ぼくの人生には、ログインボーナスはもういらない。

雨野 美哉(あめの みかな)

文字の大きさ
上 下
5 / 104

第5話「2022/10/07 ⑤」

しおりを挟む
 ぼくとコヨミはハバキリ駅を出ると、高校に向かって並んで歩いた。
 ヒラサカ高校は駅から続くなだらかな坂を10分ほど下るとある。

 坂は桜並木のようになっており、春と秋に2度花を咲かせる桜が並んでいた。
 その桜は7枚の花弁の持ち、その色は一枚一枚違い虹のようだった。
 虹桜と呼ばれていたが、それが本当の名前なのかどうかは知らない。
 遺伝子操作された桜の並木道なのか、それとも透過型ディスプレイが見せる、本当は存在しない桜並木なのかはわからなかった。夢を壊したくなかったから透過型ディスプレイを閉じたこともなかった。
 9月半ばに咲き始めた花は10月7日になってもまだ散ってはいなかった。

 ロリコはぼくがリニアを降りた頃にはもう元の姿に戻っていたから、ぼくの視界には高校生になったコヨミだけでなく、小学生時代のコヨミも連れて歩いているように見えていた。

 ロリコがスクール水着とセーラー服を掛け合わせたような服を着て、ニーハイを履き、ランドセルを背負っているのは、ぼくの思い出の中にいる小学生時代のコヨミを再現し、見ることができなかった中学生時代の彼女を、補完したのが彼女という存在だからだろう。
 決してロリコンの変態だからではないと断言しておきたい。
 コヨミは昔からニーハイが好きで、今でもそれは変わらなかった。

 コヨミが理事長の娘であることは全校生徒に知れ渡っていた。確かめたことはないが、養女であることまでは知られてはいないようだった。
 美少女であることも相まって、彼女は学内一の有名人だった。

 コヨミの次に有名なのは、高校生でありながら芥川賞と直木賞を同時に受賞した同学年の女の子だろう。ぼくは本を読む習慣があまりなかったから、その女の子の名前もペンネームも小説のタイトルすら知らなかったけれど、そういう子が同じ高校にいることくらいは知っていた。

 同じ学校の男子生徒たちからのぼくに向けられる羨望や嫉妬の眼差しは、さすがに一年半も過ぎるともう慣れた。
 エクスのおかげで友だちがたくさんできていたことも、あまり気にならなくなった理由のひとつだろう。

 一年半前、ロリコやログインボーナスの存在の次にぼくが驚かされたのは、エクス専用の無料通話アプリである"RINNE"だった。
 "RINNE"は、アプリ上で友だちとして登録された者を、現実でも本当に友だちにしてしまうという信じられないような拡張現実機能を持っていた。
 学生寮の入寮と共に手渡されたぼくのエクスには、すでに"RINNE"がインストールされており、クラス発表どころか入学式すら行われる前だというのに、同じクラスになる者全員が友だち登録されていた。
 会ったこともない「友だち」たちから、入学前からチャットの通知音が鳴り止まないことや、入学早々まるで旧知の友人のように話しかけてきたことに、ぼくは大層驚かされたものだ。

「友だち」たちは、現実世界でもぼくの友だちになっただけではなく、アプリ上で非表示やブロックにすると、透過型ディスプレイを通してぼくの視界から消え、現実でも話しかけてくることさえなくなった。
 試しに友だちを削除をすると、その友だちはいつの間にか退学していた。退学させてしまったときには、申し訳ない気持ちになったものだった。

 二年生になる前の春休みにも、やはり同じクラスになる者全員がいつの間にか友だち登録されており、クラスメイトは全員ぼくの友だちだった。既読スルーや未読スルーをしても、「友だち」たちはぼくに不満を抱くことはなく、友だちであり続けていた。
 三年生になるときにはクラス替えはないが、今からでも何か部活動に入部すれば、ぼくの友だちは小学生になる前の子どもが口ずさむ有名なあの歌を実現させるかのこどく100人を超えるだろう。

 ロリコ曰く、ぼくのエクスはアップグレードによって最新の機能を実験的に搭載し続けるものであり、トツカ県民全員に配布される大量生産型とはその仕様がかなり異なるものらしかった。
 赤い色のエクスだけが特別仕様のものだそうだ。

 同じものをコヨミは持っていた。
 だからロリコは彼女を危険な存在だと認識していた。
 コヨミは無料通話アプリひとつでぼくを退学させることができるからだ。"RINNE"以外にもエクスにはぼくを排除する方法があるかもしれなかった。
 彼女がそんなことをするとはぼくには到底思えなかったが。

 ぼくたちは学校に着くと、靴箱で靴を履き替え教室に向かった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

