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【第五部 異世界転移奇譚 NAYUTA 2 - アトランダム -(RENJI 5)】もしもしっくすないんしてる途中で異世界転移しちゃったら。
第73話 プロローグⅢ
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伊勢神宮とは異世神宮。
この世界と異世界を繋ぐ場所だという。
そこは、パワースポットという言葉が当たり前に使われるようになる前の時代、父や母がまだ学生だった頃から好きだった場所で、ふたりは年に何度も足しげく通っていたそうだ。
ふたりは生まれ育った場所も違っていたが、その地に何度も足を運ぶうちに顔見知りとなり、目が合えば会釈や挨拶をするようになった。
父はシャイな人で、なかなか話しかけてくれなかったから、母から声をかけ話をするようになり、食事をして連絡先を交換し、やがて交際に発展したという。
お互いにはじめて見たときに、素敵な人だな、と思ったという。
それが、父が大学三年のとき。
いわゆる一目惚れというやつで、父はまだ話したこともないというのに、母以外の女性は考えられないと思ったそうだ。
それは、母もまた同じだったという。
そして、付き合いはじめたのが父が社会人四年目のときだそうだから、五年もお互いに片想いを続けていたということになる。
まだ携帯電話が普及しはじめる少し前の時代の話だ。
カラオケに行くと、よく父や母が唄う歌の歌詞にポケベルというものが出てくるから、その頃のことなのだと思う。
連絡先を交換したといっても、母は実家に電話がないと言い、父が電話番号を教えただけだったという。
そのため、電話は母から父にいつも一方的にかかってくるだけで、しかも公衆電話からだったから、数分しか話すことはできなかったそうだった。
ふたりが会うのはいつも伊勢神宮だった。
ふたりでどこかに出かけるときも、待ち合わせ場所は必ずその場所で、父が母を家まで送ろうとしても必ずその場所までだった。
母はいつも着物姿で、顔や見た目だけではなく、言葉遣いや所作なども大変美しく、まるで時代劇に出てくる女性のようで、きっと厳しい家庭で育ったのだろう、だから実家の電話番号や住所を教えられないんだろう、父はそう思ったそうだ。
もしかしたら、伊勢神宮に住んでたりして、と考えたこともあったという。
住み込みの巫女さんか何かかな、と。
巫女姿では出歩けないから着物を着ているのかな、と。
だが、実際はそうではなかった。
母は、異世界の人だった。
その異世界は、この世界を鏡写しにしたような、世界地図の東西が反転した世界で、その世界において日本は、ジパング、あるいは九頭龍国という名前であり、大和朝廷ではなく邪馬台国の歴史がずっと続いていた。
そして、その世界において、伊勢神宮がある場所にジパングの城があり、母はその国の女王だった。
後にパワースポットと呼ばれることになる神宮やそのそばにある森林には、大気中に他の場所にはない物質が存在していた。
その物質に名前はないが、仮に名前をつけるとしたら、エーテル(Ether)の英語読みになるイーサが良いだろう。
エーテルは、異世界においては魔法使いたちが十柱の精霊の力を借りて放つ魔法の触媒となる物質だ。
だがイーサは、ただテラとリバーステラを繋ぎ、異世界への行き来を可能とするゆらぎ(ゲート)を生み出すだけの物質であった。
母は、ジパングの双塔の城の片側、返璧(たまがえし)の塔の最上階にある女王の間に偶然現れたゆらぎを通り抜け、この世界に迷い込み、父に恋をした。
ゆらぎはいつ、どこに現れるかわからなかった。
そして、いつ消えてしまうかわからなかった。
シンデレラは午前零時に魔法が解けるが、母はいつ消えてしまうかわからないゆらぎが消える前に、元の世界に帰らなければならなかった。
ジパングに現れるゆらぎは必ずこの世界の伊勢神宮に繋がっており、同じゆらぎを通ることでジパングに変えることができたそうだ。
だが、神宮には他にも無数にゆらぎが存在した。
それらのゆらぎがどこに繋がっているのかは通り抜けてみなければわからず、母がジパングに帰る際に一度だけ間違えて通り抜けた先には、荒れ果てた土地が地平線の彼方まで広がっていたという。
銀色の髪と赤い瞳をした、脇腹に突き立てられた槍が背中を貫通した青年が、槍を引きずりながら歩いていたという。
