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第3話「2022/10/07 ③」
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通勤や通学の時間帯のトリフネ線のリニアモーターカーは、乗車率200パーセントを超えていた。
ミハシラ市には軌道エレベーターの建造に関わる企業がいくつも存在し、そこで働く人々が何十万人といるからだった。
軌道エレベーター完成の暁には首都機能をトツカ県に移転するという話も出ており、年々街の人口は増えていた。移転が決まったわけでもないのに、土地やマンションの値段も右肩上がりが止まらないようだった。
エクスやログインボーナスの噂を聞き、他県から移住してくる人も少なくないという。
エクスがトツカ県民にだけ配布されているのは、軌道エレベーターと何らかの関わりがあるからだ、エクスは危険だ、という都市伝説や陰謀論じみたものもあったが、エクスが見せる超拡張現実とログインボーナスの存在はやはり誰が見ても魅力的なのだろう。
リニアの車内は、乗客同士の体がふれあうほど混んでいて、辟易するほどの圧迫感があった。週刊誌程度なら何とか読めるだろうが、新聞は折りたたむなどしても読むことは難しいだろう。いつもそれくらい混んでいた。
もっともこの街に住む人々は皆エクスの所有者であったから、わざわざ車内で週刊誌や新聞を紙媒体で読むことはない。エクスを手に持つことすらしない。
皆黙って座ったり立ったりしているが、透過型ディスプレイに表示されるそれらを読んだり、ゲームアプリや動画、音楽を楽しんだりしていた。
他者の透過型ディスプレイを覗くことはできなかったし、ロリコのことを人に話したことがなかったから、ぼくは彼女と同じような存在を一度も見たことがなかったが、乗客たちにもきっとぼくのように、それぞれエクスが産み出したメイドや執事のような存在がいるのだろう。
そのロリコは、体を十分の一ほどに小さくし、本当に球体の関節を持つ美少女フィギュアのような大きさで、ぼくの制服にしがみついていた。まるで「北見くんの恋人」だった。
実体を持たず、ぼくにしか見えない彼女は、別にそんなことをしなくてもいいはずだった。普段のままのサイズでもぼくの視界には隣の乗客と重なって見えるだけだからだ。
ロリコはぼくに自分のかわいさをアピールしているのだ。
彼女にはぼくに対してそうする理由があった。
ぼくが住む学生寮の最寄駅から高校の最寄駅までは4駅あった。
自転車で通えないわけでもなかったが、一時間は早く起きなければいけなくなってしまうからリニア通学にしていた。
「ハバキリ~。ハバキリでございます。お忘れ物のないようご注意ください」
電車特有の車掌のアナウンスではなく機械の女性の声による車内アナウンスが、高校の最寄駅であるハバキリに着いたことを知らせ、ぼくは人波をかき分けてリニアを降りた。
ホームの反対側ではちょうど逆まわりのリニアが発車したところで、ハバキリ駅はぼくと同じ制服を着た高校生たちでいっぱいになっていた。
ぼくの通う私立ヒラサカ高校の制服は、男女共に緑と黄色のブロックチェック柄のブレザーで、男子と女子の違いはネクタイかリボンか、パンツかスカートかの違いしかなかった。制服に関する校則が比較的緩いため、ブレザーの下にパーカーを着ている生徒も少なくなかった。
そのホームで、ぼくは毎朝、比良坂コヨミ(ひらさか こよみ)という女の子に会う。
彼女はぼくとは逆まわりのリニアで一足先にホームに降り、ベンチに座ってぼくがやってくるのを待ってくれていた。
彼女の手のひらにはアルジャーノンという名前のハムスターがちょこんと座っており、ぼくを見つけると腕を駆け上り、彼女の首の後ろに隠れる。どうやらぼくは彼女の愛鼠に嫌われているようだったが、それがぼくが待ち合わせ場所に現れた合図になっていた。
「おはよう、イズくん。今日は寝坊しなかったんだね」
コヨミは、ロリコにそっくりの顔でぼくに微笑みかけた。
正しくはロリコが彼女に似ているだけなのだけれど。
コヨミがロリコと違うのは、髪型がツインテールではなく、明るすぎない程度の茶色に染めたゆるふわボブになっていることや、顔や身体が少し大人びていること、薄く化粧をしていること、それからぼくと同じ高校の制服を着ていることくらいだった。
ぼくとコヨミは高校のクラスメイトだった。
「昨日の遅刻はたまたまだよ。
これでも一応特待生だからね、コヨミのお父さんに目をつけられないようにしなきゃ」
ぼくは冗談交じりにそう返した。
彼女の父親は、ぼくたちが通う高校の理事長だったからだ。
「イズくんは何があっても大学までずっと特待生のままだよ。就職先も結婚相手も何もかも、最初からうちの親に全部頼んであるし」
なんとも頼もしいお言葉だった。
この街に引っ越してきてよかったことの三つ目は、コヨミと再会できたことだ。
ぼくは決して飛び抜けて頭がいいわけでもなく、運動ができるわけでもなかった。学費などをすべて免除される特待生になれるような生徒ではなかった。