視える棺2 ── もう一つの扉

中岡 始
ホラー
この短編集に登場するのは、"視えてしまった"者たちの記録である。 影がずれる。 自分ではない"もう一人"が存在する。 そして、見つけたはずのない"棺"が、自分の名前を刻んで待っている——。 前作 『視える棺』 では、「この世に留まるべきではない存在」を視てしまった者たちの恐怖が描かれた。 だが、"視える者"は、それだけでは終わらない。 "棺"に閉じ込められるべきだった者たちは、まだ完全に封じられてはいなかった。 彼らは、"もう一つの扉"を探している。 影を踏んだ者、"13階"に足を踏み入れた者、消えた友人の遺書を見つけた者—— すべての怪異は、"どこかへ繋がる"ために存在していた。 そして、最後の話 『視える棺──最後の欠片』 では、ついに"棺"の正体が明かされる。 "視える棺"とは何だったのか? 視えてしまった者の運命とは? この物語を読んだあなたも、すでに"視えている"のかもしれない——。

いなくなって、若返ったお父さんは、私のヒーローになって、永遠の共犯者になった。

かざみはら まなか
ホラー
【永遠不変のものは、あるの?】 お父さんは、私が中学生になる前に、仕事に行けなくなった。 休職して、退職して家にいたお父さんは、変わりたいと言って、ある日、お金を持って家からいなくなった。 私が物心ついたときから、お父さんは、私の面倒をみて、お母さんは妹の面倒をみていた。 お父さんがいなくなっても、その関係は変わらない、なんて思わなかった。 高校生になった私は、お父さんによく似た男の人に会った。 学校から家に向かう方向とは逆方向にある公園で、私達は出会った。 その男の人は、仕事に行けなくなる前の元気でいたお父さんにそっくり。 私が最後に見たお父さんの姿に比べたら、十歳近く若い見た目。 私達は、薄暗くなる公園のベンチで話をするようになった。 話をすればするほど、お父さんと話をしている錯覚に陥った。 でも、お父さんなら、娘と会って、知らんぷりなんて、しないよね? ある雨の日、危ない目にあっていた私を助けにきてくれたその人は、初めて私の名前を呼んだ。 『もう大丈夫だよ、きーちゃん。』 いなくなったお父さんだけが、呼んでいた呼び方で。 お父さんは、私に、したいことしたい、欲しいものを欲しいと言わせてくれる。 私は、もうずっと叶えたい望みがある。 私の家族は、お父さん、お母さん、妹。 私は、家族に、私を愛して大事にしてほしい。 だから、私と生きるために、変わってもらうね。 大人しく待っているだけのお姉ちゃんはもういないの。 ※物語が進むにつれて、ホラー要素の比重が増えます。

りんこにあったちょっと怖い話☆

更科りんこ
ホラー
【おいしいスイーツ☆ときどきホラー】 ゆるゆる日常系ホラー小説☆彡 田舎の女子高生りんこと、友だちのれいちゃんが経験する、怖いような怖くないような、ちょっと怖いお話です。 あま~い日常の中に潜むピリリと怖い物語。 おいしいお茶とお菓子をいただきながら、のんびりとお楽しみください。

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

『俺の過去世』

篠崎俊樹
ホラー
私が、最近、書き下ろした短編小説です。不気味なタッチで、描きました。また、愛する妻のことも書いております。また、毒親である父のことも書いていて、全体的に、不思議な小説です。第6回ホラー・ミステリー小説大賞にエントリーいたします。大賞を狙いたいと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

赤い部屋

山根利広
ホラー
YouTubeの動画広告の中に、「決してスキップしてはいけない」広告があるという。 真っ赤な背景に「あなたは好きですか?」と書かれたその広告をスキップすると、死ぬと言われている。 東京都内のある高校でも、「赤い部屋」の噂がひとり歩きしていた。 そんな中、2年生の天根凛花は「赤い部屋」の内容が自分のみた夢の内容そっくりであることに気づく。 が、クラスメイトの黒河内莉子は、噂話を一蹴し、誰かの作り話だと言う。 だが、「呪い」は実在した。 「赤い部屋」の手によって残酷な死に方をする犠牲者が、続々現れる。 凛花と莉子は、死の連鎖に歯止めをかけるため、「解決策」を見出そうとする。 そんな中、凛花のスマートフォンにも「あなたは好きですか?」という広告が表示されてしまう。 「赤い部屋」から逃れる方法はあるのか? 誰がこの「呪い」を生み出したのか? そして彼らはなぜ、呪われたのか? 徐々に明かされる「赤い部屋」の真相。 その先にふたりが見たものは——。

ルッキズムデスゲーム

はの
ホラー
『ただいまから、ルッキズムデスゲームを行います』 とある高校で唐突に始まったのは、容姿の良い人間から殺されるルッキズムデスゲーム。 知力も運も役に立たない、無慈悲なゲームが幕を開けた。

処理中です...