母は、荒れ果てた土地と、槍に貫かれながらもまるで槍と一体化するように傷が治癒し、邪魔くさそうに歩いていた青年がただただ恐ろしく、声をかけることもできず、すぐにゆらぎを戻ったそうだった。
後になってわかったことらしいが、どうやらゆらぎの発生は月齢と関係しており、この世界では満月の夜の翌日、そして、月が3つある母の世界では、ブライという名の月が満月となる翌日だけ、ジパングと伊勢神宮を繋ぐゆらぎが現れていたという。
母は、返璧アリスという名前であったが、はじめてこの世界にやってきたときに運転免許証を拾ったそうだった。
そこには、秋月ハルミという名前が書かれており、母は写真というものを知らなかったが、母に瓜二つの女性の写真が載っていた。
今思い返すと、そのとき拾った運転免許証以外にも、そのあたりには財布やその中身、化粧品などが落ちており、バッグと、靴が片方だけ転がっていたそうだ。
おそらくは、本当の秋月ハルミという人は、ゆらぎを通り抜けてしまい、異世界へと行ってしまった。
だから慌てて戻ろうとしたが、戻る前にゆらぎが消えはじめてしまい、必死でもがいた。
そのときにバッグと靴だけがこの世界に戻ったのだろう。
地面に落ちた拍子にバッグが開き、中身が散らばることはあっても、財布のカード入れにあっただろう運転免許証だけが都合よく出ることはない。
だから、母がそれを拾う前に、財布からお金を盗んだ者がいるのだろう。
母は何も知らなかった。
ゆらぎが何なのかも、運転免許証が何なのかも。
ただ、自分に瓜二つの顔をした女性の、固い札が落ちていた。
だから拾った。それだけだ。
だから、母は悪くない。
秋月ハルミという名前を父に名乗り、戸籍から何もかもすべてを奪うことになってしまったが、母がそうしなければ、父と母が結ばれることもなければ、自分も兄も生まれてくることはできなかった。
父と兄がいなければ、異世界もこの世界も17年前に滅んでいた。
それでも、真実を知ってしまってからは、秋月リサは父と母と共に、ふたりがはじめて出会った日、母が運転免許証を拾った場所に、毎年必ず訪れるようにしていた。
本当の秋月ハルミという人が、11個も存在する異世界のどこへ、どの時代へ、どの国へ行ってしまい、今でも生きていてくれるのか、それとも死んでしまったのか、何もわからないけれど。
謝罪と感謝の思いを伝えるために。
この世界と異世界を繋ぐ場所だという。
そこは、パワースポットという言葉が当たり前に使われるようになる前の時代、父や母がまだ学生だった頃から好きだった場所で、ふたりは年に何度も足しげく通っていたそうだ。
ふたりは生まれ育った場所も違っていたが、その地に何度も足を運ぶうちに顔見知りとなり、目が合えば会釈や挨拶をするようになった。
父はシャイな人で、なかなか話しかけてくれなかったから、母から声をかけ話をするようになり、食事をして連絡先を交換し、やがて交際に発展したという。
お互いにはじめて見たときに、素敵な人だな、と思ったという。
それが、父が大学三年のとき。
いわゆる一目惚れというやつで、父はまだ話したこともないというのに、母以外の女性は考えられないと思ったそうだ。
それは、母もまた同じだったという。
そして、付き合いはじめたのが父が社会人四年目のときだそうだから、五年もお互いに片想いを続けていたということになる。
まだ携帯電話が普及しはじめる少し前の時代の話だ。
カラオケに行くと、よく父や母が唄う歌の歌詞にポケベルというものが出てくるから、その頃のことなのだと思う。
連絡先を交換したといっても、母は実家に電話がないと言い、父が電話番号を教えただけだったという。
そのため、電話は母から父にいつも一方的にかかってくるだけで、しかも公衆電話からだったから、数分しか話すことはできなかったそうだった。
ふたりが会うのはいつも伊勢神宮だった。
ふたりでどこかに出かけるときも、待ち合わせ場所は必ずその場所で、父が母を家まで送ろうとしても必ずその場所までだった。
母はいつも着物姿で、顔や見た目だけではなく、言葉遣いや所作なども大変美しく、まるで時代劇に出てくる女性のようで、きっと厳しい家庭で育ったのだろう、だから実家の電話番号や住所を教えられないんだろう、父はそう思ったそうだ。
もしかしたら、伊勢神宮に住んでたりして、と考えたこともあったという。
住み込みの巫女さんか何かかな、と。
