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第61話「2022/10/12 ⑲」
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「あなたはロリコちゃんよね? あなたのことはよく覚えているわ。
あなたやシヨタくん、それにあともうひとり、フィリアという人工知能の元になったレデクスのプログラムを組んだのはわたしだし、名前をつけたのもわたしだから。
それに、コヨミさんにそっくりなエクスマキナを、ヨモツくんに初めて見せられたときはびっくりしたわ。
その身体を欲しがっているのがロリコちゃんだと聞いたときはもっとびっくりした」
ロリコの顔を見たときに驚いた様子だった彼女は、当然ぼくがレデクスの所有者であることを知っているのだろう。
ぼくが自分の息子だということも、口にしないだけで知っているに違いなかった。
ユワは確か、ロリコの身体を人間よりも人間らしく最終調整したのが小久保博士だと言っていた。
エクスマキナ自体は、ヨモツがヒラサカグループの様々な部門が研究する義肢や人工臓器を使って、ひとり分の人間の身体として組み上げたものだと教えてくれたのはロリコだっただろうか。
ロリコは、ぼくを産んだ母親かもしれない女性を前にして、何も話せないでいた。緊張しているのか、怒っているのか、小さな身体を少し震わせていた。
シヨタは、ぼくのかわりにロリコの手を握ってくれていた。そこに実体はなかったが、ロリコならシヨタの手のぬくもりを感じることができるだろう。
「あの男の子は、レデクスの所有者のひとり、ロリコちゃんのご主人様の葦原イズモくんでいいのよね?」
ロリコがこくりと頷くと、
「あなたのようなかわいい子に慕われて、あの子は幸せ者ね」
小久保博士は母親のような口調でそう言うと、すぐに医者や科学者の口調に戻り、めまいはレデクスの所有者にはよくあることなのだと言った。
超拡張現実機能は人には過ぎた代物であり、レデクスだけでなくトツカ県民全員に支給されているエクスですら、心身に不調をきたす場合が多々あるのだという。
比良坂兄妹もよく彼女の元を訪ねており、県内にいくつかあるメンタルクリニックは自律神経失調症の患者であふれているということだった。
「でも、元々拡張現実の存在だったロリコちゃんなら、超拡張現実機能を完全に使いこなせるはずよ。
あなたなら、五感を失うことも、狂ってしまうことも、オルフィレウスの匣そのものになってしまうこともないの」
小久保博士は、ロリコに青いエクスを差し出した。
「レデクスの機能をさらに高めた、ブルークスよ。いつかあなたに会うことがあったら、渡そうと思ってたの」
「こんなもの、いらないです……ロリコにはメイドも執事もいらないですから……」
「ブルークスは、わたしがあなたのためだけにヨモツくんにも内緒で作ったものだから、メイドや執事を産み出す機能はないわ。
あなたには超拡張現実機能をサポートする存在は必要ないとわかっていたから。
これを受け取ってくれれば、ロリコちゃんの戸籍や住民票、マイナンバーカードを用意してあげる。
あなたはもう人間そのもの。いいえ、人間よりも優れた存在なのだから、いずれ人々の上に立ち、この国や世界を導く存在になるはず。
そんな子が戸籍や住民票を持ってないのはおかしいでしょう?」
「それもいりません……ロリコはご主人様のおそばにいられたら、それだけで……」
「わたしは、ロリコちゃんがイズモくんと結婚することができるようにしてあげるって言ってるのよ?」
ロリコはその言葉にハッとしたような顔をした。
彼女は小久保博士の手のひらの上で完全に踊らされてしまっていた。
しばらく悩んだ末にブルークスを受け取ってしまった。
「ブルークス、彼女を、検体名『ロリコ・ケットシー』を、あなたの所有者として登録して」
小久保博士の言葉を聞いたブルークスは、ロリコの生体認証を行い、彼女を所有者として登録しようとした。
だが、ロリコを登録することはできなかった。
『小久保博士、貴女に私の声が聞こえるかどうかはわからないが、このブルークスという端末は、すでに私「シヨタ・クーシー」が完全に掌握している。
貴女が我が主の前に現れたとき、所有者未登録の端末を所持していたことから、こういう展開が待っているであろうことは予測できたからな』
「シヨタ? どうしてあなたが、あの子と……」
シヨタはどうやら、ぼくとロリコにだけその姿が見えるようにしていたらしい。
今、ようやくその姿を小久保博士の前に現したようだった。
『この世界の比良坂のお嬢様には、不要と判断され、棄てられてしまったのでね。貴女が我が主を棄てたように』
「自分が産んだ子どもを平気で棄てるような母親は、やっぱり最低な人間だったな」
ぼくは身体を起こし、ベッドから降りた。
「失望するだけだとわかっていたから、探さなかったし、会いたくもなかったのに。
あんたは本当に、アインシュタインやホーキングを超える、人類史上最高の知能を持つ科学者なのか?
