上 下
61 / 104

第61話「2022/10/12 ⑲」

しおりを挟む
「あなたはロリコちゃんよね? あなたのことはよく覚えているわ。
 あなたやシヨタくん、それにあともうひとり、フィリアという人工知能の元になったレデクスのプログラムを組んだのはわたしだし、名前をつけたのもわたしだから。
 それに、コヨミさんにそっくりなエクスマキナを、ヨモツくんに初めて見せられたときはびっくりしたわ。
 その身体を欲しがっているのがロリコちゃんだと聞いたときはもっとびっくりした」

 ロリコの顔を見たときに驚いた様子だった彼女は、当然ぼくがレデクスの所有者であることを知っているのだろう。
 ぼくが自分の息子だということも、口にしないだけで知っているに違いなかった。

 ユワは確か、ロリコの身体を人間よりも人間らしく最終調整したのが小久保博士だと言っていた。
 エクスマキナ自体は、ヨモツがヒラサカグループの様々な部門が研究する義肢や人工臓器を使って、ひとり分の人間の身体として組み上げたものだと教えてくれたのはロリコだっただろうか。

 ロリコは、ぼくを産んだ母親かもしれない女性を前にして、何も話せないでいた。緊張しているのか、怒っているのか、小さな身体を少し震わせていた。
 シヨタは、ぼくのかわりにロリコの手を握ってくれていた。そこに実体はなかったが、ロリコならシヨタの手のぬくもりを感じることができるだろう。

「あの男の子は、レデクスの所有者のひとり、ロリコちゃんのご主人様の葦原イズモくんでいいのよね?」

 ロリコがこくりと頷くと、

「あなたのようなかわいい子に慕われて、あの子は幸せ者ね」

 小久保博士は母親のような口調でそう言うと、すぐに医者や科学者の口調に戻り、めまいはレデクスの所有者にはよくあることなのだと言った。
 超拡張現実機能は人には過ぎた代物であり、レデクスだけでなくトツカ県民全員に支給されているエクスですら、心身に不調をきたす場合が多々あるのだという。
 比良坂兄妹もよく彼女の元を訪ねており、県内にいくつかあるメンタルクリニックは自律神経失調症の患者であふれているということだった。

「でも、元々拡張現実の存在だったロリコちゃんなら、超拡張現実機能を完全に使いこなせるはずよ。
 あなたなら、五感を失うことも、狂ってしまうことも、オルフィレウスの匣そのものになってしまうこともないの」

 小久保博士は、ロリコに青いエクスを差し出した。

「レデクスの機能をさらに高めた、ブルークスよ。いつかあなたに会うことがあったら、渡そうと思ってたの」

「こんなもの、いらないです……ロリコにはメイドも執事もいらないですから……」

「ブルークスは、わたしがあなたのためだけにヨモツくんにも内緒で作ったものだから、メイドや執事を産み出す機能はないわ。
 あなたには超拡張現実機能をサポートする存在は必要ないとわかっていたから。
 これを受け取ってくれれば、ロリコちゃんの戸籍や住民票、マイナンバーカードを用意してあげる。
 あなたはもう人間そのもの。いいえ、人間よりも優れた存在なのだから、いずれ人々の上に立ち、この国や世界を導く存在になるはず。
 そんな子が戸籍や住民票を持ってないのはおかしいでしょう?」

「それもいりません……ロリコはご主人様のおそばにいられたら、それだけで……」

「わたしは、ロリコちゃんがイズモくんと結婚することができるようにしてあげるって言ってるのよ?」

 ロリコはその言葉にハッとしたような顔をした。

 彼女は小久保博士の手のひらの上で完全に踊らされてしまっていた。

 しばらく悩んだ末にブルークスを受け取ってしまった。

「ブルークス、彼女を、検体名『ロリコ・ケットシー』を、あなたの所有者として登録して」

 小久保博士の言葉を聞いたブルークスは、ロリコの生体認証を行い、彼女を所有者として登録しようとした。
 だが、ロリコを登録することはできなかった。

『小久保博士、貴女に私の声が聞こえるかどうかはわからないが、このブルークスという端末は、すでに私「シヨタ・クーシー」が完全に掌握している。
 貴女が我が主の前に現れたとき、所有者未登録の端末を所持していたことから、こういう展開が待っているであろうことは予測できたからな』

「シヨタ? どうしてあなたが、あの子と……」

 シヨタはどうやら、ぼくとロリコにだけその姿が見えるようにしていたらしい。
 今、ようやくその姿を小久保博士の前に現したようだった。

『この世界の比良坂のお嬢様には、不要と判断され、棄てられてしまったのでね。貴女が我が主を棄てたように』

「自分が産んだ子どもを平気で棄てるような母親は、やっぱり最低な人間だったな」

 ぼくは身体を起こし、ベッドから降りた。

「失望するだけだとわかっていたから、探さなかったし、会いたくもなかったのに。
 あんたは本当に、アインシュタインやホーキングを超える、人類史上最高の知能を持つ科学者なのか?
 ただのマッドサイエンティストじゃないか」

 ぼくはロリコに歩み寄り、その手から優しくブルークスを引き剥がした。

「ご主人様はもう、あなたが自分の母親だということを知っています」

 意を決したように、ロリコはその言葉を口にした。

「あなたが呼んだ、イクサの一条隊長という人が父親だということや、ご主人様の名前が、葦原イズモじゃなくて、本当は小久保ソウジだってことも」

 シヨタがぼくの味方になっていたことには驚いても、小久保博士が母親だということをぼくが知っていたことについて、彼女は顔色ひとつ変えることはなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】あなたを忘れたい

やまぐちこはる
恋愛
子爵令嬢ナミリアは愛し合う婚約者ディルーストと結婚する日を待ち侘びていた。 そんな時、不幸が訪れる。 ■□■ 【毎日更新】毎日8時と18時更新です。 【完結保証】最終話まで書き終えています。 最後までお付き合い頂けたらうれしいです(_ _)

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

犠牲の恋

詩織
恋愛
私を大事にすると言ってくれた人は…、ずっと信じて待ってたのに… しかも私は悪女と噂されるように…

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

幼い公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

朱色の谷
ファンタジー
公爵家の末娘として生まれた6歳のティアナ お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。愛されたいと願い、愛想よく振る舞っていたが一向に興味を示してくれない… そんな中、夢の中の本を読むと、、、

処理中です...