巫女姿では出歩けないから着物を着ているのかな、と。
だが、実際はそうではなかった。
母は、異世界の人だった。
その異世界は、この世界を鏡写しにしたような、世界地図の東西が反転した世界で、その世界において日本は、ジパング、あるいは九頭龍国という名前であり、大和朝廷ではなく邪馬台国の歴史がずっと続いていた。
そして、その世界において、伊勢神宮がある場所にジパングの城があり、母はその国の女王だった。
後にパワースポットと呼ばれることになる神宮やそのそばにある森林には、大気中に他の場所にはない物質が存在していた。
その物質に名前はないが、仮に名前をつけるとしたら、エーテル(Ether)の英語読みになるイーサが良いだろう。
エーテルは、異世界においては魔法使いたちが十柱の精霊の力を借りて放つ魔法の触媒となる物質だ。
だがイーサは、ただテラとリバーステラを繋ぎ、異世界への行き来を可能とするゆらぎ(ゲート)を生み出すだけの物質であった。
母は、ジパングの双塔の城の片側、返璧(たまがえし)の塔の最上階にある女王の間に偶然現れたゆらぎを通り抜け、この世界に迷い込み、父に恋をした。
ゆらぎはいつ、どこに現れるかわからなかった。
そして、いつ消えてしまうかわからなかった。
シンデレラは午前零時に魔法が解けるが、母はいつ消えてしまうかわからないゆらぎが消える前に、元の世界に帰らなければならなかった。
ジパングに現れるゆらぎは必ずこの世界の伊勢神宮に繋がっており、同じゆらぎを通ることでジパングに変えることができたそうだ。
だが、神宮には他にも無数にゆらぎが存在した。
それらのゆらぎがどこに繋がっているのかは通り抜けてみなければわからず、母がジパングに帰る際に一度だけ間違えて通り抜けた先には、荒れ果てた土地が地平線の彼方まで広がっていたという。
銀色の髪と赤い瞳をした、脇腹に突き立てられた槍が背中を貫通した青年が、槍を引きずりながら歩いていたという。
母は、荒れ果てた土地と、槍に貫かれながらもまるで槍と一体化するように傷が治癒し、邪魔くさそうに歩いていた青年がただただ恐ろしく、声をかけることもできず、すぐにゆらぎを戻ったそうだった。
後になってわかったことらしいが、どうやらゆらぎの発生は月齢と関係しており、この世界では満月の夜の翌日、そして、月が3つある母の世界では、ブライという名の月が満月となる翌日だけ、ジパングと伊勢神宮を繋ぐゆらぎが現れていたという。
母は、返璧アリスという名前であったが、はじめてこの世界にやってきたときに運転免許証を拾ったそうだった。
そこには、秋月ハルミという名前が書かれており、母は写真というものを知らなかったが、母に瓜二つの女性の写真が載っていた。
今思い返すと、そのとき拾った運転免許証以外にも、そのあたりには財布やその中身、化粧品などが落ちており、バッグと、靴が片方だけ転がっていたそうだ。
おそらくは、本当の秋月ハルミという人は、ゆらぎを通り抜けてしまい、異世界へと行ってしまった。
だから慌てて戻ろうとしたが、戻る前にゆらぎが消えはじめてしまい、必死でもがいた。
そのときにバッグと靴だけがこの世界に戻ったのだろう。
地面に落ちた拍子にバッグが開き、中身が散らばることはあっても、財布のカード入れにあっただろう運転免許証だけが都合よく出ることはない。
だから、母がそれを拾う前に、財布からお金を盗んだ者がいるのだろう。
母は何も知らなかった。
ゆらぎが何なのかも、運転免許証が何なのかも。
ただ、自分に瓜二つの顔をした女性の、固い札が落ちていた。
だから拾った。それだけだ。
だから、母は悪くない。
秋月ハルミという名前を父に名乗り、戸籍から何もかもすべてを奪うことになってしまったが、母がそうしなければ、父と母が結ばれることもなければ、自分も兄も生まれてくることはできなかった。
父と兄がいなければ、異世界もこの世界も17年前に滅んでいた。
それでも、真実を知ってしまってからは、秋月リサは父と母と共に、ふたりがはじめて出会った日、母が運転免許証を拾った場所に、毎年必ず訪れるようにしていた。
本当の秋月ハルミという人が、11個も存在する異世界のどこへ、どの時代へ、どの国へ行ってしまい、今でも生きていてくれるのか、それとも死んでしまったのか、何もわからないけれど。
謝罪と感謝の思いを伝えるために。
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