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第62話「2022/10/12 ⑳」

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 小久保博士は、彼女がぼくの母親だということを、ぼくが知っていたことを知っても、顔色ひとつ変えることはなかった。

「そう……あなたたちは、雨野元首相のお孫さんの付き添いで来ていたようだものね。
 さすがはユワさんね。ムラクモを使えば、それくらいは簡単に調べられたでしょうね」

 ムラクモは、雨野家にも存在する私設武装組織のことだ。

「でも、うちのイクサの方が優秀なのよ。あなたたちは、入り口にいたふたり以外に警備員の姿を見たかしら?
 ロビーやここに来るまでの間に、ひとりも警備員がいないのは、おかしいとは思わなかった?
 わたしが呼んだはずの一条隊長がいつまでたってもやって来ないのは、おかしいと思わない?」

 ぼくの父親はすでに来ている。この場にいる。ロビーにも、ここに来るまでの間にも警備員はいた。
 小久保博士はそう言っているのだ。
 だが、どこにいるのか、ぼくにはまるでわからなかった。

『まさか……』

「光学迷彩……?」

 シヨタとロリコは、そのからくりに気づいたようだった。

「ご名答。これもまた、オルフィレウスの匣がもたらした八百万の神の御業(みわざ)だ」

 ぼくの後頭部に何かが当たる音がした。

「ロリコ・ケットシーに、シヨタ・クーシーだったか?
 猫の妖精(ケット・シー)さんと犬の妖精(クー・シー)さんの方が、どうやら俺たちの息子より頭がいいらしいな」

 おそらく銃口だろう。

 はじめて聞く父の声は、低く暗く冷たい声だった。

「部隊を動かす必要も、武装の必要もない。俺がひとりで医務室に来ればいい。
 息子が訪ねてきたときの『符丁』だったな」

「トラトラトラじゃ、みんな何事かと思うでしょ?」

「MAXの歌かと思う奴もいるだろうな。ワレ奇襲ニ成功セリ、じゃなく、恋は一途、ってな」

「いつの歌よ。年がばれるわよ」

「1996年だったかな」

「26年も前じゃない」

 ぼくはいつの間にか後ろ手にされ、結束バンドで親指と親指を結ばれていた。
 いつの間にか足首にも結束バンドが結ばれ、床に転ばされていた。

「短時間だけ加速してるのか?」

 ぼくの問いに、

「どうやら少しは頭が使えるようだな」

 父はその姿を見せることもなく、声だけで答えた。

 父はおそらく、ぼくのレデクスの1日を47時間に拡張するログインボーナスと違って、いつでも時間を拡張し、加速した時の中に入ることが可能な、戦闘に特化したエクスを持っているのだろう。
 そんなものが戦争やテロで使われるようなことがあれば……
 あぁそうか、だから匣を手に入れた者は世界を制すると言われていたのか、とぼくは納得した。

 加速や光学迷彩、果ては世界を書き換え、歴史さえも改竄する能力、それらはぼくが好きな特撮変身ヒーローシリーズ「マスカレイドアバター」の歴代の主人公が必ずひとつは持っている能力だった。
 ぼくが特に好きなヒーローは、過去のマスカレイドアバターすべてに変身でき、その能力が使えるというチートヒーローだったが、父はまさにそれだった。
 敵にまわると、これほど恐ろしい存在はないと思わされた。怪人たちや戦闘員たちが気の毒に思えた。

「もっと早くこの子を拘束してほしかったわ。おかげでロリコちゃんをブルークスの所有者に出来なかったじゃない」

「悪いな。父親として、息子がどんな男に育ったのか見てみたかったからな。しばらく観察させてもらっていた」

 父親として? 息子の成長が見たかった?
 一体どの口が言っているのだろうか。

「ブルークスは、犬の妖精さんが掌握したと言っていただろう?
 彼にエクスマキナを与えて所有者にすればいいだけの話じゃないのか?
 顔もよく似ている。息子をレデクスの所有者から外すには、彼の方が適任に思えるが」

「ぼくをレデクスの所有者から外す? どういう意味だ?」

「息子を『オルフィレウスの匣そのもの』なんてものにしたくないっていうただの親心だよ」

「17年もほったらかしにしといて、今さら親父面すんなよ!」

「少し黙れ、バカ息子」

 姿の見えない父親は、ぼくの顔を足で踏みつけると、

「確か、今日は雨野のボクっ娘の執事にエクスマキナを与える約束が入ってたな。そろそろか?」

 唐突にユワやナユタの話を始めた。

「そうね。もう間もなく最終調整が終わる頃かしら。
 エクスマキナの疑似心臓は、半永久的にエクスマキナを稼働させる小さな永久機関。
 その扱いは慎重に行わないといけないのに、雨野のあの我が儘なお嬢様は、昨日の今日で受け取りを希望するんだもの」

 この人たちは何を話しているのだろうか?
 ユワやナユタに何かするつもりなのだろうか。

「突貫工事を命令されたせいで、比良坂の養子ごと、ドカン、てわけか」

 父の言葉に合わせたかのように、上の階から爆発音がした。
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