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第63話「2022/10/12 ㉑」
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「突貫工事を命令されたせいで、比良坂の養子ごと、ドカン、てわけか」
父の言葉に合わせたかのように、上の階から爆発音がした。
おそらく、最上階のフロアで、ナユタのために用意されたエクスマキナの疑似心臓が爆発したのだろう。
医務室の外からは悲鳴や怒号が聞こえていた。
20年以上前に大国で起きた、飛行機を使った自爆テロを連想した人たちがいたのだろう。
医務室の外ではパニックが起きていた。
ロリコは天井を見上げ、ぽかんとしていた。
シヨタは苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
彼は、ユワやナユタ、それにヨモツの命が失われてしまったことを悟ったのだろう。
爆発から少し遅れて、窓の外を落下していく何かが見えた。
それは、たぶん人だった。
爆発の被害は最上階だけでは済まず、その下の階やさらに下の階にまで被害が及んだのだろう。
火災が起き、逃げ場を失った人々が、地上から300メートル以上ある高さから、パラシュートもなしで次々と飛び降り始めたのだ。
ロリコが窓に近づこうとし、シヨタがそれを止めてくれていた。
窓の外には彼女には見せたくないものしかなかっただろうから、正直助かった。
「何をしたんだ? あんたら何がしたいんだよ?」
ぼくの問いに、父は見えない足をようやくぼくの顔から上げると、
「何をしたかくらい、俺たちの会話を聞いていればわかったはずだが。説明がほしいなら、ママに聞くんだな」
「一条くんは、背中で語るタイプのパパだったのね。知らなかったわ。
そういう家って大体母親が苦労するのよね。結婚しなくて正解だったわ」
「何とでも言え。予定通りの爆発だが、これでに一応イクサの部隊長だからな、遣田(やるた)と様子を見てくる」
「ヨモツくんは身体の中に生体ナノマシンを飼ってるわ。
至近距離での半永久機関の爆発に巻き込まれて生きているとは思えないけど」
「もし生きているようなら、体が再生する前に口に手榴弾を咥えさせて脳を吹き飛ばしておく」
「お願いね。ダーリン」
父は、母とそんな会話を楽しげにしながら、姿を現さないまま医務室を出ていった。
父を見送った母は、ぼくたちにソファーに座るよう促すと、対面に自分も腰を下ろした。
「わたしたちが何をしたのか、何がしたいか、だったわね。
比良坂と雨野の次期当主を、事故に見せかけて殺害した。それだけのことよ。
次はコヨミちゃんを殺すわ。
コヨミちゃんだけじゃなく、比良坂と雨野の血はすべて絶やす。絶やさなければいけないの」
「どうして、そんなことを……」
「すべてはあなたを守るため。
わたしと一条くんは、このオルフィレウスの匣をめぐる戦いに身を投じるようになってから、今の世界がもう29回目になるの。
20世紀末から21世紀の半ばまでの50年あまりを、すでに28回繰り返していて、もう1500年近い時を生きているわ。
若く見えると思うけど」
「ロリBBAが無理して若作りしてるようにしか見えないんですけど。
ヒアルロン酸注入しまくりのアラフォーのおばさんがロリコと同じ服着てるとか、頭おかしいんじゃないのかな」
「ロ、ロリBBA……」
どうやら、母が一番言われたくない悪口だったらしい。泣きそうな顔をしていた。
「ヒアルロン酸じゃないもん……ナノマシンだもん……」
泣きたいのは、意味もわからないままいきなり知り合いを殺されたこっちなんだが。
「あ、もうすぐハロウィンだからかな? だから赤ずきんちゃんのコスプレ?
年に一回のハロウィンなら、おばさんもコスプレしてもいいとか思ってるかもしれないけど、それを見させられる方の身になってよ。
それにここ、おばさんの職場でしょ?