ただのマッドサイエンティストじゃないか」
ぼくはロリコに歩み寄り、その手から優しくブルークスを引き剥がした。
「ご主人様はもう、あなたが自分の母親だということを知っています」
意を決したように、ロリコはその言葉を口にした。
「あなたが呼んだ、イクサの一条隊長という人が父親だということや、ご主人様の名前が、葦原イズモじゃなくて、本当は小久保ソウジだってことも」
シヨタがぼくの味方になっていたことには驚いても、小久保博士が母親だということをぼくが知っていたことについて、彼女は顔色ひとつ変えることはなかった。
あなたやシヨタくん、それにあともうひとり、フィリアという人工知能の元になったレデクスのプログラムを組んだのはわたしだし、名前をつけたのもわたしだから。
それに、コヨミさんにそっくりなエクスマキナを、ヨモツくんに初めて見せられたときはびっくりしたわ。
その身体を欲しがっているのがロリコちゃんだと聞いたときはもっとびっくりした」
ロリコの顔を見たときに驚いた様子だった彼女は、当然ぼくがレデクスの所有者であることを知っているのだろう。
ぼくが自分の息子だということも、口にしないだけで知っているに違いなかった。
ユワは確か、ロリコの身体を人間よりも人間らしく最終調整したのが小久保博士だと言っていた。
エクスマキナ自体は、ヨモツがヒラサカグループの様々な部門が研究する義肢や人工臓器を使って、ひとり分の人間の身体として組み上げたものだと教えてくれたのはロリコだっただろうか。
ロリコは、ぼくを産んだ母親かもしれない女性を前にして、何も話せないでいた。緊張しているのか、怒っているのか、小さな身体を少し震わせていた。
シヨタは、ぼくのかわりにロリコの手を握ってくれていた。そこに実体はなかったが、ロリコならシヨタの手のぬくもりを感じることができるだろう。
「あの男の子は、レデクスの所有者のひとり、ロリコちゃんのご主人様の葦原イズモくんでいいのよね?」
ロリコがこくりと頷くと、
「あなたのようなかわいい子に慕われて、あの子は幸せ者ね」
小久保博士は母親のような口調でそう言うと、すぐに医者や科学者の口調に戻り、めまいはレデクスの所有者にはよくあることなのだと言った。
超拡張現実機能は人には過ぎた代物であり、レデクスだけでなくトツカ県民全員に支給されているエクスですら、心身に不調をきたす場合が多々あるのだという。
比良坂兄妹もよく彼女の元を訪ねており、県内にいくつかあるメンタルクリニックは自律神経失調症の患者であふれているということだった。
「でも、元々拡張現実の存在だったロリコちゃんなら、超拡張現実機能を完全に使いこなせるはずよ。
あなたなら、五感を失うことも、狂ってしまうことも、オルフィレウスの匣そのものになってしまうこともないの」
小久保博士は、ロリコに青いエクスを差し出した。
「レデクスの機能をさらに高めた、ブルークスよ。いつかあなたに会うことがあったら、渡そうと思ってたの」
「こんなもの、いらないです……ロリコにはメイドも執事もいらないですから……」
「ブルークスは、わたしがあなたのためだけにヨモツくんにも内緒で作ったものだから、メイドや執事を産み出す機能はないわ。
あなたには超拡張現実機能をサポートする存在は必要ないとわかっていたから。
これを受け取ってくれれば、ロリコちゃんの戸籍や住民票、マイナンバーカードを用意してあげる。
あなたはもう人間そのもの。いいえ、人間よりも優れた存在なのだから、いずれ人々の上に立ち、この国や世界を導く存在になるはず。
そんな子が戸籍や住民票を持ってないのはおかしいでしょう?」
「それもいりません……ロリコはご主人様のおそばにいられたら、それだけで……」
「わたしは、ロリコちゃんがイズモくんと結婚することができるようにしてあげるって言ってるのよ?」
ロリコはその言葉にハッとしたような顔をした。
彼女は小久保博士の手のひらの上で完全に踊らされてしまっていた。
しばらく悩んだ末にブルークスを受け取ってしまった。
「ブルークス、彼女を、検体名『ロリコ・ケットシー』を、あなたの所有者として登録して」
小久保博士の言葉を聞いたブルークスは、ロリコの生体認証を行い、彼女を所有者として登録しようとした。
だが、ロリコを登録することはできなかった。
『小久保博士、貴女に私の声が聞こえるかどうかはわからないが、このブルークスという端末は、すでに私「シヨタ・クーシー」が完全に掌握している。
貴女が我が主の前に現れたとき、所有者未登録の端末を所持していたことから、こういう展開が待っているであろうことは予測できたからな』
「シヨタ? どうしてあなたが、あの子と……」
シヨタはどうやら、ぼくとロリコにだけその姿が見えるようにしていたらしい。
今、ようやくその姿を小久保博士の前に現したようだった。
『この世界の比良坂のお嬢様には、不要と判断され、棄てられてしまったのでね。貴女が我が主を棄てたように』
「自分が産んだ子どもを平気で棄てるような母親は、やっぱり最低な人間だったな」
ぼくは身体を起こし、ベッドから降りた。
「失望するだけだとわかっていたから、探さなかったし、会いたくもなかったのに。
あんたは本当に、アインシュタインやホーキングを超える、人類史上最高の知能を持つ科学者なのか?
ただのマッドサイエンティストじゃないか」
ぼくはロリコに歩み寄り、その手から優しくブルークスを引き剥がした。
「ご主人様はもう、あなたが自分の母親だということを知っています」
意を決したように、ロリコはその言葉を口にした。
「あなたが呼んだ、イクサの一条隊長という人が父親だということや、ご主人様の名前が、葦原イズモじゃなくて、本当は小久保ソウジだってことも」
シヨタがぼくの味方になっていたことには驚いても、小久保博士が母親だということをぼくが知っていたことについて、彼女は顔色ひとつ変えることはなかった。
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