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第27話「2022/10/11 ④」
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雨野ユワは、
「キミが早退するつもりならボクも一緒に早退するよ」
と、ぼくに言った。
彼女もまた、見知らぬクラスメイトの顔ばかりが並んだ教室に辟易していたところだったという。
ぼくにとっては彼女もまた、その見知らぬクラスメイトのひとりだったわけだが、彼女はどうやらぼくのことをよく知っているようだった。
「キミの赤いエクスに今ロリコちゃんがいないのは、ヒラサカグループが開発していた『エクスマキナ』にロリコちゃんの人工知能のプログラムやデータが移っているからだろ?」
エクスマキナというのはロリコの身体のことなのだろうか。
確か、デウスエクスマキナという言葉が機械仕掛けの神という意味だったから、エクスマキナは機械仕掛けという意味なのだろう。
「そのエクスマキナっていうのは、等身大の球体関節人形みたいなやつか?」
ぼくがロリコの身体の作りをざっくりと説明すると、ユワは「やっぱり」と言った。
「ボクもナユタにそのエクスマキナをあげたいんだ。まだ試験段階らしいけど、どんなものか見たかったんだよ。
ロリコちゃんは今どこにいるんだい? キミの住む学生寮にこれから行ってもいいかい?」
ユワはその口調や仕種から、女の子というよりもまるで同性と話しているような感じだった。
だが、ぼくに全くその気がないとはいえ、ロリコにしてみれば、やっとコヨミという強敵がいなくなったかと思ったら、ぼくがすぐに新しい女の子を部屋に連れてきたと思うだろう。
彼女の精神上良くないような気がしたが、
「ぼくが知らない、君が知っていることを、いろいろ教えてくれるならいいよ」
今はユワから情報を仕入れることを優先するべきだとぼくは思った。
「君の父親が誰で、母親が誰なのか。君の本名は何と言うのか、とかかな?」
彼女はまるで、それを知っているかのような口振りだったが、
「ぼくに親はいないし、ぼくは葦原イズモでしかないよ」
ぼくはそれを知りたいとは思わなかった。
「ぼくが知りたいのは、この世界のことだ。誰がどうやって世界を書き換えたのか知りたいんだ」
高校から駅に向かう虹桜の桜並木の坂道を上りながら、ぼくはユワからこの世界のことを教えてもらった。
「世界を書き換える方法は、ボクもよく知らないんだよ。
だけど、世界が書き換えられて今の世界になったのは、昨日までの三連休の間だよ。
正確には土曜の真夜中から日曜の明け方までの間かな。
日曜の朝には軌道エレベーターが消えていたからね」
土曜の真夜中から日曜の明け方までの間といえば、ロリコの炎上したSNSがちっとも収まりそうになかった頃だ。
日曜の朝は、彼女が仕方なくアカウントを削除した頃だった。
コヨミからしばらくは会うのはやめようとメッセージが届いたのは日曜の昼頃であり、ロリコが球体関節人形のような身体を手に入れたのはその直後だったと思う。
日曜と翌日の月曜の祝日、ぼくは1日を47時間に拡張し、ロリコとふたりきりで過ごしたが、部屋から一歩も出ることはなかった。部屋の窓から外を見ることもなかった。
だからぼくは世界が書き換えられ、軌道エレベーターの存在がなくなってしまったことに気づかなかったし、知らなかった。
ロリコは気づいていたのだろうか。
気づいていたのなら、どうして教えてくれなかったのだろうか。
ふと、そんなことが気になった。
20世紀末、人類は永久機関の実現に成功した。
それが、書き換えられた今の世界の歴史だった。
永久機関とは、外部からエネルギーを受け取ることなく、無限に運動を行い続ける装置のことであり、石炭も石油も核融合反応も一切不要となり、深刻化の一途をたどるエネルギー問題を解決するこの発明は、人類史上最大の発明となったという。
永久機関の研究自体は、古くから存在していたそうだ。
紀元前3世紀頃、アルキメデスの時代にはもう、その研究が始められていたらしい。
その時代から2000年あまりの時をかけ、科学者や技術者たちは永久機関を実現するため、精力的に研究を行ってきた。
しかし、18世紀の終わりには純粋力学的な方法では実現不可能だということが明らかとなったという。
ぼくとユワはハバキリ駅でリニアに乗った。
「純粋力学って何だ?」
「ボクに聞かないでほしいな。こう見えてボクはあんまり頭が良くないんだよ」
「なんかずっと気だるそうな顔してるもんな。勉強とか一切してなさそうだし」
「アンニュイって言ってくれる!?