もうセクハラだからね、そんな格好。そのコスプレだけでもう、セクハラにモラハラにパワハラの三重苦で、部下の人たち泣いてるよ、きっと」
ロリコが、見たことも聞いたこともない早口で母に悪口を並べ立てるのを、ぼくはただただ、怒らせたら怖い子だったんだなぁ、と思いながら見ていた。
『ロリコ、言いたいことが山ほどあるのはわかるが、少し黙っていような?』
いつの間にか、ぼくのポジションをシヨタが担うようになっていた。
今朝から彼には助けられてばかりだった。
「前の世界では、ついにあなたを巻き込んでしまった。
あなたを巻き込んだのは、最初の戦いのときだけだったのに、コヨミちゃんがあなたをこの街に呼んでしまったから」
母の言葉がすべて事実であったなら、ぼくもまた、28回も世界を書き換えられ、1500年近い時を生きているということだった。
父の言葉に合わせたかのように、上の階から爆発音がした。
おそらく、最上階のフロアで、ナユタのために用意されたエクスマキナの疑似心臓が爆発したのだろう。
医務室の外からは悲鳴や怒号が聞こえていた。
20年以上前に大国で起きた、飛行機を使った自爆テロを連想した人たちがいたのだろう。
医務室の外ではパニックが起きていた。
ロリコは天井を見上げ、ぽかんとしていた。
シヨタは苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
彼は、ユワやナユタ、それにヨモツの命が失われてしまったことを悟ったのだろう。
爆発から少し遅れて、窓の外を落下していく何かが見えた。
それは、たぶん人だった。
爆発の被害は最上階だけでは済まず、その下の階やさらに下の階にまで被害が及んだのだろう。
火災が起き、逃げ場を失った人々が、地上から300メートル以上ある高さから、パラシュートもなしで次々と飛び降り始めたのだ。
ロリコが窓に近づこうとし、シヨタがそれを止めてくれていた。
窓の外には彼女には見せたくないものしかなかっただろうから、正直助かった。
「何をしたんだ? あんたら何がしたいんだよ?」
ぼくの問いに、父は見えない足をようやくぼくの顔から上げると、
「何をしたかくらい、俺たちの会話を聞いていればわかったはずだが。説明がほしいなら、ママに聞くんだな」
「一条くんは、背中で語るタイプのパパだったのね。知らなかったわ。
そういう家って大体母親が苦労するのよね。結婚しなくて正解だったわ」
「何とでも言え。予定通りの爆発だが、これでに一応イクサの部隊長だからな、遣田(やるた)と様子を見てくる」
「ヨモツくんは身体の中に生体ナノマシンを飼ってるわ。
至近距離での半永久機関の爆発に巻き込まれて生きているとは思えないけど」
「もし生きているようなら、体が再生する前に口に手榴弾を咥えさせて脳を吹き飛ばしておく」
「お願いね。ダーリン」
父は、母とそんな会話を楽しげにしながら、姿を現さないまま医務室を出ていった。
父を見送った母は、ぼくたちにソファーに座るよう促すと、対面に自分も腰を下ろした。
「わたしたちが何をしたのか、何がしたいか、だったわね。
比良坂と雨野の次期当主を、事故に見せかけて殺害した。それだけのことよ。
次はコヨミちゃんを殺すわ。
コヨミちゃんだけじゃなく、比良坂と雨野の血はすべて絶やす。絶やさなければいけないの」
「どうして、そんなことを……」
「すべてはあなたを守るため。
わたしと一条くんは、このオルフィレウスの匣をめぐる戦いに身を投じるようになってから、今の世界がもう29回目になるの。
20世紀末から21世紀の半ばまでの50年あまりを、すでに28回繰り返していて、もう1500年近い時を生きているわ。
若く見えると思うけど」
「ロリBBAが無理して若作りしてるようにしか見えないんですけど。
ヒアルロン酸注入しまくりのアラフォーのおばさんがロリコと同じ服着てるとか、頭おかしいんじゃないのかな」
「ロ、ロリBBA……」
どうやら、母が一番言われたくない悪口だったらしい。泣きそうな顔をしていた。
「ヒアルロン酸じゃないもん……ナノマシンだもん……」
泣きたいのは、意味もわからないままいきなり知り合いを殺されたこっちなんだが。
「あ、もうすぐハロウィンだからかな? だから赤ずきんちゃんのコスプレ?
年に一回のハロウィンなら、おばさんもコスプレしてもいいとか思ってるかもしれないけど、それを見させられる方の身になってよ。
それにここ、おばさんの職場でしょ?
もうセクハラだからね、そんな格好。そのコスプレだけでもう、セクハラにモラハラにパワハラの三重苦で、部下の人たち泣いてるよ、きっと」
ロリコが、見たことも聞いたこともない早口で母に悪口を並べ立てるのを、ぼくはただただ、怒らせたら怖い子だったんだなぁ、と思いながら見ていた。
『ロリコ、言いたいことが山ほどあるのはわかるが、少し黙っていような?』
いつの間にか、ぼくのポジションをシヨタが担うようになっていた。
今朝から彼には助けられてばかりだった。
「前の世界では、ついにあなたを巻き込んでしまった。
あなたを巻き込んだのは、最初の戦いのときだけだったのに、コヨミちゃんがあなたをこの街に呼んでしまったから」
母の言葉がすべて事実であったなら、ぼくもまた、28回も世界を書き換えられ、1500年近い時を生きているということだった。
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