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第28話「2022/10/11 ⑤ 『オルフィレウスの匣とウィルキンズ司教の匣』」

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 永久機関は、19世紀には純粋力学的な方法だけでなく、熱を使った方法でも実現不可能であることが明らかになってしまったという。

 永久に動き続ける機械を作るには、「エネルギー保存の法則」と「エントロピー増大の原理」という、ふたつの難しい物理法則をクリアしなければならなかった。


 永久機関は実現できない。


 それは100年以上前にすでに証明されてしまっていた。

 そんなものが、書き換えられたこの世界では実現し、存在していた。


 20世紀初頭、中東にあるヤルダバという小国で「オルフィレウスの匣」と呼ばれる永久機関の設計図が発見されたからだという。

 その匣は、匣と呼ばれてはいるものの、実際には匣の形をしているわけではなく、常にその形を変え続けているという。

 匣は超古代文明の遺産か、あるいは外宇宙からやってきた古代宇宙飛行士によってもたらされた情報端末であり、永久機関だけでなく、軌道エレベーターやスペースコロニーの設計図、月や火星のテラフォーミングの方法、オリハルコンやヒヒイロカネといった神の金属の精製方法までが記されていたという。

 核融合反応についても記されており、ヤルダバの3人の科学者、ブライ、ラーガル、レオナルドは、世界ではじめて核融合反応に成功し、ヤルダバの当時の女王アナスタシアは、彼らに賢者の称号を与えた。
 三賢者と呼ばれるようになった彼らはその後、原子力発電所を作り、ヤルダバはその技術を世界中に売って、巨万の富を得た。
 世界中の国々が原子力発電所を作り、さらに戦争のための兵器としてその技術を転用した。
 それが後にヒロシマやナガサキに落とされることになる核兵器だった。

 第二次世界大戦の最中、オカルティズムに傾倒し、聖なる遺物を集めていたとある国の独裁者は、数百万人ものヤルダバ人を強制収容所に捕らえ、拷問や虐殺を行い、オルフィレウスの匣を手に入れた。

 匣を手に入れた者は世界を制する力を持つ。

 オカルティズムの世界では、そう言われていたからだった。
 だが、そこに記されていた核融合反応以外の技術は、当時の科学技術では到底実現不可能なものばかりだったため、独裁者は世界を制することなく自ら命を絶つこととなった。

 戦後、GHQの目をかいくぐり、ヒラサカグループがその匣を手に入れた。

 ヒラサカグループはそれから半世紀以上の歳月をかけて、ついに永久機関を実現させた。
 永久機関は「オーブ」と名付けられ、同時進行で進められていた軌道エレベーターの建造は、オーブの完成により中止が決定された。
 建造に使われた資源には、すでに精製可能となっていたオリハルコンやヒヒイロカネが使われていたため、再利用することを目的に軌道エレベーターは跡形もなく解体されてしまったのだという。

 国連は、オーブの国家レベルでの試験実用を行うことを決定した。
 だが、その試験実用の条件として、世界中の国々に対し大量破壊兵器の完全廃棄を求めた。

 条件を呑むことに二の足を踏んだ大国らは永久機関の導入に出遅れることとなった。

 これにより、世界はふたつに分断された。
「オーブ保有国連邦」と「それ以外の大国ら」である。

 オーブ保有国連邦に所属することになった日本は、大国から安保条約を一方的に破棄されることになったが、さして問題はなかった。大国がオーブ保有国連邦に所属する国々に入れ替わっただけであったからだ。

 オーブ保有国連邦は、かねてから懸念されていたエネルギー問題を解決しただけでなく、人口問題や食糧危機、環境問題をはじめとする様々な問題に対しても、解決の糸口を見出だしはじめていた。


 永久機関オーブの実現とオーブ保有国連邦の誕生から数年過ぎた21世紀初頭、大国らは教会が3世紀に渡り秘匿し続けてきた「ウィルキンズ司教の匣」と呼ばれる、オルフィレウスの匣とは似て非なる永久機関の設計図の存在を知った。

 教皇に対し匣の開示を要求し、要求に応じない場合には武力行使も辞さない姿勢を示す大国らに対し、国連やオーブ保有国連邦がその姿勢を非難すると、大国らは大量破壊兵器の使用を匂わせた。

 もはや教会は応じるしかなく、国連やオーブ保有国連邦もまた見守るしかなかった。

 匣を手に入れた大国らもまた、一国で大量破壊兵器を何千発も保有しながら、オーブとは似て非なる永久機関を実現させた。

 ウィルキンズ司教の匣を元に作られたその永久機関は「クリスタル」と名付けられた。


 それが、この世界の歴史だった。

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