼らは母や父の仲間というより、むしろ彼らこそが敵対する存在と戦う中心人物であり、その仲間が母や父だったような記憶すらあった。

「新しい世界では、敵対する存在自体が変わっていたり、新たに現れたりした。
 仲間だったはずの人が敵になっていたりもした。雨野家の人たちがそうね。
 味方でいてくれたときに頼もしかった人たちほど、敵に回ったときに厄介な存在はいないわ」

 やはり、そうだった。

「だからわたしは、前の世界でエクスやレデクスを作った。
 ロリコちゃんやシヨタくんのような、高度な人工知能を有する存在を産み出すことで、世界が書き換えられてしまっても、世界を跨いで存在することができ、比良坂や雨野に対抗できる仲間を持とうとした。
 でも、前の世界では、ロリコちゃんたちに身体を与えることまではできなかった。
 開発はしていたの。でも間に合わなかった。
 あなたを守ることができなかった。
 だから今の世界では、ロリコちゃんやシヨタくんのための身体をちゃんと用意した」

 それがエクスマキナというわけだ。
 だから、土曜日までのロリコはエクスマキナに人工知能を移すことができなかったのだろう。
 土曜は前の世界であり、今の世界はぼくにとっては日曜の朝から始まっている。
 土曜までは、ぼくの部屋のクローゼットの中にはエクスマキナは存在しなかったのだ。
 世界を書き換えるという行為は、おそらくパラレルワールドを生み出す行為であり、母はぼくと違って何年も前から今の世界にいたのだろう。
 でなければ、エクスマキナは完成していないからだ。

「わたしも一条くんも、あなたを棄てたことは一度もないわ。すべてはあなたを守るためにしたことなの」

 その気持ちは嬉しかった。
 だが窓の外では、人が300メートル以上の高さから落下する、聞いたこともない音が次々と聞こえていた。

「母さんには、この音が聞こえないの? この音を聞いても何も思わないの?」

 ぼくの問いに、母はきょとんとした顔をしていた。
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