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第50話「2022/10/12 ⑧」
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ユワは何事もなかったように、
「やっほー。あれ? イズモくんによく似た、その半ズボンの執事くんは誰?」
やっほーからやり直したが、その顔は耳まで真っ赤になっていた。
高校生の女の子が、大量のタピオカをウミガメの産卵のように窓の外に吐き出したのだから、無理もなかった。
運転手らしき人が慌てて片付けていたし、それには触れないであげることにした。
「前の世界の比良坂コヨミのレデクスにいた、彼女の元執事だよ。今日からぼくの執事になってくれた」
『シヨタと申します。雨野ユワ様ですね。お噂はかねがね……』
ロリコから「ボクっ娘女狐」と呼ばれていたり、ろくな噂じゃなかったが、
「そういう定型文みたいな挨拶いらないから。普通に喋ってくれていーよ。とりあえず乗っちゃって」
ユワは、まるでいい噂ばかりがシヨタの耳に入っているかのように振る舞った。
ろくな噂じゃない以上の光景を、彼はたった今目の当たりにしたばかりだったのだが。
タピオカを片付け終えた運転手さんがドアを開けてくれ、ぼくたちはリムジンに乗り込んだ。
運転手さんは、大変背が高く2メートル以上ある人だった。ユワの運転手兼SPなのだろう。
ぼくの身長は、某ヨーチューバーだかブイチューバーの発言によれば、どうやら人権がないらしい169センチだったが、彼はぼくより頭二つ分くらいは大きかった。
NBA選手たちの中でも特に高身長な選手が、確か220センチくらいだったと思う。それくらいか、それ以上あるように見えた。
筋肉質な身体をしているのがスーツを着ていてもよくわかった。スポーツではなく格闘技をやっている人の、相手を叩きのめすか、あるいは殺めるために必要な筋肉のように見えた。
近未来的なバイザーのようなものをかけたメンインブラックであり、顔はよくわからなかったが、彫りの深い顔立ちをしているのはなんとなくわかった。
最近はスーツにサングラスだと、逃走中に無言でひたすら追いかけてくる人のイメージが強いから、もしかしたらアンニュイを履き違え続けるユワが、サングラスからバイザーに変えさせたのかもしれない。
もはやその履き違えっぷりは免許皆伝クラスで、運転手さんの顔は完全に人類を補完したい人の顔になっていた。
リムジンの中は、ドアから見るとどこまで続いてるんだろうと思うくらい長い、コの字のソファーがあり、その真ん中には同じくらい長いテーブルがあった。大きなテレビや冷蔵庫などもあり、トイレまでついていた。ぼくの部屋なんかよりもずっと快適な生活が送れそうだった。
「じゃ、行こっか。ヨモっちには10時くらいに行くって言ってあるから、途中コンビニとか寄りたかったら言ってよ。
一応飲み物とかお菓子は用意してあるけど、ボクの趣味だし」
とりあえず飲み物はタピオカでいっぱいなんだなということはわかった。
あれはもはや食べ物だから、飲み物もお菓子も全部タピオカでもおかしくなかった。
だが、このリムジンを停車できるくらい大きな駐車場があるコンビニなんて、市内にあるのだろうか。
「とりあえず、ヨモっちのところに向かうね。じゃあ、ヤマヒト、車出しちゃって」
ヤマヒトというのが、先ほどの運転手兼SPの人の名前なのだろう。
「了解しました」
低音のその声は、ライブハウスの重低音のように腹に響いた。
『彼はおそらく、雨野家の私設武装組織「ムラクモ」に属する者だろう。
身長や体格から察するに、今は数人しかいない「山人(さんじん)」と呼ばれる、この国の先住民族の末裔かもしれない』
シヨタはぼくにだけ聞こえる声でそう言った。
「私設武装組織?」
この国でそんなものを、家や一族単位で持っている人達がいるとは思いもよらなかった。
運転手さんがこの国の先住民族の末裔かもしれないとか、情報が多すぎてぼくはまるでついていけなかった。
ぼくはまだタピオカとバイザーのことで頭がいっぱいだったのだ。
ただ、雨野家の人は、本当に日本神話に登場する『アメノ』がついてるものが好きなんだなと思った。
ムラクモの前にアメノをつければ、アメノムラクモになる。
神話の時代、スサノオがヤマタノオロチを退治した際に、その尾から出てきた剣であり、平家が滅んだ壇之浦の戦いで、まだ幼かったこの国の当時の王が入水した際に失われた、この国の三種の神器のひとつ、草薙の剣の別名だ。
『私設の武装組織だが、雨野家の命令を受けたムラクモは、警察や消防、自衛隊よりもその行動が優先されると聞いている』
前の世界の情報しかないとはいえ、比良坂家の内部事情に詳しいシヨタが、ぼくたちの味方になってくれたことは、本当にありがたかった。
比良坂家だけでなく雨野家の情報にも彼は詳しかったからだ。
雨野家は、ユワの祖父である雨野コウドウをはじめ、明治維新以降何人も首相経験者を排出していたが、どうやら想像していた以上にとんでもない権力と財力をお持ちのようだった。
比良坂家にも私設武装組織はあり、そちらは「イクサ」という名前らしい。
ムラクモと同様にイクサもまた、比良坂家から命令を受けた際には、警察や消防、自衛隊よりもその行動が優先されるのだという。
だが、シヨタからそういう情報を聞くと、本当に怖かった。
信じるか信じないかはあなた次第という都市伝説や陰謀論のレベルではなく、現実にそういう組織が存在していることを知ってしまうことになるからだ。