一生懸命頑張って神秘的でミステリアスなキャラ作ってきたんだから!!」
キャラ作ってるなぁ、中二病かなぁとは思ってはいたが、ユワは本当にアンニュイなキャラを作っていたらしかった。
元首相の孫とはいえ、ユワは普通の女の子だった。
一人称がボクの、ちょっとイタい女の子を、普通の女の子と呼んでもいいのならだけど。
「キミが早退するつもりならボクも一緒に早退するよ」
と、ぼくに言った。
彼女もまた、見知らぬクラスメイトの顔ばかりが並んだ教室に辟易していたところだったという。
ぼくにとっては彼女もまた、その見知らぬクラスメイトのひとりだったわけだが、彼女はどうやらぼくのことをよく知っているようだった。
「キミの赤いエクスに今ロリコちゃんがいないのは、ヒラサカグループが開発していた『エクスマキナ』にロリコちゃんの人工知能のプログラムやデータが移っているからだろ?」
エクスマキナというのはロリコの身体のことなのだろうか。
確か、デウスエクスマキナという言葉が機械仕掛けの神という意味だったから、エクスマキナは機械仕掛けという意味なのだろう。
「そのエクスマキナっていうのは、等身大の球体関節人形みたいなやつか?」
ぼくがロリコの身体の作りをざっくりと説明すると、ユワは「やっぱり」と言った。
「ボクもナユタにそのエクスマキナをあげたいんだ。まだ試験段階らしいけど、どんなものか見たかったんだよ。
ロリコちゃんは今どこにいるんだい? キミの住む学生寮にこれから行ってもいいかい?」
ユワはその口調や仕種から、女の子というよりもまるで同性と話しているような感じだった。
だが、ぼくに全くその気がないとはいえ、ロリコにしてみれば、やっとコヨミという強敵がいなくなったかと思ったら、ぼくがすぐに新しい女の子を部屋に連れてきたと思うだろう。
彼女の精神上良くないような気がしたが、
「ぼくが知らない、君が知っていることを、いろいろ教えてくれるならいいよ」
今はユワから情報を仕入れることを優先するべきだとぼくは思った。
「君の父親が誰で、母親が誰なのか。君の本名は何と言うのか、とかかな?」
彼女はまるで、それを知っているかのような口振りだったが、
「ぼくに親はいないし、ぼくは葦原イズモでしかないよ」
ぼくはそれを知りたいとは思わなかった。
「ぼくが知りたいのは、この世界のことだ。誰がどうやって世界を書き換えたのか知りたいんだ」
高校から駅に向かう虹桜の桜並木の坂道を上りながら、ぼくはユワからこの世界のことを教えてもらった。
「世界を書き換える方法は、ボクもよく知らないんだよ。
だけど、世界が書き換えられて今の世界になったのは、昨日までの三連休の間だよ。
正確には土曜の真夜中から日曜の明け方までの間かな。
日曜の朝には軌道エレベーターが消えていたからね」
土曜の真夜中から日曜の明け方までの間といえば、ロリコの炎上したSNSがちっとも収まりそうになかった頃だ。
日曜の朝は、彼女が仕方なくアカウントを削除した頃だった。
コヨミからしばらくは会うのはやめようとメッセージが届いたのは日曜の昼頃であり、ロリコが球体関節人形のような身体を手に入れたのはその直後だったと思う。
日曜と翌日の月曜の祝日、ぼくは1日を47時間に拡張し、ロリコとふたりきりで過ごしたが、部屋から一歩も出ることはなかった。部屋の窓から外を見ることもなかった。
だからぼくは世界が書き換えられ、軌道エレベーターの存在がなくなってしまったことに気づかなかったし、知らなかった。
ロリコは気づいていたのだろうか。
気づいていたのなら、どうして教えてくれなかったのだろうか。
ふと、そんなことが気になった。
20世紀末、人類は永久機関の実現に成功した。
それが、書き換えられた今の世界の歴史だった。
永久機関とは、外部からエネルギーを受け取ることなく、無限に運動を行い続ける装置のことであり、石炭も石油も核融合反応も一切不要となり、深刻化の一途をたどるエネルギー問題を解決するこの発明は、人類史上最大の発明となったという。
永久機関の研究自体は、古くから存在していたそうだ。
紀元前3世紀頃、アルキメデスの時代にはもう、その研究が始められていたらしい。
その時代から2000年あまりの時をかけ、科学者や技術者たちは永久機関を実現するため、精力的に研究を行ってきた。
しかし、18世紀の終わりには純粋力学的な方法では実現不可能だということが明らかとなったという。
ぼくとユワはハバキリ駅でリニアに乗った。
「純粋力学って何だ?」
「ボクに聞かないでほしいな。こう見えてボクはあんまり頭が良くないんだよ」
「なんかずっと気だるそうな顔してるもんな。勉強とか一切してなさそうだし」
「アンニュイって言ってくれる!?
一生懸命頑張って神秘的でミステリアスなキャラ作ってきたんだから!!」
キャラ作ってるなぁ、中二病かなぁとは思ってはいたが、ユワは本当にアンニュイなキャラを作っていたらしかった。
元首相の孫とはいえ、ユワは普通の女の子だった。
一人称がボクの、ちょっとイタい女の子を、普通の女の子と呼んでもいいのならだけど。
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