コヨミが、中学校卒業と同時に児童養護施設を出て働くか、働きながら定時制や通信制の高校に通わなければいけなかったぼくを、この街に呼び寄せてくれたのだ。
ミハシラ市には軌道エレベーターの建造に関わる企業がいくつも存在し、そこで働く人々が何十万人といるからだった。
軌道エレベーター完成の暁には首都機能をトツカ県に移転するという話も出ており、年々街の人口は増えていた。移転が決まったわけでもないのに、土地やマンションの値段も右肩上がりが止まらないようだった。
エクスやログインボーナスの噂を聞き、他県から移住してくる人も少なくないという。
エクスがトツカ県民にだけ配布されているのは、軌道エレベーターと何らかの関わりがあるからだ、エクスは危険だ、という都市伝説や陰謀論じみたものもあったが、エクスが見せる超拡張現実とログインボーナスの存在はやはり誰が見ても魅力的なのだろう。
リニアの車内は、乗客同士の体がふれあうほど混んでいて、辟易するほどの圧迫感があった。週刊誌程度なら何とか読めるだろうが、新聞は折りたたむなどしても読むことは難しいだろう。いつもそれくらい混んでいた。
もっともこの街に住む人々は皆エクスの所有者であったから、わざわざ車内で週刊誌や新聞を紙媒体で読むことはない。エクスを手に持つことすらしない。
皆黙って座ったり立ったりしているが、透過型ディスプレイに表示されるそれらを読んだり、ゲームアプリや動画、音楽を楽しんだりしていた。
他者の透過型ディスプレイを覗くことはできなかったし、ロリコのことを人に話したことがなかったから、ぼくは彼女と同じような存在を一度も見たことがなかったが、乗客たちにもきっとぼくのように、それぞれエクスが産み出したメイドや執事のような存在がいるのだろう。
そのロリコは、体を十分の一ほどに小さくし、本当に球体の関節を持つ美少女フィギュアのような大きさで、ぼくの制服にしがみついていた。まるで「北見くんの恋人」だった。
実体を持たず、ぼくにしか見えない彼女は、別にそんなことをしなくてもいいはずだった。普段のままのサイズでもぼくの視界には隣の乗客と重なって見えるだけだからだ。
ロリコはぼくに自分のかわいさをアピールしているのだ。
彼女にはぼくに対してそうする理由があった。
ぼくが住む学生寮の最寄駅から高校の最寄駅までは4駅あった。
自転車で通えないわけでもなかったが、一時間は早く起きなければいけなくなってしまうからリニア通学にしていた。
「ハバキリ~。ハバキリでございます。お忘れ物のないようご注意ください」
電車特有の車掌のアナウンスではなく機械の女性の声による車内アナウンスが、高校の最寄駅であるハバキリに着いたことを知らせ、ぼくは人波をかき分けてリニアを降りた。
ホームの反対側ではちょうど逆まわりのリニアが発車したところで、ハバキリ駅はぼくと同じ制服を着た高校生たちでいっぱいになっていた。
ぼくの通う私立ヒラサカ高校の制服は、男女共に緑と黄色のブロックチェック柄のブレザーで、男子と女子の違いはネクタイかリボンか、パンツかスカートかの違いしかなかった。制服に関する校則が比較的緩いため、ブレザーの下にパーカーを着ている生徒も少なくなかった。
そのホームで、ぼくは毎朝、比良坂コヨミ(ひらさか こよみ)という女の子に会う。
彼女はぼくとは逆まわりのリニアで一足先にホームに降り、ベンチに座ってぼくがやってくるのを待ってくれていた。
彼女の手のひらにはアルジャーノンという名前のハムスターがちょこんと座っており、ぼくを見つけると腕を駆け上り、彼女の首の後ろに隠れる。どうやらぼくは彼女の愛鼠に嫌われているようだったが、それがぼくが待ち合わせ場所に現れた合図になっていた。
「おはよう、イズくん。今日は寝坊しなかったんだね」
コヨミは、ロリコにそっくりの顔でぼくに微笑みかけた。
正しくはロリコが彼女に似ているだけなのだけれど。
コヨミがロリコと違うのは、髪型がツインテールではなく、明るすぎない程度の茶色に染めたゆるふわボブになっていることや、顔や身体が少し大人びていること、薄く化粧をしていること、それからぼくと同じ高校の制服を着ていることくらいだった。
ぼくとコヨミは高校のクラスメイトだった。
「昨日の遅刻はたまたまだよ。
これでも一応特待生だからね、コヨミのお父さんに目をつけられないようにしなきゃ」
ぼくは冗談交じりにそう返した。
彼女の父親は、ぼくたちが通う高校の理事長だったからだ。
「イズくんは何があっても大学までずっと特待生のままだよ。就職先も結婚相手も何もかも、最初からうちの親に全部頼んであるし」
なんとも頼もしいお言葉だった。
この街に引っ越してきてよかったことの三つ目は、コヨミと再会できたことだ。
ぼくは決して飛び抜けて頭がいいわけでもなく、運動ができるわけでもなかった。学費などをすべて免除される特待生になれるような生徒ではなかった。
コヨミが、中学校卒業と同時に児童養護施設を出て働くか、働きながら定時制や通信制の高校に通わなければいけなかったぼくを、この街に呼び寄せてくれたのだ。
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