そういう組織とぼくたちが、今後敵対する可能性がないとは言い切れないからだった。
「やっほー。あれ? イズモくんによく似た、その半ズボンの執事くんは誰?」
やっほーからやり直したが、その顔は耳まで真っ赤になっていた。
高校生の女の子が、大量のタピオカをウミガメの産卵のように窓の外に吐き出したのだから、無理もなかった。
運転手らしき人が慌てて片付けていたし、それには触れないであげることにした。
「前の世界の比良坂コヨミのレデクスにいた、彼女の元執事だよ。今日からぼくの執事になってくれた」
『シヨタと申します。雨野ユワ様ですね。お噂はかねがね……』
ロリコから「ボクっ娘女狐」と呼ばれていたり、ろくな噂じゃなかったが、
「そういう定型文みたいな挨拶いらないから。普通に喋ってくれていーよ。とりあえず乗っちゃって」
ユワは、まるでいい噂ばかりがシヨタの耳に入っているかのように振る舞った。
ろくな噂じゃない以上の光景を、彼はたった今目の当たりにしたばかりだったのだが。
タピオカを片付け終えた運転手さんがドアを開けてくれ、ぼくたちはリムジンに乗り込んだ。
運転手さんは、大変背が高く2メートル以上ある人だった。ユワの運転手兼SPなのだろう。
ぼくの身長は、某ヨーチューバーだかブイチューバーの発言によれば、どうやら人権がないらしい169センチだったが、彼はぼくより頭二つ分くらいは大きかった。
NBA選手たちの中でも特に高身長な選手が、確か220センチくらいだったと思う。それくらいか、それ以上あるように見えた。
筋肉質な身体をしているのがスーツを着ていてもよくわかった。スポーツではなく格闘技をやっている人の、相手を叩きのめすか、あるいは殺めるために必要な筋肉のように見えた。
近未来的なバイザーのようなものをかけたメンインブラックであり、顔はよくわからなかったが、彫りの深い顔立ちをしているのはなんとなくわかった。
最近はスーツにサングラスだと、逃走中に無言でひたすら追いかけてくる人のイメージが強いから、もしかしたらアンニュイを履き違え続けるユワが、サングラスからバイザーに変えさせたのかもしれない。
もはやその履き違えっぷりは免許皆伝クラスで、運転手さんの顔は完全に人類を補完したい人の顔になっていた。
リムジンの中は、ドアから見るとどこまで続いてるんだろうと思うくらい長い、コの字のソファーがあり、その真ん中には同じくらい長いテーブルがあった。大きなテレビや冷蔵庫などもあり、トイレまでついていた。ぼくの部屋なんかよりもずっと快適な生活が送れそうだった。
「じゃ、行こっか。ヨモっちには10時くらいに行くって言ってあるから、途中コンビニとか寄りたかったら言ってよ。
一応飲み物とかお菓子は用意してあるけど、ボクの趣味だし」
とりあえず飲み物はタピオカでいっぱいなんだなということはわかった。
あれはもはや食べ物だから、飲み物もお菓子も全部タピオカでもおかしくなかった。
だが、このリムジンを停車できるくらい大きな駐車場があるコンビニなんて、市内にあるのだろうか。
「とりあえず、ヨモっちのところに向かうね。じゃあ、ヤマヒト、車出しちゃって」
ヤマヒトというのが、先ほどの運転手兼SPの人の名前なのだろう。
「了解しました」
低音のその声は、ライブハウスの重低音のように腹に響いた。
『彼はおそらく、雨野家の私設武装組織「ムラクモ」に属する者だろう。
身長や体格から察するに、今は数人しかいない「山人(さんじん)」と呼ばれる、この国の先住民族の末裔かもしれない』
シヨタはぼくにだけ聞こえる声でそう言った。
「私設武装組織?」
この国でそんなものを、家や一族単位で持っている人達がいるとは思いもよらなかった。
運転手さんがこの国の先住民族の末裔かもしれないとか、情報が多すぎてぼくはまるでついていけなかった。
ぼくはまだタピオカとバイザーのことで頭がいっぱいだったのだ。
ただ、雨野家の人は、本当に日本神話に登場する『アメノ』がついてるものが好きなんだなと思った。
ムラクモの前にアメノをつければ、アメノムラクモになる。
神話の時代、スサノオがヤマタノオロチを退治した際に、その尾から出てきた剣であり、平家が滅んだ壇之浦の戦いで、まだ幼かったこの国の当時の王が入水した際に失われた、この国の三種の神器のひとつ、草薙の剣の別名だ。
『私設の武装組織だが、雨野家の命令を受けたムラクモは、警察や消防、自衛隊よりもその行動が優先されると聞いている』
前の世界の情報しかないとはいえ、比良坂家の内部事情に詳しいシヨタが、ぼくたちの味方になってくれたことは、本当にありがたかった。
比良坂家だけでなく雨野家の情報にも彼は詳しかったからだ。
雨野家は、ユワの祖父である雨野コウドウをはじめ、明治維新以降何人も首相経験者を排出していたが、どうやら想像していた以上にとんでもない権力と財力をお持ちのようだった。
比良坂家にも私設武装組織はあり、そちらは「イクサ」という名前らしい。
ムラクモと同様にイクサもまた、比良坂家から命令を受けた際には、警察や消防、自衛隊よりもその行動が優先されるのだという。
だが、シヨタからそういう情報を聞くと、本当に怖かった。
信じるか信じないかはあなた次第という都市伝説や陰謀論のレベルではなく、現実にそういう組織が存在していることを知ってしまうことになるからだ。
そういう組織とぼくたちが、今後敵対する可能性がないとは言い切れないからだった。
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